おじろよんぱく、何者?

月芝

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619 常陸国一宮

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 さすがに爆破現場となった事務所に、奈良はシカ王国随一の名門であらせられる鹿島紗月お嬢さまを迎え入れるわけにはいかない。
 というかお召し物の着物が汚れたらと想像するだけで、おれはチビりそう。
 だから場所を二階の化石タヌキもとい花伝美咲オーナーが経営する、スナック「昇天」へと移す。

 で、挨拶もそこそこに「このたびはうちの者が迷惑をおかけしました」と頭をさげたのは紗月お嬢さま。
 ……ではなくて、付き添いのメイドである宇陀小路瑪瑙(うだのこうじめのう)さんの方。
 有能さでは右に出るものはいないともっぱらの評判。第一回メイド王決定戦では初代王者の座に輝き、美と知と技を兼ね備えたパーフェクトメイドの口から、いったい何が語られるのか。
 はてさて、なにやら複雑に入り組んだ事情があるようだが、何がどうすれば街の探偵事務所が吹き飛ぶことになるのやら。

  ◇

 常陸国一宮(むつのくにいちのみや)。
 それは北関東の茨城県鹿嶋の一帯を指す言葉にて、この地には古くから多くのシカたちが住み着いていた。
 現代に時を移してもそれは変わらず。とはいえ奈良ほど大っぴらではなくて、表向きは人間に化けて、しれっとそこかしこに混じって潜む形態にて。
 奈良を西のシカ王国とするならば、東のシカ王国は常陸国一宮。
 両者の存在は動物界隈ではわりとよく知られたことだが、そんな二つのシカ王国の由来をさかのぼれば、とても密接した関係にある。

 鹿島神宮にて祀られている神さまは、タケミカヅチノミコト。
 日ノ本建国にかかわり、武道をつかさどるマッチョなひげ面のおじさま。
 あるとき、そんなおじさまが奈良の春日大社に招かれることになる。
 誘いを受けたおじさま、白いシカの背に揺られてのんびり西国へと向かう。各地をぷらぷらしながら一年ほどかけて、ようやく到着。晴れて奈良の御蓋山(みかさやま)にて、どっこらせと腰をおろしたそうな。
 この旅をして「鹿島立ち」というそうだが、奈良のシカたちのご先祖が、このときおじさまを乗せてきた白いシカなんだとか。
 もっともそれ以前から、奈良の春日野にはシカがうじゃうじゃいたらしいから、どこまでこの話を信じていいものやら。しょせんは毛むくじゃらの言うことですから。

 まぁ、ことの真偽はいったん脇へと置いておき、話を戻そう。
 こういった由来を持つがゆえに、奈良と常陸国一宮は兄弟みたいな間柄なので、昔から互いに往来が盛んにて、縁組も多く家同士の繋がりも深い。
 けれども全面的に仲がいいのかというと、これがちと微妙だからややこしい。
 昔はそうでもなかったのだが、現代では奈良といえばシカ、シカといえば奈良というぐらいに有名。

「では、お次はどこか?」

 とたずねたら、たいていの者が「広島の宮島あたりかなぁ」と答える。
 シカが大手を振って闊歩している地域となると、まずはこのあたり。
 そのことが常陸国一宮は気に喰わない。

「兄を差し置いて弟が一番とは何ごとだ! 兄より優れた弟なんぞは断じて認めんっ」

 と頭がカチンコチン、一部のうるさ方連中がたいそうご立腹。
 しかし時代が変遷する過程において、表に立って堂々と生きることを選んだ者と、裏に潜って生きることを選んだ者、その時点でいずれこうなることは明白であった。
 はっきりいって今更である。
 なのにことあるごとに自分を格上だと言っては威張る相手に、奈良側は苦笑を禁じ得ない。

 で、困ったことにその威張る連中の筆頭格が、瑪瑙のご実家である宇陀小路家。
 彼女はそんな家風を嫌って若くして実家を飛び出し、縁故を頼って奈良の鹿島家に仕えるようになった。
 さいわいにも実家には弟がいる。これを人身御供ならぬ後継ぎとすれば、家的にはなんら問題なし。
 実際、実家の方もそういう了見であったのだろう。
 だから長らく瑪瑙は好きにやれていたのだが……。

  ◇

「実はその話の雲行きが少し怪しくなってきまして」と瑪瑙さん。

 なんでもいきなり彼女を実家に連れてきた弟くん。
 とってもラブラブなのはけっこうなのだが、その彼女がなんていうか今風にチャラいギャルだった。あまりのキラキラ、チャラチャラ、じゃらじゃら、チョリッース具合に、先代当主である祖父兵銅は顔面蒼白となり多いに危機感を募らせる。

「やばい。次期当主の嫁がコレとか宇陀小路家ピーンチ」

 そこで祖父兵銅が思い出したのはしっかり者の姉の方。

「おぉ、そうだ! 瑪瑙を呼び戻して我が家にふさわいし婿をとらせよう。うんうん、それがいい、そうしよう。いや、だが待てよ……。あれもいい歳だ。言い交わした男のひとりやふたりぐらいいたとて不思議ではない。まずはそのあたりのことを調べてからでも遅くはあるまい。よし、さっそく下忍どもに調べさせるとするか」

 この下忍どもというのが裏日光猿軍団のこと。
 ホームページにもあったとおり、彼らもまた古くから北関東一帯に生息しており、鹿島神宮を信奉していることから、この地のシンボル的動物であるシカたちには首を垂れ、服従に近い関係にあったのである。
 かくして宇陀小路兵銅の命を受けて動きだす裏日光猿軍団なのであった。


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