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384 七本柿
しおりを挟む高月の地を縦断している芥川(あくたがわ)。
かつては暴れ竜の異名にて、氾濫しまくっては地元民に迷惑をかけていたものが、護岸工事が完了した現在ではすっかりおとなしくなった。なおかの有名な龍之介とはまったく関係がない。
そんな川の流域中ほどに、いつの頃からか柿の木が七本ばかし寄り合い所帯をかまえるようになる。
もともと肥沃な場所であったらしく、毎年、それは甘い実を鈴なりにつけるものだから、地元の動物たちは大喜び。だからみんなで大切にし、実りを分かちあっていたのだが……。
◇
カア、カア、カア、カア、カア、カア、カア、カア、カア、カア。
屋根の上にも電線の上にも、窓縁やら建物の出っ張りや窪みなど、いたるところが艶のある黒羽だらけ。
現在、我が尾白探偵事務所が入居している雑居ビルは大量のカラスどもに包囲されている。
だからとておれがゴミ箱を漁っているカラスをからかったわけでもなければ、芽衣が石をぶつけたりしたわけではない。
連中が大挙して押しかけてきたのは、安倍野京香のせいだ。
ちょいとトラブルが起こり、まずカラスたちは同族である姉御のところに相談に行った。
するとけんもほろろにあしらわれ、「そういった用件ならば尾白のところへ行け!」と言われたんだとか。
で、何ごとかとおもえば「濡れ衣をはらしてくれ」とのお願い。
ことの発端は数日前にさかのぼる。
地元の動物たちが大切にしている七本柿。
その甘味をみな楽しみにしていたのだが、実がごっそり、ひとつ残らず消えてしまった。
「誰だ? 誰の仕業だ! 見つけたらただじゃおかねえ。軒先に吊るして干し柿にしてやる」
当然ながら憤り犯人捜しに躍起となる一同。
まず最初に疑いの目を向けられたのがサルたち。
サルカニ合戦の古来より、サルの柿好きはとみに有名。なにせ連中は身軽だ。ひょいひょいと木にのぼっては実をムシャコラしたってちっとも不思議じゃない。
けれどもすかさず彼らは否定する。
「ハイゼルコバ帝国の誇りと威信に賭けよう。断じて我らの手の者による犯行ではない」
「ケヤキ自由連合とて同じこと。自分たちだけが満たされれば良いなどとは、浅ましいにもほどがある。シティサバイバーは決してそんなマネはしない」
高月の地に根を張るサルたちの二大集団、双方の代表が声明を発表。
またこれと同時に「近々に山から降りてきた同族の群れはいない」という情報も提示する。
これにより「うーん、サルたちが犯人じゃないとすると、いったい誰だろう?」となったところで第二候補として浮上したのがカラスたち。
空のギャングとの異名を持つカラスたち。
その荒らしっぷりはこれまた有名である。
すると誰かが言った。
「あっ、そういえば柿の木の近くでカラスたちが飛んでいるのを見たような気がするんだワン」
「おれはカラスが柿の木の周辺をうろついているのを見たニャン」
「わたしは枝にとまっているところを目撃したわ、クルックゥ」
次々のもたらされる証言は、どれも疑惑を深めるばかり。
だがしかし、よくよく考えてみたら、べつにわりと普通のことである。
飛んでいたらたまさか七本柿の上を通りがかっただけだし、枝で羽を休めることもあれば、「まだかな、まだかな」と楽しみのあまり実り具合を観察にきたってちっともヘンじゃない。
でもいったん色眼鏡をかけられると、もうダメ。
やることなすこと、すべてが怪しく見えてくる。
サルたちみたいにすぐさま会見を開いて、堂々と己の潔白を主張すればよかったのだが、あいにくと率先して動くリーダー格がカラスたちの間にはいなかった。基本的に彼らはものぐさで、面倒ごとは他人に押しつけがち。
その性根が裏目に出てしまい、気づいて「さすがにこりゃあまずい」とあわてたときにはすでに後の祭り。カラス犯人説がまことしやかに巷に蔓延していたという次第。
「どうにかしてくれ! 真犯人を捕まえて欲しい。でないと毎日、大挙して押しかけるぞ」
お願いというていのカラスどもの脅し。
まったくもって腹立たしいかぎり。
しかし数の暴力には抗えない。
というか嫌がらせに、商店街のゴミを荒らされてはたまらない。
ゆえにおれはしぶしぶながらも依頼を引き受けることにする。
なお報酬はちゃんと払ってくれるそうな。
「ふふん、変化しないカラスだからとて侮るなよ。これでもけっこうタメ込んでるんだ」
光り物を集める習性があるカラスたち。ほかにも街中で拾った小銭やらをみんなからかき集めたら、バカに出来ない金額になるという。
それなりに期待できるとわかったところで、おれと芽衣は重い腰をあげた。
「さてと、まずは現場に行ってみるか、芽衣」
「おぉ、現場百回とかいうやつですね、四伯おじさん。刑事ドラマの定番です」
「そのわりには知り合いの女刑事は微動だにしやしねえ」
「ほら、京香さんはミステリー系じゃなくってガンアクション系の担当ですから」
もしもところがちがえば、バンバン犯人を射殺しまくっているであろう女マッドコップの姿を想像して、おれも「あー」と納得しつつ、エレベーターに乗り込んだ。
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