465 / 1,029
465 うなぎの寝床だわすけ
しおりを挟むおれより「消えた助手を探している」との事情を聞いた八葉が言った。
「洲本芽衣さんの知名度は、奈良での出禁騒動以降、先の獣王武闘会の西国予選でいっきに爆上がりしていますからね」
「えっ、そうなのか?」
「はい。京都の者にとって特に衝撃だったのが、古都で起こした事件の数々です。よもやあの東大寺の南大門を壊すだなんて」
奈良はシカ王国で行われた嫁獲り競争。
その舞台裏でくり広げられた死闘の一部始終を収録した『羅城門激闘編。狸是螺舞流武闘術VS滅爛虎慄紅武爪術。月下に舞う戦乙女たち』や、レースの模様を収録した『平城京爆走編。何人たりともオレの前は走らせねえ! 駆ける男たち。闇夜に羽ばたく黒きツバサ。南大門の悲劇』なる裏DVD。
動物界隈では異例の大ヒットを飛ばす。お値段、各千九百八十円なり。
なお販売収益はカラス女がぶち壊した南大門の修繕費に回されているので、おれたちの懐には一円も入ってきていない。
都に住む者としては守るべき超貴重な文化財を粗略に扱うという行為そのものが、信じられない蛮行、ガクブルもの!
たいそう危惧した都の動物界の重鎮の中には「すぐに洲本芽衣、尾白四伯、安倍野京香らの都入りを禁止にすべし」と主張する者もいたんだとか。
しかし結局は取りやめとなった。
理由は先代蒼雷こと洲本葵への恩義から。
かの有名は「渡月橋黒の惨劇事件」が起きた当時、カラス天狗たちはとにかく調子に乗っていた。
夜な夜な都に出没しては呑めや歌えのどんちゃん騒ぎ。酔っ払っては乱暴狼藉のやりたい放題。
いじめられて泣かされたケモノたちの流す涙で、鴨川の水位がちょびっと上がったとか上がらなかったとか。
そんなときに起こったのがあの事件。
いばり散らしていたカラス天狗どもを一匹のタヌキが千切っては投げ、千切っては投げ、羽をむしっては投げ。
愉快痛快な出来事に拍手喝采を送ったケモノたち。
かくして当時大きく傾きかけていた動物界と妖界とのバランスが戻って、やや動物界側優勢となったまま今日へといたっている。
「ですからそんな有名人がうろちょろしていたら、とっくに都雀たちの話題になっていると思うんです。でもそんな話はまだどこからも」
八葉の言ったことがたしかであるのならば、少なくとも芽衣は駅からろくに動いていないうちに姿を消したことになる。
なれば駅周辺を重点的に聞き込みすればいいのか。とはいえ駅ビルは巨大な箱と呼ばれるほどに超大だから、それはそれで骨が折れそうだ。
おれが思案で眉根を寄せていると、八葉が「自分に考えがある」と言い出す。
「とりあえず新京極に向かいましょう、尾白さん」
◇
鴨川の西沿い、北は三条通から南は四条通へといたり、長さ五百メートルにもおよぶ新京極通り。多くの店と八つもの寺社が居並ぶ、京都でも屈指の人気を誇る繁華街。
観光客やら買い物客らでごった返す中、八葉がおれの手を引きながらするすると人混みを掻き分けていく。
わずか五十メートルほどの幅の道にひしめき合う大勢の人々。おれの地元の商店街とは比べものにならない賑わいっぷり! 平日でこれだと週末はいったいどうなるのか想像もつかない。
不甲斐ないおっさん探偵がはやくも人酔いしかけたところで、唐突に細い路地へと入った八葉。
とたんに景色が一変し、世界が陽から陰へと化けた。
からっと華やかな姿を見せたとおもったら、一転して薄気味の悪い湿気った顔をのぞかせる。
その歴史と懐の深さゆえに、いたるところに闇が潜む千年王都。
ちょっとした迷宮化を果たしているがゆえに身を隠すところにはこと欠かず。動物たちにとってはこれほど住みよい街もそうそうない。
ずんずん進む八葉がようやく足を止めたのは、とある町屋の前。
入り口に設置された呼び鈴を鳴らすとカチャリとカギが開く音がした。
目の細かい格子の引き戸。その先は真っ直ぐ奥へとのびている。間口が狭く奥行がやたらと広い、いわるゆる「うなぎの寝床」と呼ばれる造り。
「ここは都に住む動物たちの秘密のたまり場になっている『だわすけ』酒場。集まってるのは昼間っから飲んだくれている甲斐性なしばかりだけど、新しい噂話を仕入れるのならここが一番なの」
説明しながら先を歩く八葉。おれは薄気味悪い雰囲気にやや物怖じしつつも、セーラー服についていく。
なおこれは余談だが「だわすけ」とは京都弁で「怠け者」を指す言葉なんだと。八葉が「ここにぴったりでしょう」と笑いながら教えてくれた。
◇
酒場に立ち入っておれが何に驚いたかって、まずはその異様な店内のインテリア。
席はカウンターのみというシンプルなもの。
バースタイルにて、天井には小さな提灯を鈴なりに飾り、間接照明として雛飾りでお馴染みのぼんぼりが壁沿いに立つ。
いまどきのやたらと白くギラついたきつい室内照明とはちがい、橙色をした常夜灯風の明かりが目に優しい空間。
それはいいのだが、問題はカウンターテーブル。
こいつが、まぁ長いのなんのって。手前の端からだと奥の方がちっともまるで見えやしないほどもある。
さらにおれを呆れさせたのは、そんな長いカウンターテーブル席がほぼ満席だということ。
まだお日さまも随分と高いというのに、集いも集ったりの毛玉の呑兵衛ども。
「うーむ。だわすけとは、よく言ったもんだ」
「でしょう?」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
天界アイドル~ギリシャ神話の美少年達が天界でアイドルになったら~
B-pro@神話創作してます
キャラ文芸
全話挿絵付き!ギリシャ神話モチーフのSFファンタジー・青春ブロマンス(BL要素あり)小説です。
現代から約1万3千年前、古代アトランティス大陸は水没した。
古代アトランティス時代に人類を助けていた宇宙の地球外生命体「神」であるヒュアキントスとアドニスは、1万3千年の時を経て宇宙(天界)の惑星シリウスで目を覚ますが、彼らは神格を失っていた。
そんな彼らが神格を取り戻す条件とは、他の美少年達ガニュメデスとナルキッソスとの4人グループで、天界に地球由来のアイドル文化を誕生させることだったーー⁉
美少年同士の絆や友情、ブロマンス、また男神との同性愛など交えながら、少年達が神として成長してく姿を描いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる