おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
716 / 1,029

716 千本鳥居

しおりを挟む
 
 わらわら観光客で賑わう伏見稲荷。
 春夏秋冬、年がら年中、ご利益を求める参拝者の姿が途絶えることがないというのだから驚きだ。平日からお参りするのに順番待ちが必要とか、どんだけだよ。高月の寺社仏閣なんて、いつでも拝み放題だというのに。
 さすがは稲荷の総本山、たいした盛況ぶりである。
 あぁ、この二十分の一でもうちの商店街にご利益をわけてくれたら……。

 なんぞと考えながら参道をえっちらおっちら。
 ずらずらずらずら、視界の先まで延々と並ぶたくさんの鳥居たち。名物の千本鳥居。じつに幻想的かつ壮観な光景だ。
 ……にしてもここは、なんだかざわざわする。
 聖域特有の凛とした空気、清浄さ、どこか浮世離れした雰囲気がある一方で、妙なぬめり、湿り気があるというか、生々しい俗っぽさが混在している。
 まるで場所自体が生きており、汗をかいては呼吸をしているかのよう。

 おれと美人母娘は朱色の行列の下を潜っては、写真撮影に勤しむ参拝客らをかわしつつ先へ先へと。
 参道にはやや傾斜がある。地味にしんどい。
 だというのに先を歩く竜胆さん。慣れた足どりにて静々進む。動きにくい和装姿にもかかわらず、涼しい顔にて汗のひとつもかいちゃいない。
 そのうしろにて並んで歩くおれと桔梗。

「なぁ、裏千社の本部って、どこにあるんだ? うえの本殿にあるのか? それとも高野山みたいに奥の院とかあるの?」
「いえ、それとは少しちがいますね。えーと、そろそろだと思うのですけど」

 桔梗の言葉におれが首をかしげていると、ふいに足を止めたのは前にいた竜胆さん。
 くるりとこちらをふり返る。

「さぁ、こちらへ」

 そこは数えて三百三十三本目の鳥居の前であった。
 艶のある流し目にてにこり。竜胆さんが鳥居の柱の陰へとまわるようにして、参道を脇へとそれたかとおもえば、その姿がふつりと消えた。気配やニオイが完全に途絶え、文字通りの消失。いわゆるひとつの神隠し?
 おれは驚きのあまり「えっ!」と固まる。
 そんなおれの腕をとり、「私たちも行きましょう。ぐずぐずしていたら門が閉じてしまいます」と桔梗。
 されるがままに竜胆さんにならって、おれたちも柱の裏へ。

 瞬間、へんな感触があった。
 いなくなった家ネコの探索時に、縁の下とかに入ったとき、うっかりクモの巣に顔から突っ込んだときのような……。

 とたんに世界ががらりと変わった。
 参道に充ちていた賑やかな声は途切れ、あれほどいた参拝者らの姿が一斉に消えた。
 空気がひやり。清浄さがさらに増す。あまりにも凛と澄みすぎて逆に怖いほど。
 急激すぎる環境の変化に思考が追いつかない。おれはやや呆然自失。

 ジャリ。

 足下で鳴った音で、はっとする。
 地面に顔を向ければ白い玉砂利がびっちり敷き詰められてあった。
 そして顔をあげたおれの視界に飛び込んできたのは、大きな社(やしろ)。
 鮮やかな朱色を基調とした荘厳にして美麗なる建造物。

『御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺』

 と社記に記されている「稲荷造」の建物。
 信仰心なんぞたいして持ち合わせちゃいないおれでも、おもわずあんぐりして見入ってしまうほど。圧巻の様式美。意匠、ここに極まれり!

「ごくり……。ここがあの裏千社の本拠地」

 存在自体は動物界隈にて広く知られているけれども、キツネ族以外が足を踏み入れたという話はほとんど聞かない。おれはいまそんな稀有な場所に立っている。
 立ち尽くし目をぱちくりしているおれ。
 桔梗が「ふふふ」と控えめな笑みにて「私も小さい頃にはじめて母に連れてこられたときには驚いたものです。もっとも足繁く通ううちに、すっかり馴れてしまいましたけど」

 なんでも同じ敷地内に狐崑九尾羅刃拳の道場があるそうな。
 ちなみにこの裏千社の本拠地。誰でも入れるわけじゃない。事前に許可をもらい、招かれた者のみが、あの三百三十三本目の鳥居から立ち入れるからくりになっているんだと。
 うーん、摩訶不思議な奇天烈空間。

 おれと桔梗が足を止めていたら「急ぎなさい」と竜胆さんから軽い叱責。「もうみなさま、お揃いとのことです」

 あわてて駆け寄りつつ「みなさまとはなんぞや?」とたずねたら、竜胆さんは「説明している時間はありません。どうせ行けばすぐにわかります」と素っ気ない。
 どうやら例の殺生石がらみの件にて集まった面々らしいのだが、どうしてそんなご大層な席に街の探偵屋ごときが招かれるのだろう。
 えーと、まさかとはおもうけど……。
 いやいやいや、さすがに、ねえ。
 九尾の狐とか絶対に無理だから。ほんと、もう、かんべんしてください。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...