409 / 1,029
409 時計島
しおりを挟む広島県は呉市、古くは軍港として栄え、現在では海上自衛隊の基地がある。
他に見どころが満載の観光地としても有名で、巨砲主義の象徴である戦艦大和をクローズアップした「大和ミュージアム」、陸にででんと横たわる潜水艦にど肝を抜かれることまちがいなしの「海上自衛隊呉史料館てつのくじら館」、旧呉鎮守府(ちんじゅふ)司令長官官舎を公開している「入船山記念館」、潮の青さと松の緑が見事なコントラストを描いている庭園が楽しめる「松濤園(しょうとうえん)」、平清盛と縁があり紅白のツツジが咲き乱れる名勝地「音戸の瀬戸公園」、標高七百三十七メートルにしてあの函館山の倍もある高さから見下ろせる華麗なまほろば。中国四国地方の三大夜景のひとつに数えられる「灰ケ峰」などなど。
とにかくステキで、じっくり本腰を入れてゆったり見て回りたいところが目白押し。
そんな場所を素通りした先にある閑静な漁港より、瀬戸内の海に漕ぎだすこと半日ほど。
航路もない海をちくちく進んだ先、水平線の彼方に見えてくるのは絶海の孤島。
時計島。
かつて大江一門が栄華を誇り、そしてついえた地。
名前の由来は島の中央にそびえる山の尖がった頂が、ちょうど日時計の役割を果たすことから。
チャーターした漁船に乗り込んで意気揚々と出発したものの、船が上下に揺れる揺れる。
おかげで舳先に立って「いざ行かん」「ひゃっほう」とはしゃいでいられたのは、出航してからわずかニ十分ほどだけ。
おれと芽衣はすぐに顔面蒼白となりぐったり。船酔いである。まるで濡れ雑巾のようになってグロッキー。
平然としていられたのは、機械ゆえにその手の症状とは無縁であるネコ耳メイドロボの零号のみ。
◇
今回、パカパカ仙人から我が尾白探偵事務所に託された依頼は「島の様子を見てきて欲しい」というもの。
じつはこの時計島には伝説が残っている。
なんでも島のどこかに一門の歴代頭領が「世に出しいては危うい」と判断した技術の数々をしたためた秘伝の書が隠されているんだとか。他にも「炎龍の剣」「雷龍の宝珠」「黒龍の勾玉」なんぞという宝物の存在も……。
とはいえ、あくまでまことしやかに囁かれていただけのこと。
一門の者たちも「宝物や秘伝といっても、しょせんは古臭いカビの生えた昔の技術だろう? いまさら探したところで時間のムダだ」と眉唾話として片づけ、まともに取り合わなかった。まぁ、それだけ己の技術に自信と誇りがあったのだろう。
一門が解散して、みなが去り、誰も住まぬようになった時計島。
そんな無人島に近頃、出入りしている者たちがいるらしい。
この噂を耳にしたとき、パカパカ仙人はてっきり「昔を懐かしんで来訪している同門の者か、その縁者あたりであろう」とたいして気にもしていなかった。
けれどもどうやらちがうらしい。
続報を聞きつけるにつけて、どうにも胸のあたりがざわりと騒いでしようがない。「まさか」とは思うが念のために。
もしも相手が無法の集団であれば、捨てたとはいえ故郷を粗略にあつかわれるのはあまり愉快な話ではないし。
「どのみち今後のことも考えねばならないので、とりあえずは島の現状把握を頼みたい」
不埒者どもが好き勝手しているようならば、ついでに懲らしめてくれるとなおけっこう。
というのが依頼人のご意向。
経費の一切合切どころか漁船も手配してくれるというので、おれはこの依頼を引き受けたわけだが、これに「同行させて欲しい」と言い出したのがその場に居合わせた零号。
「自分のルーツとなる島を一度見ておきたい」
造るだけ造って、あとは湖国の地下施設に長らく放置されていた零号。
自分のことを知りたいというその気持ち、わからなくもない。おれも昔の記憶はあやふやで、似たような身の上だし。
まぁ、それを別にしても、うちとしても強力な助っ人は大歓迎である。
これでたとえ違法薬物を扱うグループとか物騒な連中が島を拠点として悪用していたとて、負けることはない。タヌキ娘とロボ娘が武力でもってすみやかに制圧してくれることであろう。
◇
目的地の島影がじょじょに大きくなっていく。
ようやくこの苦しみから開放される。長かった。まさか島まで三時間以上もかかるだなんて聞いてねえよ。
しかしおれと芽衣がよろこんだのも束の間。
零号が言った。
「船長さんによれば、あと一時間ほどで到着するとのことです。尾白さん、芽衣さん、ファイト」
時計島の本土側には海流が渦を巻いており、このまま突っ込んだらたいへんなことになる。だからぐるりと迂回して島の裏側にある桟橋から上陸することになるんだと。
目の前に来てからが遠い。
ゴール直前で叩き落されたかのよう。
弱っているカラダに精神的追加ダメージを受けたおれと芽衣は、あわてて船尾へと行って縁から身を乗り出しては、オロロロロロ……。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
天界アイドル~ギリシャ神話の美少年達が天界でアイドルになったら~
B-pro@神話創作してます
キャラ文芸
全話挿絵付き!ギリシャ神話モチーフのSFファンタジー・青春ブロマンス(BL要素あり)小説です。
現代から約1万3千年前、古代アトランティス大陸は水没した。
古代アトランティス時代に人類を助けていた宇宙の地球外生命体「神」であるヒュアキントスとアドニスは、1万3千年の時を経て宇宙(天界)の惑星シリウスで目を覚ますが、彼らは神格を失っていた。
そんな彼らが神格を取り戻す条件とは、他の美少年達ガニュメデスとナルキッソスとの4人グループで、天界に地球由来のアイドル文化を誕生させることだったーー⁉
美少年同士の絆や友情、ブロマンス、また男神との同性愛など交えながら、少年達が神として成長してく姿を描いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる