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701 ちょこっと重たい女
しおりを挟む連絡をしたら、すぐに校門のところまでタタタと駆けてくる黒髪の美少女。ブレザーの制服姿が反則的なまでに可憐だ。さすがは「南の白薔薇の君」、出灰桔梗があらわれただけで世界が華やぐ。背景に少女マンガのごとき花が咲き誇っているかのような気がする。もっともそんな美少女の中身はごりごりの武闘派だけれども。
それを億尾にも出さないところが、いかにもキツネらしい。
人化け、人間へのなりきり、人心掌握術、印象操作などなどは、昔から連中の十八番。
「どうしたんですか尾白さん、緊急事態とのことですけど。いったい何が……」
桔梗の言葉が終わる前に飛び出したのは、おれの背後にいた夜光。
「きゃーっ! 桔梗お姉さまーっ」
いきなり相手に抱きつこうとするも、桔梗は文武両道の才媛であり、なおかつ若くして狐崑九尾羅刃拳(ここんきゅうびらじんけん)の達人。素人のタックルなんぞはひらりとかわす。
だもんで、夜光、ずざざざーっと盛大にヘッドスライディング。
「うわ、高校球児ばりに顔面からいったよ」
呆れるおれ。
「えっ、えっ、なんなんですか、これは? ……あれ、この子、たしか」
見覚えのある少女に桔梗がきょとん。
おれはポケットティッシュを取り出す。駅前でもらったおっぱいパブの店のやつだけど、まぁ、気にすまい。鼻血を出している砂まみれの夜光に渡しながら、かくかくしかじか。差し障りのない範囲にてこちらの事情を説明。なお深い海の底のことやら、人魚族の抗争とかについては割愛した。
「というわけで、この子が自主的に家へと帰るように、おまえから言ってやってくれ」と頼んだら、じつにあっさり「わかりました」と桔梗は引き受けてくれた。
あんまりにも素直すぎて逆に不安になったおれが「いいのか?」と念を押すと、桔梗はにこり。
「なにやら複雑な事情があるご様子。それに私は尾白さんを信じていますので。尾白さんは少々生活態度がだらしないものの、芽衣さんや周囲の女性を悲しませるようなことは、絶対になさりませんから」
さらりと男前な台詞を臆面もなく口にする白薔薇の君。
言われたこっちの方が逆に恥ずかしくなって、おれはもじもじ。
するとそんなおれのふくらはぎをガンっと蹴飛ばしたのは、夜光。
「お姉さまを呼び出したのはグッジョブだけど、おっさん探偵のくせにデレデレすんなっ」
「アイタっ、ふくらはぎはやめてっ! 肉離れしたらたいへんなんだから」
◇
待望の王子さまもとい、桔梗お姉さまと会わせてやったのみならず、連絡先の交換にも応じてもらい、桔梗のスマートフォンでのツーショット撮影、画像はあとでちゃんと送信しておくとの約束までとりつけたところで、「さぁ、もう気が済んだろう。そろそろ、帰ろうか」とおれは水を向けるも、ふたたび夜光は「いやだ」と駄々をこねる。「お姉さまとおしゃれなカフェでお茶したい」と言い出す。
「いや、それはさすがに迷惑だろう。まだ授業が残っているんだし」
高月南高校は近隣随一の進学校。よって授業も朝から夕方までびっちり。
いまは休憩時間に抜け出してきているだけ。
「だからワガママ言っちゃいけません」
おれがピシャリとたしなめると、夜光は「だって、だって」と涙目になり「こんな機会、そうそうないんだもの。私、あんまり自由に出歩けないし」と急にしおれた。
キーキーやかましかったとおもったら、一転してへにょりとなる。
フム。なんだこれ? もの凄い罪悪感なんですけど。これは反則だろう。
するとみかねた桔梗が「わかりました。でしたら少し待っていてください。早退の手続きをしてきますので」と言い出した。
「いや、さすがにそれは悪い」
「いいんですよ。なにかとお世話になっている尾白さんの窮地ですから。それに溜まる一方でしたので、このへんで少し借りを返しておかないと。どうぞお気になさらないでください。ちょっと小中高と続いた皆勤賞がダメになる程度のことですから」
皆勤賞は、無遅刻、無早退、無欠席、一日も休まず、すべての授業や行事に参加することで得られる栄誉。
さらりととんでもないことを口走るなり、おれが止める間もなくきびすを返した桔梗、さっさと校舎へと戻ってしまった。
うーん。じつは前々から密かに思っていたんだけど、キツネ娘の桔梗ってば、とっても身軽だけれども、じつは人間関係においてはちょこっと重たい女なのかもしれない。
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