おじろよんぱく、何者?

月芝

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450 ロストブラッド

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 修行二日目もどうにか終了。
 沖合の二つの奇岩を死守するという任務についていたおれは疲労困憊。
 すっかりちべたくなってしまった尻を温泉にてぬくぬく労わりつつ、あ~ビバノンノン。
 しかし男湯独占状態は長くは続かない。
 ゴリマッチョの佐藤晋太郎が姿をあらわしたからだ。
 おれにそっちの気はないが、それでもチラチラ見てしまうようなカラダ。
 あちこちが筋肉でボッコボコ。起伏に富み、陰影が濃く、歩く仁王さま状態。あいかわらずえげつない肉体美を誇っている。もしも今の世に運慶なり快慶なりの名工が生きていれば、ヨダレを垂らしてこの男の肢体を舐めまわすように眺めては創作に没頭することであろう。

 カラダを洗い終わってから湯舟に入ってくる佐藤晋太郎。
 それは当然の流れなのだが、なぜにせっかくの広い湯舟の中でおれの隣にぴたっと座る?
 不思議がっていたらいきなり話しかけてきた。

「そういえば尾白さんにまだちゃんとお礼を言ってなかったことを思い出してな。いつぞやは世話になった」

 頭を下げるゴリラ男。
 彼の言う「いつぞや」とは獣王武闘会のおり、オコジョくのいち・かげりの奸計により不覚にも凶刃に倒れたときのこと。
 敵味方が入り乱れての戦いのさなかにこの男を救助したのは、誰あろうこの尾白四伯。
 その後に起きた敵のアニマルロボ軍団の集団自爆による被害も化け術を駆使し、被害を最小限にとどめたのもまた、この街の探偵屋さん。
 それら込みこみでの姫路アニマルキングダム近衛師団・位階三の殊勝な態度。

「気にすんな。なりゆきだ。それよりも獣王武闘会といえば東の方の予選結果はどうなったんだ? ちっともウワサが聞こえてこないんだが」

 ケモノたちの、ケモノたちによる、ケモノたちのためだけの武の祭典。
 それが獣王武闘会。
 東西にて予選を行い、双方の勝者同士にて日ノ本最強を決める。
 西の方の代表は紆余曲折を経て、姫路アニマルキングダム選抜が決定している。
 これと平行して東でも盛大に大会が催されていたはずなのに、あまり詳細な情報が流れてこない。話好きのウワサ大好き、とっても物見高くてお祭り超好きな動物界としては、かなり解せぬことであろう。

「……それが、あちらでもいろいろあったみたいでな。いちおう優勝チームは決まっているらしいのだが」

 すべて伝聞との前置きのもと、佐藤晋太郎が大きなカラダを湯舟に横たえつつ語ったのは、異様な結果に終わったという東の大会。
 次々と白熱した試合がくり広げられて、途中で聚楽第の邪魔が入ったものの、それでもたいそう盛り上がった西の大会。
 けれども東の大会に熱は存在しなかった。
 あまりにも一方的かつ凄惨な試合展開に観客たちは戦慄し、芯から凍え、総毛立つばかり。

 優勝したチーム名は「ロストブラッド」
 全員がフード付きのマントを羽織っており、目深にて顔もよく見えない。大部分の情報が秘匿されている。わかっているのは全員がオオカミかイヌ系の動物であるということぐらい。
 これが圧倒的チカラにて大会を制す。
 しかしその暴虐無人っぷりと、ずば抜けた強さが常軌を逸しており、大会後に審議の対象となった。それが影響して東西統一王座決定戦の開催が延びに延びているんだとか。

「それでもいまのご時世、ネットで映像のひとつも出回らないってのは、ちょっとヘンじゃねえか」

 おれが疑問を口にすると佐藤晋太郎もうなづく。

「ふむ。大会期間中の映像はちゃんと撮影されていたらしいのだが、なぜだかデータがすべてダメになってしまっていたらしい」
「らしいって……、ずいぶんときな臭い話だな。その分だと東の方にも聚楽第の手の者が入り込んでいそうだな」
「おそらくはそうなのだろう。なにせ連中は大会の立ち上げ時から介入しているからな。東西統一王座決定戦が実施されるのかどうかは未定のまま。もっとも、そのおかげで復帰だけでなくこうして修行をする機会も得られたわけだが」

 マウンテンゴリラ拳闘士はそう言うものの、おれは「ひょっとしたら、あえて西の代表が完全復活するのを待っていたのでは?」との疑念を抱いている。
 とはいってもなんら根拠や確証があるでなし。
 これは聚楽第と幾度も渡り合ってきた探偵の勘がそう告げているだけのこと。
 まぁ、なんにせよ我が尾白探偵事務所には関係ないので、今度こそはのんびり傍観にまわりたいものである。

  ◇

 修行三日目にして最終日。
 朝、起きたらけっこう波が高く、海風がきつめに暴れていた。
 ひょっとしたら明石海峡でオオダコ・八津神(やつがみ)と半魚巨人・鯛魔神(たいまじん)が恒例の一戦を交えているのかもしれない。※詳細は第二百七十一話「海洋ファイト!四十五分一本勝負」にて。

 そんな外の状態だというのに、これを目にした洲本葵がとんでもないことを言い出す。

「よし、今日はこいつで凧修行だ!」

 葵のバアさんの思いつきを簡単に説明すれば、背に小さなパラシュートをつけての模擬戦。
 風を受けて広がったパラシュートの傘に翻弄されながら戦う。
 うっかりすると空高く舞い上がることになるかもしれない。
 修行というよりも、もはやバラエティー番組の罰ゲーム。
 阿呆な趣向に「効果あるのか、コレ」とおれがぼやけば、「たぶん」と葵のバアさんは少し自信なさげに首をかしげた。


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