おじろよんぱく、何者?

月芝

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449 カイツブリの水上走り

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 巌流島の決闘っぽい修行。
 意外にもいち早く環境に順応したのは、先日の竹修行に大苦戦していた佐藤晋太郎。
 素早い動きを得意とするものにとっては枷となる水。それをあえて重し代わりとすることで腰から下の安定化を確立。
 結果、自慢の拳がチカラを増して、どっしり構える砲台と化す。
 間合いに入ったとたんに拳の洗礼を浴びることはもちろん、腕が届かないところでも拳圧が弾となって飛んでくるもので、胸を借りているキツネ娘の出灰桔梗は逃げの一手。
 先日は空中戦を制し、ほぼ独壇場であったキツネ娘であったが一転して苦戦をしいられている。

「くっ、足が水にとられて思うように動けない。……ならっ!」

 水魚のごとく跳ねたキツネ娘が、その健脚ぶりにて披露したのはなんと水走り!
 点々と波紋を鈴なりに率いながら、シュタタタタと水面を走る姿はカイツブリのよう。

 カイツブリとは?
 カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属に分類される留鳥。
 琵琶湖では「鳰(にお)」とも呼ばれている四十センチぐらいの丸っこいカラダをした鳥。縄張り意識がスゴく、侵入してくる不届き者あらば「キリッ、キリッ」とオスが鋭い声で威嚇しながら敵に向かって水面を猛ダッシュ!
「おんどりゃあぁ、なにさらしてけつかんねん」とカチコミをかける。そしてメスもこれにつづいて「オラオラ、うちの人に何すんのよ」とケンカに加勢する。
 穏やかな湖面の風景を一変させるカイツブリ・バカップルの水上走り。ときに約七秒間で二十メートルほどをも駆けるんだとか。
 繁殖シーズンに多くみられる春の風物詩。

 水面を疾走するキツネ娘。
 急加速にて円を描くように移動し、ゴリラ男の背後をとったところで一気呵成に攻めようとする。
 しかし両腕を天高く突き上げたゴリラ男が、これを同時に思いっ切り振り下ろした。
 とたんにゴリラ男を中心にして発生したのは、間欠泉のごとき勢いを持つ巨大な水柱。
 前方へと打ち出す拳を足下の水へと向けたことにより発生した現象。
 水の壁がキツネ娘の突進をはじき返したばかりか、大波までもが生じ、その身が呑み込まれてしまう。
 自分の頭上を越える波濤。その威力はすさまじく翻弄されまくったキツネ娘は存分に目を回し、ぷかり浮かぶこととなった。

  ◇

 佐藤晋太郎の放った一撃の余波は周囲にもおよぶ。
 運悪く彼に背を向けていたものは無防備に波の餌食となり、たまさか正面に位置していたおかげでいち早く異変に気がつけた者は、あわてて逃げようとするも素早く動けぬ海中ゆえにやはり餌食となる。
 その姿を浜辺から見てゲラゲラ笑っていたおれであったが、波に飛ばされてきた芽衣が激突してアウチ!
 なお同じく浜から戦いの様子を見守っていた洲本葵はさっさと避難しており、見学していた倭文弥生は漁師の息子で海に精通している榎列一樹が、その手を引いて逃げたので無事であった。

 この惨事を引き起こした当のゴリラ拳闘士は「なるほど、水を利用すればこういった戦い方も出来るのか」と何やらコツを会得した模様。
 けれども自分たちの勝負に文字通り水を差されたばかりか、ズブ濡れにされた他の面々はどうにも腹の虫が収まらないようで……。

「ふざけんなっ、この不愛想筋肉ダルマ!」

 最初にぶち切れたのは同僚のキリンの女の鈴木夏帆。姫路アニマルキングダムに所属する二人。職務柄いろいろと溜め込んでいたものがあったらしいが、それが一挙に噴出。
 キリン女の長い脚が暴れ、怒りにまかせて放った渾身の蹴りが衝撃波となって水面を裂く。
 迫る飛ぶ蹴撃!
 これをふたたび水面を叩いて出現させた水の壁によって防ぐゴリラ男。
 そのせいでまたもや発生する大波。
 当然ながらこれに巻き込まれて他の面子がどんぶらこ。
 そしてついに全員が完全にブチッ!

 気がつけば全員が入り乱れての水上バトルロイヤルになっていた。
 さながら小学校のプールの授業のときの自由時間のようなはしゃぎっぷり。

「おいおい、これでいいのかよ」

 呆れたおれがつぶやけば葵のバアさんは肩をすくめる。

「べつにかまいやしないよ。乱戦の方がより実戦に近いし。それに奥義は使うなとは言ったが、新技はダメとは言ってないからね」
「いや、おれが気にしているのはそこじゃなくて……」
「なんだい? さっきからごにょごにょと。男だったらはっきり言いな」
「じゃあ言わせてもらうけど、沖の奇岩がちょっと心配なんだが」

 修行場となっている岩屋海水浴場。そこからほど近い沖にある絵島と大和島なる二つの奇岩。かの西行法師や柿本人麻呂などが和歌に詠み、地元民から愛されているソイツらがさっきから主にゴリラ男が起こしている大波小波にバンバン打ちつけられている。
 平安時代よりそこにあって、ずっと雨風波に耐えてきたからちょっとやそっとのことでは倒れないとは思うけど。

 おれの指摘を受けて葵のバアさん「あっ」
 いまそこにある危機について認識した葵のバアさん。おれの襟首を掴むなり、いきなりぐるぐる回してハンマー投げのごとく沖に投げたぁぁぁぁぁぁっ……。

「ぐえっ、いきなりなんてことしやがる!」
「悪いが、連中が落ちつくまで岩の前で防波堤にでも化けていておくれ。さすがに岩上神社に続けてこいつまで壊したら言い訳のしようもないからね」

 かくして修行二日目を、おれは日がな一日、奇岩を守る壁となって海中で過ごすことになった。
 うぅ、お腹が冷える。お尻がちべたい。


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