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603 正男はとにかく人気がない
しおりを挟むトンカン、トンカン、トントントトン、トンカントン……。
舞台背景のひとつであるお城、その一部である柱の制作を金槌片手に手伝っているのは、おれこと尾白四伯、街の探偵だ。ただいま諸事情により小劇団にごやっかいになっている。
フム。しかし我ながらなかなかの出来映えではなかろうか。
と自画自賛していたら、背後からひょいとのぞきこんできたのは御堂由佳。
「へー、クギ打ちが様になってる。探偵さんってば意外にも手先が器用だったのね」
「まぁな、探偵業といっても、半分便利屋みたいなもんだし。出先で依頼ついでに雑用を手伝わされることもけっこうあるからな……。
ってそうじゃなくって、なんで演技指導を受けにきたはずのおれが、大道具係をやらさせれてるんだよっ!」
「だってしようがないじゃない。うちみたいな小劇団は、いつも全力で総力戦なんだもの。総出で準備するのが当たり前なんだもん」
「……そのわりには、おまえは暇そうにぷらぷらしているように見えるんだが」
「まぁ、いちおうこれでも主演女優だしぃ。万が一、ケガとかしたらたいへんだからねえ。いやぁ~、本当は私も手伝ってあげたいのは山々なんだけどねえ。あぁ、つらい、つらいなぁ」
「…………」
「というわけで、その調子でお願いね。演技指導のほうは約束どおり、ちゃんと面倒をみてあげるから」
パチッとウインクして、くるっと身をひるがえした主演女優は、タタタと小走りにて舞台演出家兼監督の男のもとへと去っていった。これからリハーサルなんだと。
◇
劇団「みだりがめ」公演「正男はとにかく人気がない」とは、どんなお芝居なのか。ざっくり概要を説明すると、こんなお話である。
舞台は剣と魔法のファンタジー世界。
聖女という存在がいて、ロールレイングゲームでいうところの回復役を担う者なのだが、このチカラがとにかくすごい。祈ってパパっと魔法を発動するだけで、ケガや病気がたちまち治ってしまうんだとか。
失われた手足すらもがにょきにょき生えてくるというから驚きだ。
そのくせ水虫と風邪だけは治せないらしい。
うん。聖女もすごいけど、水虫菌と風邪のウイルスもすごいな。
聖女たちのチカラは産まれながらのもの。
ゆえに世間的には神に祝福された者との認識にて、とても敬われている。
とにもかくにも聖女はすごい存在。
だからつねに守られている。
その専属の警護を担うのが聖騎士と呼ばれる者。
文武に秀でるだけでなく容姿端麗であることも求められる。
なぜならすごい聖女につねに寄り添い、支え、並び立つのだから。あとは聖女からのリクエストによるところも大きい。
聖女いわく「ふだんみんなのために頑張っているんだから、イケメンの一人や二人、ちょっとぐらい融通しなさいよ!」とのこと。
まぁ、人身御供を差し出すだけで、世の中が安泰となるのならば安いものである。
しかし聖女、チョロいな。
治癒のチカラは聖女、つまり聖なる乙女にしか宿らない。
それが絶対の不文律であったのだが、ここにイレギュラーな存在があらわれる。
男ながらに治癒のチカラを持つ者。
聖女に対して聖男と呼ばれるその者の登場は、世間をザワつかせた。
そしていつの世も、特異な存在というものは、たいていが迫害の対象になる。
聖男ががんばって治療をしても。
「あーあ、どうせならキレイな聖女さまにお祈りしてもらいたかったなぁ」
「なんか気持ち悪い」
「チェンジで」
「すごいけど、なんかへん」
「身体は癒されてもココロが満たされない」
「ヤダっ、治療にかこつけて、へんなところ触らないでよねっ」
「ちょっと、こっちみんな、あっちいけ」
もちろん素直に感謝の言葉を述べる者もいたが、大多数がこんな感じ。
そして極めつけは聖騎士たちである。
「えー、嫌ですよ。野郎のお守りだなんて」
「いくら優秀でも、男はちょっと」
「ごめんなさい。あいにくとそっちの趣味はないので」
「すみません、自分、玉の輿狙いなんで」
「あん? てめえも男だったら自分の身ぐらい自分で守りな」
けんもほろろであった。誰も聖騎士の役目を引き受けてくれない。
だから聖男はいつもひとりで行動することになる。
その分、危険に遭遇する機会も多かった。
がんばっても、がんばっても、がんばっても、がんばっても、報われない日々。
心身ともにすり減っていくばかりの正男。
ついに耐えきれなくなって「やってられるかーっ!」と出奔する。
だというのに聖女や聖騎士たちからは、「やれやれ、これで清々する」と言われてしまう始末。
だがしかし、彼らは、世間は、すぐに思い知ることになる。
聖男が抜けた穴が想像以上に大きく、国を瓦解させるほどの致命的な穴であったということを。
◇
脚本を担当した者によれば、いまどきはこういった「ざまぁ系」というやつが流行らしい。踏みつけにされたドアマットの逆襲がトレンドなんだとか。
右の頬をぶたれたら、すかさずワンツーパンチからのアッパーカットでやり返し、相手が倒れたところを執拗に死体蹴り。完膚なきまでに「ざまぁ」する。
話を聞いたおれは「いつのまにそんなイヤな世の中になっていたんだ」と愕然としたものである。
なお、この聖男役を男装した御堂由佳が演じるのだ。
衣装合わせのときに、舞台上での格好を見せてもらったかぎりでは、「なんでこんな可愛い男の子が迫害されるんだよ? むしろお姉さま方がハアハアいいながら、こぞって世話を焼きたがるだろうに」と首をかしげたものであったが、「そこはそれ。いちおうはお芝居ですから。ある程度、イケてないと女性のお客さんの喰いつきが悪いのよ」と御堂由佳。
「お客たちは舞台に夢を見に来ているの」
と主演女優にいわれては、門外漢のおっさんは「そうか」と納得するしかない。
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