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523 夢洲
しおりを挟む不意に消息を断ち、地下へと潜った英円とトラ美。
その行方はようとして知れぬまま時間ばかりが虚しく過ぎてゆく。
懸命に探すおれのもとに朗報をもたらしたのは、馴染みの女刑事。
「今夜、夢洲にて大がかりな手入れがある。近隣から大量の動員をかけての府警の威信をかけた一斉検挙だ。英円はあまりにもおいたが過ぎた。人間界と動物界のお歴々がカンカンになってすっかりお冠だ。このままだと弧斗羅美もいっしょにふん縛ることになる。その前になんとしても彼女を逃がせ。現場にさえいなければ、あとはこっちでうまいこと処理してやるから」
言うだけ言うとさっさと通話を切った安倍野京香。
なにやらいっそうややこしいことになりつつあるが、とにもかくにもトラ美たちの居場所がわかったので、おれはさっそく向かうことにする。
◇
夢洲(ゆめしま)は大阪府大阪市此花区にある広大な人工島にて、大坂北港の一画を占めている。ゆくゆくはここにカジノを持つ統合型リゾートを誘致して、ここのところすっかり東京にお株を奪われて低迷している関西経済発展の起爆剤にするつもりらしいのだが、現在は物流センターやコンテナターミナルがあるばかり。お世辞にも楽しい場所ではない。
アクセス方法は二択。
夢洲と舞洲を結ぶ夢舞大橋を渡るか、夢洲と咲洲を結ぶ夢咲トンネルを通るか。
いずれは電車も開通される予定みたいだが、いまのペースだといったいいつになることやら。
将来的な可能性はともかくとして、現在ではまごうことなき僻地。埋め立て工事もちんたら継続中。
よもやそんな寂しい場所に英円とトラ美が身を潜めているとは思わなかった。
咲洲のコスモスクエア駅から出ているシャトルバスを利用して俺が夢洲へと向かう道すがら、夢咲トンネルへと入ったところで、座席の窓ガラスに映る自分の顔を目にし、ふと己の考えちがいに気がつく。
「潜んでいる? ……ちがう、そうじゃない。カラス女が居所を掴んでいるということは、その情報はすでに方々に出回っている可能性が高い。わざとだ、英円はわざと自分たちの居場所を漏らしているんだ。目的は……おそらく自分たちを餌にして、今回の騒動に絡んでいる連中を一堂に集めること。あの銀髪女、夢洲で血で血を洗うケンカ祭りをおっぱじめるつもりだ」
おれの考えが妄想の類ではないことが、じきに判明する。
答えはすでに移動中のバスの周辺にあったのだ。
前後左右に並走しているクルマの数々。黒ベンツに黒バンにとやたらと黒い車種が目立つ。もちろんちがう色のクルマも走ってはいるが、共通しているのがまとっている不穏な気配。堅気じゃない者が操るクルマが放つ独特のニオイとでもいおうか。
ぱっと見に「あっ、これはクラクションとかハイビームにハザードランプを使っちゃいけない相手だ。下手にかかわるときっとロクなことがない」と直感がビンビンに働く存在。
そんな連中がこぞって夢洲へと向かっている。
おかげで僻地にもかかわらず道路がちょっとした自然渋滞を起こしているではないか!
「おいおい、夢咲トンネルでこの調子だと、夢舞大橋の方でも渋滞が起こってるんじゃねえのか。いったいどれだけの人数が押しかけていることやら」
おれが呆れていると、こちらが乗るバスのすぐ脇をマイクロバスが追い越してゆく。
ちらりと横目に見ればマイクロバスの乗客は全員がその筋の方々。どうやら乗用車に分乗するのでは飽き足らずに、バスまで持ち出しての遠征組までいるらしい。
「マズイな、首尾よくトラ美と合流できても、島への出入り口を封鎖されたら逃げられなくなる。いくら夢洲が広いとはいえ大勢でローラー作戦とかされたらたちまち追い詰められてしまうぞ。そうなったら自分の身も危ないだろうに、英円はいったい何を考えていやがるんだ」
ずる賢いあの女のことだから、いざというときの逃走経路は用意してあるのだろうが、それとても手段は限られてくる。
陸がダメならば、空か海。
しかし与太者だけならばいざ知らず、府警も動いているとなるとそう上手くことは運ぶまい。県警航空隊のヘリが出動するだろし、きっと水上警察も動く。場合によっては海上保安庁をも巻き込んでの海上封鎖もありうる。
孤島となった夢洲から英円はどのようにして脱出するつもりなのか。
それがわかれば先回りをして罠を張ることも可能なのだが、あいにくとここのところおれの灰色の脳細胞が不調にてちっとも仕事をしてくれない。
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