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639 箱根の嫁獲り競争 峠道ドリフト
しおりを挟むまるでハテナ印の丸いところのような形をした下りのロングカーブ。
アウトからインへとほぼ同時に進入する火車お七と瑪瑙さん。
ブレーキのタイミングもほぼ同じ。とたんに二台のリアタイヤがスライド、旋回行動を開始する。
たちまち激しい白煙とスキール(車輪と路面が擦れる音)が発生。
火車お七が化けたメルセデス・ベンツSSKっぽいクラシックカーと、おれが化けたなんちゃってラリーカーが、仲良く横並び。五十センチ程度の幅を保ちながら並んで路面を滑っていく。
暴れる車体の首根っこをハンドル操作でねじ伏せ、向きを微調整。カーブ終わりの直線へと到達したところでアクセル全開にて、きれいな加速を狙う。
火車お七と瑪瑙さん、くしくもふたりの女がこの局面で選んだのはブレーキングドリフト。ブレーキングと荷重移動、ステアリング操作を駆使するドリフト走行のうちのひとつ。ブレーキを踏むタイミングと加減を誤ると、とたんに失速する。これを見極めるには、ひたすらブレーキの練習を積み、感覚をこつこつと磨くしかない。
外側に火車お七、内側を瑪瑙さん。
横並びのままカーブ終わりへと向かう両雄。
じりじりと募る焦燥感。ちらりと横に並ぶライバルの姿を視認。
ふたりともにアクセルを踏むタイミングを探っている。
早すぎたら車体が流れる。わずかにでも遅れたら出足が鈍る。
コンマ一秒、刹那の駆け引き。
そして訪れる「ここだ!」というタイミング。
だがしかし、そこで横合いからヘッドライトにてビカリと照らされた。
ここで仕掛けてきたのは赤い流星のタカシと黒鉄の幽霊。
赤と黒の二台は限界速度を超えてカーブに進入。前輪をドリフトさせた状態にて、さらにアクセルを踏み込み後輪をも滑らせる。旋回状態からの踏み込み、空回りにより強引に割り込んでくる。カウンターをぶつけるかのような勢い。マシンパワーに物を言わせたパワースライドっ!
ブレーキングドリフトもパワースライドも広義ではドリフト走行に含まれるもの。
しかし内訳はまるで異なる。
ありえない鋭角にてコーナーを攻めてくる赤い流星のタカシと黒鉄の幽霊。
先にコーナーに入っていた火車お七、瑪瑙さんらと赤と黒の二台がみるみる肉迫。なのにいっこうに速度を落とす気配のない赤い流星のタカシと黒鉄の幽霊。その様はまるでチキンレースのごとし。
このままではぶつけられて、押し出されてしまう。
「ちぃっ、だから野郎の乱暴な運転はイヤなんだよ」
我慢比べから最初におりたのは火車お七。わずかにハンドルを切り外へと車体を流す。
それに続いて瑪瑙さんもインコーナーを開ける。
「まだ復路もありますから、ここで無理をする必要はありません」
そんな彼女たちを横目に、間髪入れずにインへと進入してきた赤と黒の二台。
と、そのすぐうしろに白い影がはりつていた。例の乱入してきたサバンナRX-7。さすがは箱根の峠をホームにしている走り屋だけあって、勝負どころをよく心得ている。しれっと赤い流星のタカシと黒鉄の幽霊がこじ開けた場所を通り抜けていく。
これによりロングカーブが終わり直線へと移行したところで、順位が変動する。
ふたたび首位に返り咲いた赤い流星のタカシ。それと同率首位につけている黒鉄の幽霊。これに白のサバンナ、チーム尾白、火車お七が続く。
これらを第一集団とし、すこし遅れたところに黒の三連星が率いる第二集団がある。
とはいえ両集団の距離は五百メートルほどしか離れていないので、アクシデントのひとつでも発生したらひっくり返ることも充分にありえる。
左、右、右、左、左、畑宿入口の信号を経て、右、左……。
入り組んだ山道を疾走していると山の霊気にまじって、水の気配がぐんと濃くなった。
いよいよ芦ノ湖が近づいてきた証拠。
箱根駅伝では山を下りて、しばらく湖畔沿いに国道を進み、箱根駅伝ミュージアム脇がゴールとなっているが、常陸国一宮のシカどもの嫁獲り競争ではそこはただの通過点にすぎない。爆走のままに湖をぐるりと一周して、そのまま復路へと突入することになっている。
つまりはようやく折り返し地点ということ。
先はまだ長い。だからこそ火車お七も瑪瑙さんも先のドリフト勝負にこだわらなかったのである。
だが、そんな時のこと。
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる。
震えたのはダッシュボード内に放り込んであるおれのガラケー。
「このくそ忙しいときに、いったいどこのどいつだ? 芽衣、ちょっと確認してくれ」
「へーい」とさっそく取り出したガラケーをパカンとしたタヌキ娘であったが、画面をひと目するなり「あれ?」と首を傾げる。
画面に表示されていた相手の名前は……。
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