410 / 1,029
410 孤島上陸
しおりを挟む陸地から海へと突き出たコンクリートとの桟橋に、おれたちを乗せた漁船が接舷する。
周辺に船影はなし。
小さな港にも浜にも、木の小舟ひとつありゃしない。
「いまは誰もいないみたいだな」
ようやく地獄の揺れから開放されたおれは、四つん這いにて大地のありがたみを噛みしめつつ。
「……ですね」
芽衣はクマのヌイグルミのように両手足を前に投げ出す格好で地べたに座り、やや呆けつつ言った。
「ですが完全に無人かどうかは調べてみないと」
船酔いとは縁がないからくり人形の零号。周辺に目を配りながら慎重な意見を口にする。
今回の依頼人であるパカパカ仙人によれば、不審者どもが出入りしているって話。
船の姿が見えないからとて、イコール誰もいないわけじゃない。
そこで弛緩し切っている肉体にムチ打ち、おれが「よっこらせ」と立ち上がったところで漁船の船長。
「荷物はそこに置いておいたから。三日後に海が凪いでいたら迎えにくるんで。あと緊急のときには渡した無線機を使うように。じゃあな」
夕方近くになると島の周囲の波が荒れるそうで、さっさと引き返していく漁船。たちまち遠ざかって見えなくなった。
船のエンジン音が失せて、耳に届くのは潮騒ばかり。
とたんにひしひしと押し寄せてくるのは寂しさ。
街暮らしの身には、この静けさがどうにも居心地が悪くてしようがない。
「さてと、とりあえず寝床予定である公民館を目指すか。原型をとどめてくれているといいんだが」
いくら珍動物とタヌキ娘とロボ娘の組み合わせとはいえ、きちんと雨風をしのげる場所は確保したい。
島に滞在中、ずっとテント暮らしではせっかく治してもらった腰痛がまたぞろ再発しかねんもので。
◇
桟橋を渡り、すっかり緑に浸蝕されている廃村へと足を踏み入れたおれたち一行。
大江一門が解体し、最後の住人が島を去ってから二十年ぐらい経つという話であったが、ものの見事に朽ちてボロボロとなっている家々。
それも無理からぬことか。
なにせ海風と山風に挟まれて、湿気やら塩気やらで散々に痛めつけられるのだから。
ホームビデオとかで撮影するホラー映画のロケ地にぴったりな風貌に成り果てたとて、しようがないこと。
試しに最寄りの一軒に立ち寄り、内部の様子をのぞいてみる。
玄関扉はすりガラスがはめ込まれた引き戸。開けようとしたらガタンとはずれて奥に倒れてがしゃん。そいつを踏み越えると、土間に上がり框、畳の間、柱には時を刻むのをヤメてひさしい掛け時計。ボーン、ボーンと鳴るあのタイプ。カレンダーの日付はずいぶんと古く、床に投げ出されている黄ばんだ新聞紙も同じく古い。
玄関扉が健在だったおかげか、家屋内は思ったよりもまとも。
とはいえ天井はところどころ落ちているし、畳もたわんで、あちこち床も抜けている。けれども何よりも印象的であったのが仏間らしきところが、竹で針山みたいになっていたこと。
古畳をぶすぶす突き抜けている姿がなんとも不気味である。
「竹はすげえな。ギンギンじゃねえか」
「いろいろ使えて便利なんですけどねえ。あとギンギンっていうな。セクハラで訴えますよ」
「その成長速度、浸蝕具合、制圧能力、どれをとってもバンブーは植物界屈指ですから」
探偵と助手とロボ娘、そんな会話をしつつ、ざっと廃屋の中を見て回る。
あわよくば開かずの金庫とか、骨董品の壺などのお宝がないかと期待したのだが、やはり甘かった。目ぼしい荷物はすべてきちんと持ち去られており、がらんとしたもの。
見つかったのは置いてけぼりをくらったタンスの上にて、すっかり埃まみれとなったガラスケースに納められてある日本人形のみ。ケースの内側にはのびた黒髪わっさわさ。毛に埋もれる形にて顔だけ出して微笑む童女。
やたらとロングヘアーな女の子におれが首をかしげていたら零号が言った。
「昔の人形は本物の毛髪を使用しているものがちらほら。おそらくはこれもその類でしょう」
そいつが何かのひょうしににょきにょきのびる。
これが髪がのびる人形の正体。
人間たちはこいつをやたらと怖がるけれども、おれたち動物やロボットである零号にとっては「べつに……」といった具合。
人がいて、動物がいて、鬼がいて、妖がいて、ロボットもいる。
そんな世の中にあって「髪がのびるぐらいで、はぁ?」なのである。ぶっちゃけ子どものオモチャでも髪がのびるお人形さんがあったはず。散髪屋ゴッコとかする用の。アレと同じ。
「あっ、だったらこの子、美容師見習いとかにだったら売れるかもしれませんよ、四伯おじさん。だっていくらでもカットし放題なんだもの。本物の髪の毛で練習できるなんて、最高じゃないですか」
だから持って帰ってネットで売りさばこう。
なんぞと欲を出すタヌキ娘。おれもちょっとその気になったが、「その大きさだと送料と手間で売り上げはトントンといったところでしょうか」という零号の冷静な分析を受けて断念する。
◇
廃屋をあとにして当初の目的地である公民館へ。
こちらはコンクリート製にて、戸締りもしっかりしており、全体を蔓に覆われてこそいるが外見的には充分に使えそう。
けれどもちょっと気になることがひとつ。
入り口の扉をパカパカ仙人から預かっていたカギを使って開けようとしたのだが……。
「壊されていやがる。バールか何かをねじ込んで強引に開けやがったな。ずいぶんと荒い手口だ」
侵入者による破壊の痕跡がまだ新しい。
おれたちはすぐさま警戒態勢を一段階あげた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる