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590 裏切りの裏切り
しおりを挟む採石場奥の坑道、そこの突き当りにある地下空間。
内部の空気が突如としてピリッと張り詰めた。
瞬時に充ちたのは緊張感。これまではワイワイがやがや、作業に従事していた黒づくめの男たちがパタリと口をつぐむ。
みなの視線が一斉に入り口へと注がれる中、乾いた音がどんどんと近づいてくる。
カツーン、カツーン、カツーン、カツーン……。
通路の薄暗がりから姿を見せたのは、杖をつき、右脚をやや引きずって歩く和装の老人。
やはり周囲には黒づくめの男たちを六人ばかしはべらしているが、その男たちはこれまでのとは明らかにちがう。隙の無い身のこなし。格好こそは同じだが、まとっている気配がまるで別物である。
とっさに脳裏に浮かんだのは「プロ」という言葉。
ただしプロのボディガードというよりかは、プロの殺し屋といった雰囲気であった。
「やあ、同志東郷、首尾はどうかね?」
「問題ない、ご覧の通りだ、同志宗像」
互いを同志と呼び合う老人たち。ずいぶんと気安げ。
新たな人物の登場。その顔におれは見覚えがある。とはいっても直接会ったことはない。あくまで新聞やテレビの画面を通じて知っている程度ではあるが。
「……あれは宗像孝光? おいおい、黒幕って宗像グループの会長さんのことかよ」
「みたいだな。予想以上の大物が釣れた。しかしちょっと意外な組み合わせだ」
黄桜の会と宗像グループ。
片や、戦後の拝金主義にツバを吐き決起したような集団。
片や、戦後の資本主義の荒波を乗り越えてきた企業。
どちらかといえば敵同士とも言えなくもないような両者が、裏で手を組んでいた?
驚きつつも首をかしげるおれとカラス女。
すると東郷隆盛と歓談していた宗像孝光が、唐突にこちらに顔を向ける。
「ところで、あちらのふたりはどなたかな?」
「あー、こやつらは……って、おまえら! なんでのんびりタバコを吸っている?」
見咎められて「やべっ」「しまった」と、あわてて縛られているフリをしたのだが、時すでに遅し。自由の身であることがバレてしまい、おれとカラス女は「いやあ」「ちょっと一服したくて」とぺこり。
そうしたら一連のやりとりを見ていた宗像孝光のこめかみがピクリ。
「おい、東郷、まさかとは思うが、私に無断で新たな同士を増やしたのではなかろうな」
宗像孝光がやや目元を険しくし、声のトーンが一段下がる。とたんに周囲の温度まで少し下がったような気がした。ただでさえひんやりしている地下の穴倉がいっそう肌寒く感じられる。
うーん、さすがは一代で会社を興し、成長させてきただけのことはある。すごい迫力だ。
これにあわてたのが東郷隆盛。すぐさま「ちがうちがう」と否定し、かくかくしかじか事情を説明。
「ほぅ、先に藤枝のところにいたと。まぁ、いいだろうう」
話を聞き終え宗像孝光がぼそりと、何やら意味深な物言い。
不穏な気配を感じ取って、おれとカラス女はひそかに身構える。
はたしてその予感は最悪の形で的中してしまうことになる。
◇
当然ながらふたたび拘束されたおれと安倍野京香。今度は両手足に結束バンドのみでなく、ロープで胴体をもグルグル巻きのイモムシ状態にされてしまった。
ちがう点は他にもある。
それはおれとカラス女に並んで、なぜだか東郷隆盛まで縛られて三人仲良く川の字に寝かされていること。彼の場合はギャアギャアやかましいので、猿ぐつわのオマケつき。
どうやら山に出荷されるのは、おれたちだけではなかったようである。
フム。わけがわからん。
黄桜の会の残党より裏切り者呼ばわりされていた藤枝友蔵。
そんな彼が残した負の遺産。その存在が発覚したら、やっかいなことになる。だから手下を使って回収させたのまでは理解できる。
たまさかその場に居合わせたおれとカラス女を拉致したのも、まぁまぁ。
でも、同志であるはずの東郷隆盛をこのタイミングで縛る意味がチンプンカンプン。
そこで「気になる気になる。このままだと気になりすぎて化けてでちゃうかも。あの世への餞別がわりに教えて!」とダメもとで頼んでみたら、宗像孝光は「よかろう」とあっさり了承。
「ここを爆破して一切を埋めて闇に葬るついでに教えてやろう。こちらとしてもずっと腹に抱えていたものをすべて吐き出して、スッキリしたかったところだ。あぁ、これで私はようやく黄桜の会の呪縛から解放される」
そして宗像孝光が語りだしたのは、黄桜の会にまつわるとある秘事についてであった。
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