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690 或る男の一生
しおりを挟むかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ……。
「ちょっと、一冊そっち行ったよ、四伯おじさん」
こそこそこそこそこそこそこそこそこそこそ……。
「おう、まかせとけ。いまこそ草野球で鍛えた守備力をみせるとき! パットンズの秘密兵器と呼ばれ続けベンチを温め続けたのは伊達じゃない。えい、こなくそっ。って、ありゃりゃ? 股下を潜られたっ!」
さわさわさわさわさわさわさわさわさわさわ……。
「目標が分散、広範囲に散開。数が多すぎてターゲットの捕捉が追いつきません」
ばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさ……。
「ギャーッ! 飛んだ。なんかアレみたいで気持ち悪い」
「うわ、ばかっ、こっちにくんじゃねえ。あっちへいけ」
倉庫内のそこいら中から聞こえるカサコソ音。
ワーキャア騒がしいのは、おれこと尾白四伯、タヌキ娘の芽衣、アニマルメイドロボ零号。なお白い手の怪異であるしらたきさんには、捕獲ではなくて連中が外に逃げ出さないようにと出入り口を見張ってもらっている。
逃げるを追っては捕まえ箱に放り込む。
ひたすらこれの繰り返し。
えっ、何の話かって?
アレだよ、アレ。例の怪しげなスチール製の長櫃の中身。
零号が珍しくせがむもので、ほだされておれさまが得意のピッキングにてちょちょいのちょいと錠前をはずして、蓋を開けたとたんにカサコソ一斉に飛び出したのが、この大量の怪本たち。
ちなみにパンドラの箱の希望ちゃんはいなかった。全部災いでやんの。
◇
全二百二十二冊にもおよぶ超大作「或る男の一生」
著者は不明だが、書かれた年代は江戸後期から明治初期頃。サムライの世が終わり、新たな時代が幕を開ける激動の刻。
そんな時代を生き抜いた或る男の生涯。
さぞや壮大な物語かとおもいきや、さにあらず。
内容は愚痴日記である。
世間では「日本の夜明ぜよ」「夷敵を討ち滅ぼせ」「士道不覚悟、ハラキリ! はらきり!」なんぞとやかましく、佐幕派と倒幕派がしのぎを削り、京の都では夜な夜な剣戟が鳴り響き、そこいらで血の雨がざぁざぁ降る。
熱い想いに突き動かされた者たちが、未来を夢見て懸命に時代を駆け抜けては、若い命を散らしていく。
それを尻目に主人公の男が悶々と悩み続けていたのは、異性との接し方。
国の行く末を案じて、野郎どもが膝を突き合わせては、ときに拳すらも交えて議論に白熱していたというのに、主人公の男ときたら寝ても覚めても考えるのは乳や尻のことばかり。
しかしこの主人公の男、そんなタイプなもので当然ながらモテない。
あとお金もない。身なりもよろしくない。体つきは貧相にて、ケンカも意気地もからっきし。顔もまずければ、性根もほどよく腐っており、地位もない。
そんな彼の身を案じては毎朝せっせと起こしにきてくれるような、可愛い幼馴染みもいない。
ひらたくいえば、しょうもない男であった。
だからとて悪人になる度胸もない。なぜなら悪の道へと誘ってくれる気の利いた友人もいなかったからだ。
もっともその点だけは評価してもよかろう。おかげでダメだけど、人の道からだけはかろうじてはずれずにすんだのだから。
あの手この手にて異性の気を引こうと奮闘する主人公。
だがそもそもの話、モテない人間がいくらひとりで考えたところでどうなるものでなし。
ひたすらトンチンカンなことをくり返しては、よりいっそう周囲の異性との溝を広げるばかり……。
◇
捕獲がてらざっと目を通した物語の概略がこんな感じ。
なにやら身につまされる話である。男ならば誰しも持つバカさが凝縮されたかのよう。おもしろいけど、胸がちょっと締めつけられて、なんだかほろりとしちゃう。
大部分の読者からは心底呆れられてそっぽを向かれるも、ごくごく一部の人間のハートにはズブリと刺さる、そんな作風。
ちなみにおれはけっこうグッときたほう。
しかし芽衣と零号にはさっぱりだったようで、ふたりとも首を傾げては「この主人公はいったい何を考えているのだろう? これで本当にどうにかなると思っていたのかしらん。だとしたらあまりに阿呆すぎる」とけんもほろろであった。
どうやら男性と女性で抱く感想にかなりの差が生じるようである。
そんな「或る男の一生」がどうして節々した足を生やした怪本となって、そこいらを勝手にカサコソ走りまわるようになったのか。
「ある程度の年齢まで清い体で過ごすと、殿方は魔法使いか、悟りを得て賢者になれるとの説がありますが、ひょっとしてそれでしょうか」
零号がそんなことを言い出したが、ソレ、たぶんちがうから。
どちらかというと著者の悶々の念が強すぎるあまり、こうなったような気がする。
うーん、まだ読んでないけど、この分では物語はとてもハッピーエンドで終わりそうにないな。
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