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622 黄門さまの要石
しおりを挟むいざ、常陸国一宮に上陸。
この地のシンボルである鹿島神宮、その大鳥居を前にしておれと芽衣はあんぐり。
「ふふふっ、驚きましたか? なにせ境内は東京ドーム十五個分ほどもありますから」と瑪瑙さん。
広大な敷地の内部には、見どころ満載。
この清浄かつ静謐なる空間を散策しているだけで、世俗の垢にまみれた小汚い魂も洗われ、自然と浄化されるというもの。
しかし立派な社殿類もさることながら、奥宮のさらに奥の隅っこの方にて祀られている「要石」というのがおもしろい。
なんでもこの要石、地震を起こして悪さをする大ナマズの頭を抑えているというのだが、地表にでている部分はごくわずか。でも地中にはとんでもなく巨大な岩が埋まっているという。
かつてこれを知った水戸の黄門さまが持ち前の好奇心を発揮して、「よしっ! ひと掘りしようぜ」と音頭をとって発掘作業をしたらしいのだが、掘っても掘っても岩の全貌がまるで掴めやしない。
ひと晩中掘り続けてもダメ。二日、三日と意地になっているうちに、気がつけば七日七晩が過ぎていた。なのにちっとも掘りきれないっ!
そうこうしているうちに、作業員の中には体調不良を訴えたり、ケガをしたりする者が続出し、ついには発掘作業を断念せざるをえなかった。
というお話が黄門仁徳録なる書物に残っているそうな。
この書物は黄門さまの死後に作られたそうで、幕府の要人の陰謀を暴いたり、奇怪な事件を解決したりする冒険譚。まぁ、内容が内容なので「どこまで信じていいのやら?」と首をかしげるものなのだが、これをもとにして歌舞伎やら講談が作られ、時を越えて幾星霜、ついにはあの時代劇へと繋がるわけだから、たいしたものであろう。
なんぞという要石漫談を実物を前にして披露してくれたのは瑪瑙さん。
ちなみにその話を聞いたおれと芽衣の感想はこうだ。
「そりゃあ一週間も昼夜を問わずぶっ続けで穴掘りをしていたら、倒れるわな」
「っていうか、黄門さま、何やってんの。暇なの? ねえ、暇なの?」
三人してゲラゲラ、ひとしきり笑っていると、ふとどこからともなく聞こえてきたのが「うるせえなぁ。あんま調子こいてると、揺らすぞ、こら」というナゾの声。
けっして空耳なんかじゃない。
その証拠に三人そろってビクリと固まったからだ。
「えっ、いまの何?」
芽衣は周囲をキョロキョロ。
「さぁ、しかし足下の方から聞こえたような」
不思議そうに首をかしげる瑪瑙さん。
おれは目の前の要石をじーっと見つめ「いや、そんな……まさかなぁ」とぼそり。
しかし君子危うきに近寄らずという。
いいや、この場合は触らぬ神に祟りなしの方がより的確か。
おれたち三人はそそくさと退散することにした。
◇
参道を戻り、出口へと向かう道すがら。
瑪瑙さんが今後の方針を口にする。
「いきなり実家へと乗り込むよりも、まずは祖母か母に連絡をとろうかと考えているのですが」
聞けば宇陀小路家、威張っているのは男衆、だがそれはあくまで表向きのこと。裏ではしっかり女衆が手綱を握っている。
とんちんかんな祖父も祖母には頭があがらず、また祖父に唯々諾々な頼りない父もまた母には頭があがらない。とどのつまり宇陀小路家の男どもは女の尻に敷かれているのだ。
前に瑪瑙が「宇陀小路家こそが、常陸国一宮が最古にしてもっとも権威あるシカ王国と主張するめいわくな一派の筆頭格」と探偵らに説明したものの、実態は祖父が息子を巻き込みやんやとわめき散らしているだけのこと。
なのに探偵事務所爆破なんぞというだいそれた事件が起きた。
はっきり言って暴走も暴走、大暴走である。
「メールや電話など、思いつくかぎりの手段にて連絡をとろうとしたのですが応答がありません。もしやふたりの身に何かが起きているのかも」
瑪瑙さんは非常に危惧している。
そうなると現在の宇陀小路家はブレーキが壊れた列車みたいなもの。
「やはりひと筋縄ではいきそうにないか」
もともと単なる話し合いで片がつくとは考えていなかったものの、おれも嘆息せずにはいられない。
しかし芽衣はシュッシュッと拳をくり出し、「まどろっこしい。いきなり襲って首根っこを抑えてしまえばいいんです。ケンカは先手必勝、攻撃なんて当てたもん勝ちなんですから」と鼻息が荒い。
「いや、そりゃあそうなんだが、なにせ相手はシカだからなぁ」
おれは無精ひげをさすりながら、「うーん」
奈良のシカたちもたいがいだが、常陸国一宮も負けず劣らず。ここぞという時には団結してことに当たる傾向が強い。うかつに藪をつついたら大量のシカが踊り出てくる可能性が大。
もしもそんなことになれば、大量のシカどもに踏まれて挽肉にされてしまう。
とりあえず瑪瑙さんには引き続き祖母と母にどうにか繋ぎをつけてもらうとして、平行して現在の宇陀小路家のことについて探りを入れてみようか。
というあたりで話がまとまりかけたのだが……。
鹿島神宮の大鳥居を潜って表へと出たところで、はっと身構える。
いつのまにやら周囲をかこまれていた。
観光客やら地元のおばちゃん、スーツ姿に学生、若いカップル、清掃員などなど、性別に容姿や格好こそてんでばらばらながらも、少なく見積もっても三十人は下るまい。それらが連携して傍目にはそう見えないように、こちらを幾重にも取り囲んでいる。
「おとなしく従うのであれば乱暴はしない」
背後より声。
おれが「裏日光猿軍団か」とつぶやくも返事はなし。かわりに背中に突起物をツンツン押し当てられるばかりであった。
どうやら不覚にも先手を打たれたらしい。
「どうするの?」と目で訴えてくる芽衣に、おれは首を横にふる。
芽衣は強い。瑪瑙さんもかなり出来る方。ぶっちゃけその気になれば包囲網は破れる。
だがその先に待つのは不毛なイタチごっこ。
ならばここはひとまず向こうの手に乗ってみるのも一興だろう。
というわけで、おれたちはおとなしく連行されることにした。
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