おじろよんぱく、何者?

月芝

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394 高月の休日

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 ファッションショーのリハーサルも滞りなくすんだところで、滞在する京都のホテルへと向かったルクレツィア・ギアハート。あっちに行ったら行ったで、またぞろレセプションパーティーやらが待っているそうで、本当に息つく暇もない。
 でもって、それにおれたちが同行することはなかった。
 亀松百貨店を出る際に「今日のところは、もういいわ。明日からまたよろしく」と警護対象から直々に言い渡された。
 列をなして遠ざかるリムジンを見送りながら、おれと芽衣は「なんなんだ?」「なんなんでしょうねえ」とそろって首をかしげることになる。

  ◇

 てっきり四六時中くっついてまわるハメになるのかと思っていたら、さにあらず。
 ろくすっぽ仕事をしないままにお役御免となったボディガード。
 まぁ、まだ始まったばかり。先は長いので明日からに備えて早々に解散した探偵と助手であったのだが……。

 夜の九時を少しばかり過ぎた頃。
 事務所にてソファーに寝そべり、テレビを眺めながらゴロゴロしていたら、いきなり呼び鈴が鳴って、おれはビクっ!
 あー、いや、ほら、うちを訪ねてくるのって、いちいち呼び鈴を鳴らすような礼儀をわきまえたヤツらじゃないもので。聞き慣れなさすぎてのこの反応。
 しかし探偵事務所はとっくにクローズの時間である。
 おおかた二階のスナック「昇天」の酔いどれ客の仕業だろう。だからおれは無視を決め込んでいたら、二度、三度と呼び鈴がやかましい。
 いい加減に頭にきたので、おれは重い腰をあげると事務所のドアを勢いよくあけて「やかましいっ!」と一喝。

 ……しようと思ったのだが、寸前のところで留まった。
 だって、廊下に立っていたのはルクレツィア・ギアハートだったのだから。
 ストレートのチノパン、トレーナーにジージャンというラフないでたち。ハンチング帽とサングラスで軽く変装をしている。腰近くまであるブルネットの髪を丸めて団子にしているからか、ふだんとは印象がまるでちがう。
 とはいえ、やはり隠しようがないのが、いい意味でのその常人離れした体形。
 人体を構成するありとあらゆるパーツが神さまガチャの大当たり激レアゆえに、ただそこにいるだけでも際立ってしようがない。
 そんな世界的トップモデルが供も連れず、夜更けにひとりきりでの突然の来訪。

「えへ、来ちゃった」

 テヘペロでおどけるルクレツィア・ギアハート。
 滞在しているホテルを抜け出し、電車でやってきたそうで、アグレッシブすぎる彼女におれはあいた口が開きっぱなし。

  ◇

 いきなり押しかけてきたルクレツィア・ギアハートが所望したのは「高月の街を案内して欲しい」ということ。

「案内も何も、マジでたいしたことないぞ。それこそ観光だったら京都には腐るほどスポットがあるのに。どうしてわざわざ」
「もちろん京都はとても魅力的よ。でも今回はこっちが本命なの。彼女から話を聞かされて、ずっと行ってみたいと思っていたの。だからミスター亀松から仕事の依頼がきたのは本当に好都合だったわ」

 言うなりおれの腕に自分の腕をからめてきた彼女が「さあさあ、某映画のごとく高月の休日としゃれこむわよ」と強引に連れ出す。

 雑居ビルを抜け出し、すでにシャッター街へと変貌を遂げつつある高月中央商店街を歩き、まず向かった先は駅前。

「今日はろくに食べてないから、すっかりお腹が減っちゃった。まずはやっぱり立ち食いそばよね」

 日頃から山海の珍味や美食に囲まれた生活をしているトップモデルが、駅前の立ち食いそば屋で、熱々のそばをすする。
 外国人は麺類をすするのがあまり得意ではないと聞いていたが、彼女はじつに美味そうにズルズルズル。
 あんまりにもウマそうに食べるもので、これにすっかり気を良くした店主が「いい食いっぷりだねえ姉ちゃん。気に入った! こいつはオマケだ」と海老天をサービスする大盤振る舞い。
 わりと常連であるこのおれには天かすやネギの盛りすら渋るというのに。
 なんという客差別。

「ずるいぞ、おれにも海老をよこしやがれ!」
「うるせぇ、へぼ探偵。ちょっと可愛い連れがいるからって調子に乗んな。そんなに欲しけりゃあ、てめえにはコイツをくれてやらぁ」

 言うなりひとの麺鉢に七味唐辛子を大量に投入する店主。
 たちまちおれの貧弱な月見そばがゴージャスな赤い夕焼け模様に。

「ぎゃーっ、なんてことしやがる。食べ物を粗末にするなんて、飲食店経営者の風上にも置けねえ」
「何を言いやがる。これぞ流行の最先端。さぁ、たっぷり召し上がりやがれ、この激辛そばを」

 たしかに店主が言うように、世間のごく一部では激辛ブームなるものがもてはやされている。
 だがあんなもの、おれは断じて認めんぞ。
 食べ物で遊ぶなんぞは言語道断!

 おれと店主が戯れているうちに汁の一滴まで飲み干し、きれいに完食したルクレツィア・ギアハートが、「ごちそうさまでした」と礼を述べてさっさと出ていくものだから、おれは「この決着は次の草野球の試合でつけてやるから、覚悟しておけ」との捨て台詞を残し、あわててあとを追う。

  ◇

 ゲームセンターで遊んだり、焼き鳥屋で軽く一杯ひっかけつつ串にかぶりつき、コンビニで買ったアイスを舐めつつ、缶ビール片手にぶらり向かうのは高月の北側にある天神さんのところ。
 坂となっている参道をおっちらのぼり、神社の境内入り口まで来たところでルクレツィア・ギアハートは立ち止まりふり返る。
 ここからだと街が一望できる。
 とはいえ高月の夜はおもいのほかに暗い。
 大都会の煌びやかな夜景とは比べものにならない、地味で退屈な光景。
 だというのに、それを見つめる彼女の瞳はとてもやさしい。


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