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399 空中パーティー
しおりを挟む夕刻となり続々と飛行船スカイウォーカーへと乗り込んでくるのは、空中パーティーの招待客たち。
非常に残念なことに、その中にやはり室温警部補と愉快な仲間たちがいた。今度はカラス女の姿もあった。
それらの様子を船内に与えられた客室の窓から眺めていたおれは、チッと舌打ち。
「やっぱり警部補たちを参加させやがったか。もう、どうなっても知らねえからな」
引くことも、脇へと避けることも、譲ることも、立ち止まることも知らない突撃集団が飛行船に乗り込んできたことによって、騒動が起こることが確定した。
おれはベッドでゴロゴロしながらスマートフォンをいじっている芽衣に注意を促す。
「わかってるとは思うが、人前で耳とか尻尾を出すなよ」
今回の怪盗ワンヒールとの対決。
じつはおれたちにとっては少々不利である。
いつも以上に周囲に人の目があるからだ。
おれの化け術、ある程度はイリュージョンとか手品で誤魔化せるだろうが、ふだん通りとはさすがにいかない。とくにとっさの判断が必要となる局面において、計算やら迷いが生じたら致命的だ。
たとえほんの数秒程度のタイムラグとはいえ、怪盗ワンヒールが自由に動くには充分すぎる猶予となるだろう。
加えて全金属飛行船というフィールドもやっかいだ。
迷路みたいな複雑な構造もさることながら、ここではいつものように芽衣が存分にチカラをふるえない。うっかり狸是螺舞流武闘術の技を放って船体に風穴でも開けたらどうなることやら。
これまで不可抗力とはいえ、アレやコレと数々の破壊行為に手を染めてきた我が尾白探偵事務所。
なんだかんだで首の皮一枚のところで踏みとどまりギリギリセーフであったが、さすがに空飛ぶ銀のクジラを高月の街に叩き落としたらアウトどころか、きっと獣生がゲームセット。
ふむ。訂正しよう。
少々どころではない。かなりピンチである。
だというのにタヌキ娘は先ほどダウンロードした飛行船スカイウォーカーの道案内アプリに夢中で「へーい」と適当な生返事。
「本当に気をつけてくれよ。全世界に生配信とかされた日には……。まぁ、たぶんフェイク動画で一蹴されるだろうけど。それでも動物界のえらいさんたちからは、しこたま叱られるだろうから」
人間と動物に鬼やら妖とか。
この世にはいろんな連中が混在して住んでいる。だが、それを正しく認識している者は限られている。
特に人間社会では要職についている者、もしくは理解して受け入れるだけの度量がある者に限られており、一般的にはほとんど知られていない。
まぁ、べつに秘密にしているというわけじゃないのだが……。
なにせ古くから動物が化けることも、妖が巷を徘徊していることも、鬼が出ることも、昔話なんぞにて広く語られていることなのだから。
ただ人間たちだけが、頑なに真実から目を背けて認めようとはしないだけ。
室温警部補と直属の部下である赤青ネクタイコンビは?
当然ながら知らない。お守り役の安倍野京香もいちいち説明なんぞはしないはず。
ルクレツィア・ギアハートは?
聚楽第に加担し、オコジョくのいち・かげりとも同好の士であるがゆえに、当然ながらよく知っている。
パーティーの招待客たちは?
これは微妙。動物界の者はもちろん知っているが、人間たちの方は正確なところはわからない。えらい者たちの一部は知っているけど、それも全員が全員というわけではないだろう。
ちなみに船長をはじめとして、飛行船のクルーたちはみな生粋の人間であったが、こちらは調べようがない。
◇
乗客たちを全員呑み込んだ飛行船スカイウォーカー。
出発予定の時刻となり、タラップが片付けられ、次々と固定ワイヤーが外されていく。
拘束から解放されて、空へとゆっくり浮かびはじめる銀のクジラ。
いまから四時間ほど、ライトアップされた飛行船が高月上空を周遊する。
その間に船内の会場で催される空中パーティー。
大胆不敵にして神出鬼没の怪盗ワンヒール。
すでに変装して船内に潜んでいるのか。
あるいは途中からお得意のハングライダーで乗り込んでくるのか。
はたまた、まったく予想外の手段で姿をあらわすのか。
おれの思考は客室に設置されてある電話のコール音によって遮られる。
受話器を手にとり告げられたのは「準備が整ったので、依頼主をパーティー会場にエスコートするように」との仰せであった。
「さてとお姫さまがお待ちだ。とっとと迎えに行くとしようか」
「了解です、四伯おじさん。あっ、控室までの案内はまかせて下さい。この道案内アプリ、地味によく出来てるんですよ。目的地を言えば、最短の経路をすぐに表示して教えてくれるんです」
地図どころか案内役まで用意してくれてあるとは、なんとも親切な迷宮があったものである。
おかげでクライアントを待てせずにすみそうだ。
◇
空中パーティーのために着飾ったルクレツィア・ギアハートの煌びやかさについては、いまさらくどくどと語る必要もないだろう。
そんな彼女の手を引いてのエスコート役とか。男ならば、いいや、女であっても垂涎の立場ながらも、慣れないことやらされるこちらはずっと緊張しっぱなし。
けれども心配はいらなかった。
冴えない探偵や、背後につき従うおかっぱ頭の小娘の姿なんて誰も気にも留めやしない。
みんながみんな、降臨した女神ばかりを見つめている。
会場壁面に張られた大きなガラス窓。その向こうに広がるせっかくの夕空の美しいパノラマにも背を向けて、ルクレツィア・ギアハートのご尊顔を拝もうと必死。
ゆえにパノラマの彼方、残光にまぎれて飛来する小さな影に誰も気づけなかった。
ただひとりをのぞいては……。
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