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376 都の禁忌
しおりを挟むたんぽぽ団地調査隊、最初の試練。
それはふもとから丘の上の団地へと続く階段。
段差はそれほどでもないが、傾斜はなかなかキツイ。でもって段数はとってもクレイジー。
「どこの山寺詣りだよっ!」
と叫びたくなるぐらいに多い。下からだと頂上がよく見えない。
毎日これを上り下りしているだけで太ももぱんぱん。オリンピックに手が届きそうなぐらいのトレーニングになるかも。
そんな階段が延々、ジグザグ、九十九折で、天辺まで続いている。
わざわざ丘を横一文字にぶった切って、その上に団地をこしらえるとか、人間たちはバカなのか? 他にもっと楽に宅地開発できる場所があったはずだろうに。
さらにおれたちを驚愕させたのが、そんな悪魔の階段の隣に自転車用の通路が並走していることだ。とはいっても幅は狭い。自動二輪の教習で渡る一本橋ぐらいの太さしかない。傾斜が傾斜なのでたとえ超一流の競輪選手が楽々電動自転車を使っても登りきるのは不可能であろうことから、たぶん自転車を押して運ぶためのもの。
ありえない。これを押して毎日のぼっていたら、やはりウエイト系の競技でオリンピックを目指せそうな気がする。
過酷すぎる環境。
これが旧世代の頑強さを支えた秘密か……。
なんぞとあきれつつ「他に道は?」とおれがたずねたら、車屋千鶴が悲しそうに首を振る。
「あいにくと残っているのがここだけなのです。裏側の斜面に以前はクルマ用の道路があったのですが、土砂崩れと地割れで通行禁止に」
ぶっちゃけそのせいで解体工事がちっとも進捗していないのでは?
おれは首をひねったところで、おもむろに腕をのばしカラス女の肩をがっしと掴む。
「おいおい、ひとりだけ飛んで楽をしようだなんて、ちょいと冷たいんじゃないのか。おれたち『仲間』だろう」
「うるさい! カラスが空を飛んで何が悪い。こんなだるい階段、いちいちちんたらのぼってられるか」
安倍野京香が身をよじり、おれの手を振りほどこうとする。
だがしかし、そんな彼女の腕に己の腕をからませたのが車屋千鶴。
「まぁまぁまぁ、せっかくですからいっしょに行きましょうよ。ともに試練を乗り越えることで『仲間』の結束はより強固となるのです」
仲間……。
なんて便利な言葉なのだろう。
そしてなんて性質の悪い言葉なのだろうか。
悪意ある者にとって、これほど使い勝手のいい言葉もそうそうあるまい。
◇
えっちらおっちら。
かくして歩くことを余儀なくされたカラス女。
日頃の不摂生と過度の喫煙が祟って、頂上に到着するなり大の字になってバタンキュウ。「ぜえぜえ」
おれ? もちろん産まれたての小鹿のようになってから、同じくバタンキュウさ。「うっぷ、気持ち悪い」
一方で、美少年風の小柄な車屋千鶴はケロリとしていやがる。
「こう見えてあちこち出張しているのでフィールドワークは得意なんです」
ハンカチで額に浮いた珠の汗を拭く国家公務員。
そりゃあタフにもなるか。国税局八番課の人間は、ときに納税の義務から逃げ回る畜生どもを追いかけては野山を駆けまわり、ときに屈強な鬼どもの事務所に突撃し、ときに魑魅魍魎が跋扈する人外魔境を渡り歩いているのだから。
呼吸が整う頃にはすっかり汗も引く。
で、むくりと起き上がって周囲を見まわし、おれの第一声。
「くそダセぇ、塔だな」
視線の先にはたんぽぽ団地の中心にそびえ立つシンボル的な給水塔。
昔々の平べったい絵柄のマンガに登場する宇宙ロケットのような形状。
高月の屯田団地内にある趣向を凝らした芸術的な給水塔らと比べたら、「だっさい」のひと言に尽きる。
「たしかに……。京都の駅前のアレにそっくり」
復活したカラス女の意見におれも「ああ」とうなづく。
見慣れてしまえば、アレはアレで味があるのだが、千年王都にふさわしい建物かと問われれば、迷わず「ノー」と答えよう。
伝統と格式の中に何の脈絡もなく突如としてにょきっと生えたタワー。
あの存在に違和感を覚えたことがないとは断じて言わせない。
以前にたまさか電車で乗り合わせた外国からの観光客が「せっかくの和のケイカンがダイナシでーす」と嘆いていたのを目撃したことがある。
おれは「まったくもってその通り。よくぞ言ってくれた」と心中にて拍手喝采を送ったものである。
「ああいった建物の選考会ってさぁ、やっぱり酒でも飲みながら決めるのかな」
「たぶんな。シラフで選んだとしたら、きっと脳みそにウジが沸いていやがるはずだ」
おれとカラス女がたんぽぽ団地の給水塔をこけおろしていたら、「ムダ話はそのへんにして、そろそろ調査をはじめましょうか」と車屋千鶴が言った。
「一号棟から順繰りにまわって、最後にあの中央のヘンな給水塔を調べましょう。ちなみに京都のアレについては私も出張でこっちに来るたびに、前々からヘンだなとは思っていました。駅ビルの建設のときにも地元のお坊さんたちがギャアギャア文句を言ってましたけど、それより先にアレをどうにかしろよ。とつくづく思ったものです」
何かと歴史の古さを持ち出し、伝統と格式を鼻にかけ、「畿内? いっしょにしないでくれる。ふふん」とお高く止まっている都人たち。
そんな連中が不自然なほどに駅前のアレには触れようとしない。
あんまりにも気になってたずねようとするも、見えない壁のようなものでシャットアウトされる。なおも迫ろうとすると「訊いたら殺す」みたいなオーラがゆらり。
都の禁忌。
あの怪塔にいったいどのような秘密が……。
なんぞと考えつつ、おれたちは一号棟へと歩き出す。
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