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440 消え去りし君
しおりを挟むもうめんどうなので結論から先に言おう。
東條左馬之助こと本名・山田太一は生粋の詐欺師である。それも甘いルックスを武器に初心な乙女ばかりを狙う小狡い常習犯。
山田太一の過去をほじくり返すたびに出てくるのは、金と女絡みのトラブルばかり。
で、調べていくうちにより鮮明となったのがヤツの手口。
女学校卒業したてぐらいの良家のお嬢さまをターゲットにして近づき、無理のない範囲でお金を引き出し、そろそろ周囲にことが露見しそうになると決まって起こすのが駆け落ち騒動。
ただし、実行はしない。
あくまで女をその気にさせて愛の逃避行へ。
と、最高潮に盛りあがる寸前に娘の親族らが出張って阻止するというのが、お決まりのパターン。もちろんすべては山田太一の仕込みである。
自分でお嬢さまに駆け落ちを持ちかけておいて、一方ではその両親や親族にこっそり報せる。
かくして自作自演で悲恋を演じて、あとはとんずら。
お嬢さまは己が物語のヒロインになったかのような状況に酔いつつ、すべては若気の至りになるという寸法。
相手を無闇に傷つけずに逃げる。
うまいやり方だが、真相を知れば業腹はなはだしいかぎり。
でもって、これはまだいいケース。
山田太一の懐具合がかつかつなときにターゲットにされた娘こそが悲惨だ。
駆け落ちまでの一連の流れはまったく同じだが、裏では男が女の両親と取引をし、けっこうな手切れ金を受け取ってすたこらすることもあった。
すべてを捧げようとした男が自分よりもお金を選んだ。そう知ったときの娘さんの嘆きや心情を慮ったら、それこそ腸が煮えくり返りそう。
今回の調査依頼を持ち込んできた吉野桜子の場合。
きれいなケースの方であったのがせめてもの救いであったが……。
◇
信州のさる地方まで、はるばるレンタカーを走らせてきたおれたち。
目的はもちろん山田太一である。
この男、散々に悪事を働いたあげくに、ちゃっかり山持ちのお金持ちの家に婿養子として転がり込むことに成功。
いまは名を御久良太一(みくらたいち)と改め、ぬくぬくと人生を謳歌し、悠々自適な老後を送っているらしい。
この事実に行きついたとき。
とっくに沸点を越えていたおれと芽衣はすぐさま飛び出す。
「ふてえ野郎だ。とりあえず一発殴らねば気がすまねえっ!」
「一発なんて生ぬるい。真っ赤なしょんべんをチビリたおすまで、ビビらしてやらぁ!」
かくして内にぐつぐつ煮立つ怒りを抱え、勢いのままに突撃をする探偵と助手であったのだが、待っていたのはとんだ肩透かし。
蔵持ちのどでかい古民家にて、おれたちを出迎えた御久良太一の娘が「父ですか? ごめんなさい、用事があるとかで数日前から留守にしておりまして」とのこと。
甘いマスクで数多の乙女たちを食い物にした男の娘だけあって、いささかトウが立ってはいるもののたいそうな美人ではあったが、なんとなく目の奥にイヤな気配を感じたおれは「そうですか、ではまた日を改めまして」と名刺を渡し早々に引き下がる。
あんまりにもあっさり引いたことに不満たらたらな芽衣をなだめつつ。
「まぁ、ちょっと落ちつけ。あの女ひょっとしたら……。だとすれば、しょせんはカエルの子はカエルということか」
「?」
「とりあえず駅前にあった民宿に腰を落ち着けてしばらく様子をみよう。早ければ今夜にも動きがあるはずだから」
言葉の意味がわからずに首をかしげる芽衣には「詳しい話は宿についてからだ」と告げて、おれはレンタカーのハンドルを操作し駅前を目指す。
◇
草臥れたおっさんと若い娘という組み合わせの飛び込み客に、露骨に怪訝そうな表情を浮かべた民宿の女将さん。しかし「叔父と姪っ子です」と伝えたら、あっさり信じた。
もとから人好きの話好きらしく、部屋に案内してくれたあとはお茶を淹れながら世間話をベラベラ。御久良家のことも訊ねるままに気さくに答えてくれる。
御久良家はこの地方有数の山持ちにて、一時期は山林王の異名を持つほどに隆盛を誇っていたんだとか。
しかし外国から次々と安くて品質の良い材木が輸入されるようになってからは、みるみる斜陽族の仲間入り。とくに今の代の婿養子となってからは、家財は減る一方。
「まだ奥さまがお元気だった頃はそれでも立派なものだったんですけど。先に逝かれてしまってからはどうにもいけません」
急に声の調子を落とした女将さん、こしょこしょ。
残った婿養子は顔ばっかりの、まるで能なし。
そのくせ見栄っ張りのお調子者だから、金目当てで寄ってくる連中にいいように持ち上げられては気を良くして散財ばかりするもので、家はますます傾くばかり。
御久良家もいまの代でおしまいだと、地元ではもっぱらの評判なんだとか。
「しかしあそこには立派な娘さんがいたはずですが」
話の調子を合わせつつおれがさらりとつぶやけば、とたんに眉間にシワを寄せて顔をしかめた女将さん。嫌悪感もあらわ。
「あの子が立派? 冗談じゃありませんよ、お客さん。見てくれに騙されちゃあいけません。ありゃあ、父親に輪をかけた放蕩者なんですから」
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二人きりとなったところで芽衣が「でも放蕩者の娘さん、家にいましたよね」と疑念を口にした。
そう。いないはずの娘がいて、いるはずの父がいない。
太一の娘の瞳に宿っていたあの妖しい光といい、どうにも話がきな臭くなってきた。
そしてこの夜、二十一時過ぎにおれのガラケーがぷるぷる震える。
表示されている番号は知らない相手。
出てみたら御久良家の娘からであった。
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