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540 外は嵐、内も嵐
しおりを挟むナゾがナゾを呼ぶ展開に、芽衣は首をひねってウンウン唸る。
これ以上、茶番に付き合うのもいい加減に飽きてきたのでおれは助け船を出す。
「いや、もう、あらかた犯人は判明しているじゃないか」
「えっ、そうなんですか、四伯おじさん」
「簡単な引き算だ。現在、この屋敷に滞在しているのは十一人。うち俺と芽衣、老夫婦、姫ちゃんと行動を共にしていた二人をのぞけば、残るは四人」
「ふむふむ」
「で、老夫婦が一つ食べたから、消えた大福の残りは四つ。そしてタイミング的にも犯行が可能であろう人物もまた同じく四人」
「あっ! その中に犯人がいるんですね」
「というか、たぶん全員グルじゃねえのかな? 数が数なだけに単独犯じゃ厳しい。短時間で大福をいくつも口に放り込んでモグモグしながら、手術室のあった二階の書斎に駆けつけるなんて器用な芸当ができるのはおまえぐらいなもんだからな。ふつうはノドを詰まらせてぶっ倒れる」
以上を踏まえて、あらためて大学生CDEFらを問い詰めてみると、あっさり「おみそれしました」と兜を脱いだ。
◇
大福消失事件、ことのあらましはこうだ。
夕食前にてお腹ペコペコなときに、台所の方から聞こえてきたのが「美味しそうな豆大福!」という声。発したのは発見者の芽衣である。
それをたまさか聞きつけた男子学生たち。とたんにキュウとお腹が鳴り、強い空腹を覚える。
飢えに対する耐性が極端に低い現代っ子ども。我慢できずについフラフラと台所方面へと向かっていたところで、突如として上階より響き渡ったのは乙女の悲鳴。
急いで台所から飛び出し駆けてゆく探偵と助手。
学生たちもすぐにあとを追おうとするも、ふと脳裏をよぎったのが「腹が減っては戦はできぬ」というありがたい先人の教え。
Cが「よし、不測の事態に備えてアンコを食べて元気モリモリ」と大福の皿に手をのばせば、いっしょに行動していた相棒のDも「水臭いぜ、俺たちはバディだ。付き合うぜ」とひょいパクもぐもぐ。
そこに遅れてやってきたEとFの組も「ずるぞ」「寄越せ」とパクパク。
五つあった大福はたちまち残り一つきりとなる。
すると四人のうちの誰かが言った。
「一つだけ残すのもなんだな。どれ、自分が……」
しかしのばした手は横合いからのびてきた別の手にむんずと掴まれ、「ちょっと待った」との物言い。
にらみ合うCDEFの四人。
かくなる上は正々堂々ジャンケンで雌雄を決しようではないか。
となったのだが、何者かが台所へと近づいてくる足音に気がついてビクリ!
あわててその場を逃げ出し……もとい、姫のもとへと向かうことにする。
そうして入れ違いに台所にひょっこり顔を出したのが老夫婦であったと。
まぁ、もっともらしいことを並べているが、ようは食い気に負けたのである。
しかし旺盛な食欲もまた若さの証。
酸いも甘いも噛みわけて、人生の荒波を乗り越えてきたであろう老夫婦ですらもが抗えない甘味の誘惑。こいつを前にして未熟な若輩者どもが我慢できようはずもなく。
なお男子学生たちによれば、大福の在り処は棚の引き戸がちゃんと閉じられていなかったのですぐにわかったとのこと。
もしもすぐに発見されていなかったら……。
そう考えれば責任の一端はきちんと戸を閉めなかった芽衣にもあるのかもしれない。
かくして大福消失事件は解決された。
しかし虚しい勝利である。
事件を解決し犯人をあきらかにしたとて、失われた豆大福が戻ってくることはないのだから。
なによりおれたちを取り巻く状況はなんら好転していないことも忘れてはいけない。
外はあいもかわらず、土砂降りの嵐である。
◇
ふむ。訂正しよう。
嵐は外だけでなく屋敷の中でも吹き荒れていた。
姫ちゃんの六股がバレた!
発端は大福消失事件の主犯格であるCDEF四人の男子学生たち。
同じ釜の飯ならぬ、同じ皿の大福を共に盗み食いした仲間同士。
いわば戦友のような間柄となった四人はしみじみ思った。
「これ以上、友にウソをつき続けることなんてできない。じつは……」
一人が自分と姫ちゃんとの交際を打ち明けたとたんに、「えっ、俺も」「ボクもだよ」「オレもなんだけど、あれ?」となり、そこにAとBも加わって「いったいどうなっていやがるっ!」
当然、六人の矛先は姫ちゃんへと向かうのだが、とたんに彼女は豹変する。
「ちっ、バレちまっちゃあしょうがねえ。そうだよ、あんたらは私の手の平の上でコロコロ転がされていたのさ。でも六股とか浮気だなんて騒がれるのは心外だね。これはいま流行のシェアハウスならぬ、シェアラバーなのさ。しようもない世の中、意気地のない男ばっかりだからね。転ばぬ先の杖、女はより優れた安牌を得るのに必死なんだよ!」
見事な啖呵を切って、ぶりっ娘の仮面を脱ぎ捨てた姫ちゃんは開き直った。
まるでドサ回りの大衆演劇の舞台に立つ役者のごとくモロ肌脱いでの決め台詞に、おもわずおれと芽衣と老夫婦は「おぉーっ」とパチパチ拍手。
そしてこれを合図に始まる女一人と男六人の醜い愛憎劇。
そんなシロモノを最前列の特等席にて拝まされることになったおれたち。
「もうヤダ、誰か助けて!」
嘆く探偵。しかしその声は轟く雷鳴によりかき消された。
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