おじろよんぱく、何者?

月芝

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410 孤島上陸

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 陸地から海へと突き出たコンクリートとの桟橋に、おれたちを乗せた漁船が接舷する。
 周辺に船影はなし。
 小さな港にも浜にも、木の小舟ひとつありゃしない。

「いまは誰もいないみたいだな」

 ようやく地獄の揺れから開放されたおれは、四つん這いにて大地のありがたみを噛みしめつつ。

「……ですね」

 芽衣はクマのヌイグルミのように両手足を前に投げ出す格好で地べたに座り、やや呆けつつ言った。

「ですが完全に無人かどうかは調べてみないと」

 船酔いとは縁がないからくり人形の零号。周辺に目を配りながら慎重な意見を口にする。
 今回の依頼人であるパカパカ仙人によれば、不審者どもが出入りしているって話。
 船の姿が見えないからとて、イコール誰もいないわけじゃない。
 そこで弛緩し切っている肉体にムチ打ち、おれが「よっこらせ」と立ち上がったところで漁船の船長。

「荷物はそこに置いておいたから。三日後に海が凪いでいたら迎えにくるんで。あと緊急のときには渡した無線機を使うように。じゃあな」

 夕方近くになると島の周囲の波が荒れるそうで、さっさと引き返していく漁船。たちまち遠ざかって見えなくなった。
 船のエンジン音が失せて、耳に届くのは潮騒ばかり。
 とたんにひしひしと押し寄せてくるのは寂しさ。
 街暮らしの身には、この静けさがどうにも居心地が悪くてしようがない。

「さてと、とりあえず寝床予定である公民館を目指すか。原型をとどめてくれているといいんだが」

 いくら珍動物とタヌキ娘とロボ娘の組み合わせとはいえ、きちんと雨風をしのげる場所は確保したい。
 島に滞在中、ずっとテント暮らしではせっかく治してもらった腰痛がまたぞろ再発しかねんもので。

  ◇

 桟橋を渡り、すっかり緑に浸蝕されている廃村へと足を踏み入れたおれたち一行。
 大江一門が解体し、最後の住人が島を去ってから二十年ぐらい経つという話であったが、ものの見事に朽ちてボロボロとなっている家々。
 それも無理からぬことか。
 なにせ海風と山風に挟まれて、湿気やら塩気やらで散々に痛めつけられるのだから。
 ホームビデオとかで撮影するホラー映画のロケ地にぴったりな風貌に成り果てたとて、しようがないこと。

 試しに最寄りの一軒に立ち寄り、内部の様子をのぞいてみる。
 玄関扉はすりガラスがはめ込まれた引き戸。開けようとしたらガタンとはずれて奥に倒れてがしゃん。そいつを踏み越えると、土間に上がり框、畳の間、柱には時を刻むのをヤメてひさしい掛け時計。ボーン、ボーンと鳴るあのタイプ。カレンダーの日付はずいぶんと古く、床に投げ出されている黄ばんだ新聞紙も同じく古い。
 玄関扉が健在だったおかげか、家屋内は思ったよりもまとも。
 とはいえ天井はところどころ落ちているし、畳もたわんで、あちこち床も抜けている。けれども何よりも印象的であったのが仏間らしきところが、竹で針山みたいになっていたこと。
 古畳をぶすぶす突き抜けている姿がなんとも不気味である。

「竹はすげえな。ギンギンじゃねえか」
「いろいろ使えて便利なんですけどねえ。あとギンギンっていうな。セクハラで訴えますよ」
「その成長速度、浸蝕具合、制圧能力、どれをとってもバンブーは植物界屈指ですから」

 探偵と助手とロボ娘、そんな会話をしつつ、ざっと廃屋の中を見て回る。
 あわよくば開かずの金庫とか、骨董品の壺などのお宝がないかと期待したのだが、やはり甘かった。目ぼしい荷物はすべてきちんと持ち去られており、がらんとしたもの。
 見つかったのは置いてけぼりをくらったタンスの上にて、すっかり埃まみれとなったガラスケースに納められてある日本人形のみ。ケースの内側にはのびた黒髪わっさわさ。毛に埋もれる形にて顔だけ出して微笑む童女。
 やたらとロングヘアーな女の子におれが首をかしげていたら零号が言った。

「昔の人形は本物の毛髪を使用しているものがちらほら。おそらくはこれもその類でしょう」

 そいつが何かのひょうしににょきにょきのびる。
 これが髪がのびる人形の正体。
 人間たちはこいつをやたらと怖がるけれども、おれたち動物やロボットである零号にとっては「べつに……」といった具合。
 人がいて、動物がいて、鬼がいて、妖がいて、ロボットもいる。
 そんな世の中にあって「髪がのびるぐらいで、はぁ?」なのである。ぶっちゃけ子どものオモチャでも髪がのびるお人形さんがあったはず。散髪屋ゴッコとかする用の。アレと同じ。

「あっ、だったらこの子、美容師見習いとかにだったら売れるかもしれませんよ、四伯おじさん。だっていくらでもカットし放題なんだもの。本物の髪の毛で練習できるなんて、最高じゃないですか」

 だから持って帰ってネットで売りさばこう。
 なんぞと欲を出すタヌキ娘。おれもちょっとその気になったが、「その大きさだと送料と手間で売り上げはトントンといったところでしょうか」という零号の冷静な分析を受けて断念する。

  ◇

 廃屋をあとにして当初の目的地である公民館へ。
 こちらはコンクリート製にて、戸締りもしっかりしており、全体を蔓に覆われてこそいるが外見的には充分に使えそう。
 けれどもちょっと気になることがひとつ。
 入り口の扉をパカパカ仙人から預かっていたカギを使って開けようとしたのだが……。

「壊されていやがる。バールか何かをねじ込んで強引に開けやがったな。ずいぶんと荒い手口だ」

 侵入者による破壊の痕跡がまだ新しい。
 おれたちはすぐさま警戒態勢を一段階あげた。


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