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709 人魚ジャンケン
しおりを挟むいざ、尋常に勝負!
と、意気込みたいところではあるが、多勢に無勢にて、こちらには警護対象までいる。夜光姫を奪われた時点でゲームオーバー。
だから、おれは少々、小賢しい手段をこうじる。
「まさかとはおもうけど、誇り高き海の戦士、それも深海の覇者である人魚族が、よもや海だけに、よってたかってのタコ殴りとか……。そんなみっともないマネなんて、しないよね?」
生まれ持った美貌であるがゆえに、意識お高め系にて、携帯用の手鏡をいつも懐にしのばせては、やたらと前髪を気にしているナルシストが多いという人魚族。
とくに男性にはその気質が強いと乙姫さまは云っていた。
だからあえてそれを刺激し、挑発する言動にて、おれはにへら。
「あっ、でも、べつにいいんだよぉ。だって恐いんだったらしようがないもの。無理しないでぇ」
あえて語尾を舌っ足らずにして、少々巻きを含んでの芝居がかった物言い。
よもやこの場面で、かつて小劇団「みどりがめ」に所属し、女優である御堂由佳に師事し磨いた演技力が発揮されようとはな。いやはや、人生なんでも一度は経験しておくものだ。
えっ? ウソをつくな。おまえはずっと裏方の道具係にて、早口言葉の発声練習ぐらいしかしていなかったじゃないか、ですって。
ふふん。甘いな。おれぐらいのデキる探偵ならば、他の連中の舞台稽古をちらちら横目にしているだけでも、それなりにノウハウを吸収するのだ。いわゆる見取り稽古というやつである。
我ながら完璧な演技。大根役者っぷりがいい塩梅にイヤミに華を添える。
その証拠に、右魏のこめかみには青筋が浮かび、ぴくり。陽尾は頬のあたりをヒクヒクさせ、ほぼふたり同時に語気を強めて言い放つ。
「当たり前だ! きさまらごとき私ひとりでも充分だっ」
「いいだろう。そのケンカ、買ってやるよ。覚悟しなっ」
よし、言質をとった!
おれ、内心でガッツポーズ。
大勢の部下たちの前で啖呵を切っての大見得。よほどのことがないかぎりは、外野が動くことはないだろう。これでとりあえず目の前の相手に集中できるというもの。
「さすがです。尾白さん」
「おっさんん、やるじゃん」
桔梗と夜光からのひそひそ賞賛が、おれにはどうにもこそばゆい。
こうしてまんまと二対二へと持ち込んだのだが……。
◇
二対二の戦いとなれば、ふつうは一対ずつに分かれて戦うよね?
なのになぜだか、おれの前には誰もこず、右魏と陽尾は揃って桔梗の方へとつつつつ。
「こちらの美しいお嬢さんは私がお相手をしよう。きさまはあっちの小汚いおっさんをどうにかしろ」
「ふざけんなっ! おまえこそ男同士、あっちのシケたおっさんの相手をしやがれ。私は女同士、仲良く、しっぽりこっちのかわい子ちゃんと親睦を深めるから」
「断わる! アレはこの大瑚を振るうにふさわしくない。せっかく磨いた穂先が曇る」
「私だって! 戟鱗の名折れだ。ぜったにイヤだね」
いきなりわちゃわちゃ揉めだす人魚ども。
ちなみに大瑚(だいご)ってのが、右魏が持つ得物である三叉矛のことで、戟鱗(げきりん)ってのが、陽尾が持つ得物である鱗のクサリのことのようだ。
でもって、ふたりが言い争いをしている原因は、おれこと尾白四伯。
美形のふたりは、ふたりともに、黒髪美少女であるキツネ娘の出灰桔梗と武闘を踊りたい。おっさんの相手なんぞはごめんこうむる。との主張である。
ひどいっ!
しまいには泣くぞ、このやろう、バカやろう。
◇
双方引かず。待つことしばし。
最終的には「人魚ジャンケン」なるもので白黒をつけたふたり。
通常のジャンケンのように手でのグー、チョキ、パーにて勝ち負けを競うのとはちがい、全身にてそれを表現する。ちょっとしたダンス対決のような華麗な動きと無駄な回転、やたらキラキラ、腰のあたりうねうね、膝かくかくツイスト、意味不明なモデル立ちにてビシっとポーズを決める。
よくわからないうちに「くっ、負けた」と膝を屈したのは右魏であった。
フム。人魚ジャンケン、よくわからん。異文化交流はむずかしい。海と陸を隔てる溝は想像以上に深いようだ。
かくしてしぶしぶおれの前には右魏が立ち、ほくほく顔の陽尾は桔梗の前へと。
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