449 / 1,029
449 カイツブリの水上走り
しおりを挟む巌流島の決闘っぽい修行。
意外にもいち早く環境に順応したのは、先日の竹修行に大苦戦していた佐藤晋太郎。
素早い動きを得意とするものにとっては枷となる水。それをあえて重し代わりとすることで腰から下の安定化を確立。
結果、自慢の拳がチカラを増して、どっしり構える砲台と化す。
間合いに入ったとたんに拳の洗礼を浴びることはもちろん、腕が届かないところでも拳圧が弾となって飛んでくるもので、胸を借りているキツネ娘の出灰桔梗は逃げの一手。
先日は空中戦を制し、ほぼ独壇場であったキツネ娘であったが一転して苦戦をしいられている。
「くっ、足が水にとられて思うように動けない。……ならっ!」
水魚のごとく跳ねたキツネ娘が、その健脚ぶりにて披露したのはなんと水走り!
点々と波紋を鈴なりに率いながら、シュタタタタと水面を走る姿はカイツブリのよう。
カイツブリとは?
カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属に分類される留鳥。
琵琶湖では「鳰(にお)」とも呼ばれている四十センチぐらいの丸っこいカラダをした鳥。縄張り意識がスゴく、侵入してくる不届き者あらば「キリッ、キリッ」とオスが鋭い声で威嚇しながら敵に向かって水面を猛ダッシュ!
「おんどりゃあぁ、なにさらしてけつかんねん」とカチコミをかける。そしてメスもこれにつづいて「オラオラ、うちの人に何すんのよ」とケンカに加勢する。
穏やかな湖面の風景を一変させるカイツブリ・バカップルの水上走り。ときに約七秒間で二十メートルほどをも駆けるんだとか。
繁殖シーズンに多くみられる春の風物詩。
水面を疾走するキツネ娘。
急加速にて円を描くように移動し、ゴリラ男の背後をとったところで一気呵成に攻めようとする。
しかし両腕を天高く突き上げたゴリラ男が、これを同時に思いっ切り振り下ろした。
とたんにゴリラ男を中心にして発生したのは、間欠泉のごとき勢いを持つ巨大な水柱。
前方へと打ち出す拳を足下の水へと向けたことにより発生した現象。
水の壁がキツネ娘の突進をはじき返したばかりか、大波までもが生じ、その身が呑み込まれてしまう。
自分の頭上を越える波濤。その威力はすさまじく翻弄されまくったキツネ娘は存分に目を回し、ぷかり浮かぶこととなった。
◇
佐藤晋太郎の放った一撃の余波は周囲にもおよぶ。
運悪く彼に背を向けていたものは無防備に波の餌食となり、たまさか正面に位置していたおかげでいち早く異変に気がつけた者は、あわてて逃げようとするも素早く動けぬ海中ゆえにやはり餌食となる。
その姿を浜辺から見てゲラゲラ笑っていたおれであったが、波に飛ばされてきた芽衣が激突してアウチ!
なお同じく浜から戦いの様子を見守っていた洲本葵はさっさと避難しており、見学していた倭文弥生は漁師の息子で海に精通している榎列一樹が、その手を引いて逃げたので無事であった。
この惨事を引き起こした当のゴリラ拳闘士は「なるほど、水を利用すればこういった戦い方も出来るのか」と何やらコツを会得した模様。
けれども自分たちの勝負に文字通り水を差されたばかりか、ズブ濡れにされた他の面々はどうにも腹の虫が収まらないようで……。
「ふざけんなっ、この不愛想筋肉ダルマ!」
最初にぶち切れたのは同僚のキリンの女の鈴木夏帆。姫路アニマルキングダムに所属する二人。職務柄いろいろと溜め込んでいたものがあったらしいが、それが一挙に噴出。
キリン女の長い脚が暴れ、怒りにまかせて放った渾身の蹴りが衝撃波となって水面を裂く。
迫る飛ぶ蹴撃!
これをふたたび水面を叩いて出現させた水の壁によって防ぐゴリラ男。
そのせいでまたもや発生する大波。
当然ながらこれに巻き込まれて他の面子がどんぶらこ。
そしてついに全員が完全にブチッ!
気がつけば全員が入り乱れての水上バトルロイヤルになっていた。
さながら小学校のプールの授業のときの自由時間のようなはしゃぎっぷり。
「おいおい、これでいいのかよ」
呆れたおれがつぶやけば葵のバアさんは肩をすくめる。
「べつにかまいやしないよ。乱戦の方がより実戦に近いし。それに奥義は使うなとは言ったが、新技はダメとは言ってないからね」
「いや、おれが気にしているのはそこじゃなくて……」
「なんだい? さっきからごにょごにょと。男だったらはっきり言いな」
「じゃあ言わせてもらうけど、沖の奇岩がちょっと心配なんだが」
修行場となっている岩屋海水浴場。そこからほど近い沖にある絵島と大和島なる二つの奇岩。かの西行法師や柿本人麻呂などが和歌に詠み、地元民から愛されているソイツらがさっきから主にゴリラ男が起こしている大波小波にバンバン打ちつけられている。
平安時代よりそこにあって、ずっと雨風波に耐えてきたからちょっとやそっとのことでは倒れないとは思うけど。
おれの指摘を受けて葵のバアさん「あっ」
いまそこにある危機について認識した葵のバアさん。おれの襟首を掴むなり、いきなりぐるぐる回してハンマー投げのごとく沖に投げたぁぁぁぁぁぁっ……。
「ぐえっ、いきなりなんてことしやがる!」
「悪いが、連中が落ちつくまで岩の前で防波堤にでも化けていておくれ。さすがに岩上神社に続けてこいつまで壊したら言い訳のしようもないからね」
かくして修行二日目を、おれは日がな一日、奇岩を守る壁となって海中で過ごすことになった。
うぅ、お腹が冷える。お尻がちべたい。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる