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369 タヌキの学校
しおりを挟むたんたんタヌキのきんた〇は、風もないのにぶ~らぶら。
それを見ていた子ダヌキも、親のまねしてぶ~らぶら。
タヌキソングといえばお馴染みのコレ。
じつは替え歌。
原曲は賛美歌、聖歌の六百八十七番だか新聖歌の四百七十五番だったか。
とにもかくにも神さまに捧げる聖なる歌を下ネタに変換するという、この恐れを知らぬ暴挙。
さすがは浮かれることにかんしては動物界において右に出る者なしと云われる、タヌキだけのことはある。
どうしてまた急にこんな話題に触れたのかというと、ただいまおれの目の前には小さい毛玉どもが十九匹、うごうごしているからである。
ことの起こりは数日前にさかのぼる。
◇
化け術。
古来より動物たちの間にて連綿と受け継がれてきた術にて、動物たちはいろんな物や人に化けては、シレっと歴史の荒波を乗り越えてきた。
だがしかし、昨今、ちょいとした問題が起こっている。
化け術を習得できない者が地味に増えているのだ。
いや、べつにこんなもの覚えなくともどうということはない。本来の動物らしい生活をすればいいだけのこと。
特にタヌキに関しては昔みたいに目の色を変えた人間どもが「今夜はタヌキ汁じゃあ」と襲ってくることもなくなったし、狼なんぞに狙われることもなくなった。
飢えた野犬やカラスだって、わざわざ野や森に潜むタヌキなんぞを狙わなくとも、街をぶらつけばいくらでも美味い物にありつけるご時世。
一時期は狂ったように国土を削り、埋め立て、ほじくり返していた公共事業とやらもすっかり下火となり、せっかくせっせとこしらえた宅地は余り気味なぐらい。
過疎化にゴーストタウンもどきは掃いて捨てるほどもある。
でもって人の姿が薄ければ濃くなるのがケモノというもの。
そこいらに溢れる空き家はタヌキ他のアニマルどもの格好の住処やたまり場と成り果てている。
そんな状態ゆえか、すっかり危機意識が薄れて、はげ散らかしたタヌキの野生の誇り。一丁前なのは全身にふはふはしている親譲りの剛毛ばかり。意気地なんぞははなから母親のお腹の中に置いてきた。
人間どもの横暴から身を守るため、種が生き残るための技であった化け術。
その必要性が落ちている。
本能的に「べつにもう必修科目じゃなくて、選択科目でいいんじゃね?」と無意識のうちに判断しているっぽい。
とはいえ化けられる利点は多い。
それにタヌキから化け術をとったら、あとは阿呆成分と処理に困る悶々が残るばかり。ひょっとしたら発散場所を失ってパンパンに膨れた風船のようになって、パンっとはじけちゃうかも。どのみちきっとろくなことにはなるまいよ。
と、事態を憂いたタヌキ業界のえらい人たち。
そこで打ち出されたのが「たんたんタヌキの化け術講座」である。
もっともらしい名前だが、ようはタヌキの学校。
でもって、おれはいきなり化石タヌキこと花伝オーナーから、「おい、四伯。あんたちょいと先公役をやりな」といつものごとく強引に押しつけられた次第。
◇
こうして後期高齢老タヌキたちの都合によって郊外の廃校に集められたのは、高月近郊に住む十九匹の子ダヌキたち。
みんな見ず知らずのおっさん探偵をいきなり先生にあてがわれて、戸惑ったり、友だちとひそひそ話をしたり、ぶつくさ文句を垂れたりしている。
「おっちゃん、おっちゃん、彼女いるの?」
「おっちゃんではない。ちゃんと尾白先生と呼びなさい。あと彼女は残念ながらいない。もしもおっぱいの大きな美人のお姉さんとかの知り合いがいたら、先生のことをよろしく紹介するように」
「先生、先生、収入はいくら?」
「そういうデリケートなことは初対面の男性にズケズケたずねないように。あと年収は……秘密です。ちなみに本職は探偵をしています」
「先生が探偵? うっそだー! だってドラマの探偵はもっとかっこいいもの」
「嘘なのはドラマの方です。現実にイケメン探偵なんてシロモノはまず存在しません。だいたいこんなもっさい感じです」
「銃はもってるの? 銃? それでバンバン悪党をやっつけるんでしょう」
「いえ、持ってません。違法で捕まっちゃうから。でもバンバン銃をぶっ放している不良刑事ならば知り合いにいます」
「オレっちは化け術を覚えてビッグになるんだ」
「夢を見るのは自由です。あなたが望むビッグがどういった類のビッグかは知りませんが、まぁ、がんばってください。ただ獣生の先輩としてアドバイスすると、へんな勧誘セールスにはくれぐれも気をつけるように。世の中、安易な儲け話なんぞはありませんし、よしんばあったとしてもそれを他人に話すような輩こそ存在しませんので」
「あの、先生。化け術を覚えたら町の図書館に通えますか」
「ええ、ちゃんと利用できますよ。身分証とかの発行に関しては裏技がいくらでもあるので、たとえ動物でも余裕ですから安心してください」
ちびタヌキどもから乱発される質疑に応答しているだけで、ずるずると時間が過ぎてゆく。
このままでは何もせぬままに終わってしまいそう。
嘘でも化け術の基礎ぐらいは教えておかないと、あとでぶち切れた花伝オーナーに遠洋漁業の船に放り込まれかねん。
そこでおれは教室の隅にいる助手の芽衣に目配せ。
うなづいた芽衣。赤レンガをとりだし「はーい、みんな注目」と言ってから、おもむろに拳でレンガをガンっ!
粉々になったレンガを前にして、たちまち小さな毛玉どもはおとなしくなった。
やれやれ、これでようやく授業が始められる。
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