おじろよんぱく、何者?

月芝

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465 うなぎの寝床だわすけ

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 おれより「消えた助手を探している」との事情を聞いた八葉が言った。

「洲本芽衣さんの知名度は、奈良での出禁騒動以降、先の獣王武闘会の西国予選でいっきに爆上がりしていますからね」
「えっ、そうなのか?」
「はい。京都の者にとって特に衝撃だったのが、古都で起こした事件の数々です。よもやあの東大寺の南大門を壊すだなんて」

 奈良はシカ王国で行われた嫁獲り競争。
 その舞台裏でくり広げられた死闘の一部始終を収録した『羅城門激闘編。狸是螺舞流武闘術VS滅爛虎慄紅武爪術。月下に舞う戦乙女たち』や、レースの模様を収録した『平城京爆走編。何人たりともオレの前は走らせねえ! 駆ける男たち。闇夜に羽ばたく黒きツバサ。南大門の悲劇』なる裏DVD。
 動物界隈では異例の大ヒットを飛ばす。お値段、各千九百八十円なり。
 なお販売収益はカラス女がぶち壊した南大門の修繕費に回されているので、おれたちの懐には一円も入ってきていない。

 都に住む者としては守るべき超貴重な文化財を粗略に扱うという行為そのものが、信じられない蛮行、ガクブルもの! 
 たいそう危惧した都の動物界の重鎮の中には「すぐに洲本芽衣、尾白四伯、安倍野京香らの都入りを禁止にすべし」と主張する者もいたんだとか。
 しかし結局は取りやめとなった。
 理由は先代蒼雷こと洲本葵への恩義から。

 かの有名は「渡月橋黒の惨劇事件」が起きた当時、カラス天狗たちはとにかく調子に乗っていた。
 夜な夜な都に出没しては呑めや歌えのどんちゃん騒ぎ。酔っ払っては乱暴狼藉のやりたい放題。
 いじめられて泣かされたケモノたちの流す涙で、鴨川の水位がちょびっと上がったとか上がらなかったとか。
 そんなときに起こったのがあの事件。
 いばり散らしていたカラス天狗どもを一匹のタヌキが千切っては投げ、千切っては投げ、羽をむしっては投げ。
 愉快痛快な出来事に拍手喝采を送ったケモノたち。
 かくして当時大きく傾きかけていた動物界と妖界とのバランスが戻って、やや動物界側優勢となったまま今日へといたっている。

「ですからそんな有名人がうろちょろしていたら、とっくに都雀たちの話題になっていると思うんです。でもそんな話はまだどこからも」

 八葉の言ったことがたしかであるのならば、少なくとも芽衣は駅からろくに動いていないうちに姿を消したことになる。
 なれば駅周辺を重点的に聞き込みすればいいのか。とはいえ駅ビルは巨大な箱と呼ばれるほどに超大だから、それはそれで骨が折れそうだ。
 おれが思案で眉根を寄せていると、八葉が「自分に考えがある」と言い出す。

「とりあえず新京極に向かいましょう、尾白さん」

  ◇

 鴨川の西沿い、北は三条通から南は四条通へといたり、長さ五百メートルにもおよぶ新京極通り。多くの店と八つもの寺社が居並ぶ、京都でも屈指の人気を誇る繁華街。
 観光客やら買い物客らでごった返す中、八葉がおれの手を引きながらするすると人混みを掻き分けていく。
 わずか五十メートルほどの幅の道にひしめき合う大勢の人々。おれの地元の商店街とは比べものにならない賑わいっぷり! 平日でこれだと週末はいったいどうなるのか想像もつかない。

 不甲斐ないおっさん探偵がはやくも人酔いしかけたところで、唐突に細い路地へと入った八葉。
 とたんに景色が一変し、世界が陽から陰へと化けた。
 からっと華やかな姿を見せたとおもったら、一転して薄気味の悪い湿気った顔をのぞかせる。
 その歴史と懐の深さゆえに、いたるところに闇が潜む千年王都。
 ちょっとした迷宮化を果たしているがゆえに身を隠すところにはこと欠かず。動物たちにとってはこれほど住みよい街もそうそうない。

 ずんずん進む八葉がようやく足を止めたのは、とある町屋の前。
 入り口に設置された呼び鈴を鳴らすとカチャリとカギが開く音がした。
 目の細かい格子の引き戸。その先は真っ直ぐ奥へとのびている。間口が狭く奥行がやたらと広い、いわるゆる「うなぎの寝床」と呼ばれる造り。

「ここは都に住む動物たちの秘密のたまり場になっている『だわすけ』酒場。集まってるのは昼間っから飲んだくれている甲斐性なしばかりだけど、新しい噂話を仕入れるのならここが一番なの」

 説明しながら先を歩く八葉。おれは薄気味悪い雰囲気にやや物怖じしつつも、セーラー服についていく。
 なおこれは余談だが「だわすけ」とは京都弁で「怠け者」を指す言葉なんだと。八葉が「ここにぴったりでしょう」と笑いながら教えてくれた。

  ◇

 酒場に立ち入っておれが何に驚いたかって、まずはその異様な店内のインテリア。
 席はカウンターのみというシンプルなもの。
 バースタイルにて、天井には小さな提灯を鈴なりに飾り、間接照明として雛飾りでお馴染みのぼんぼりが壁沿いに立つ。
 いまどきのやたらと白くギラついたきつい室内照明とはちがい、橙色をした常夜灯風の明かりが目に優しい空間。
 それはいいのだが、問題はカウンターテーブル。
 こいつが、まぁ長いのなんのって。手前の端からだと奥の方がちっともまるで見えやしないほどもある。
 さらにおれを呆れさせたのは、そんな長いカウンターテーブル席がほぼ満席だということ。
 まだお日さまも随分と高いというのに、集いも集ったりの毛玉の呑兵衛ども。

「うーむ。だわすけとは、よく言ったもんだ」
「でしょう?」


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