356 / 1,029
356 鏡のマリー
しおりを挟む高月中央商店街にはどうやって生計を立てているのか、いまいちよくわからないナゾのお店がちらほら存在している。
まぁ、我が尾白探偵事務所も他所さまのことをとやかく言えた義理ではないが……。
で、その筆頭なのがマリーさんのお店。
建物と建物の間の細い路地。その突き当りにポツンとある扉はカントリー風。内側にかけられたカーテンはレースのひらひら。古き良きアメリカンの草原ファミリーデイズを彷彿とさせる外観。
しかし一歩中に入ると異様な空間が待っている。
どこを向いても鏡、鏡、鏡……。
大小、いろんな形、アンティークものから最新のものまで、とにかく鏡だらけ。
鏡の専門店。
ところせましと飾られた鏡たちの総面積を足せば、きっと教室二つ分ぐらいにもなるはず。
とは商会長談である。
でもってご店主のマリーさんはすこぶる艶っぽい美魔女さんなんだとか。
やたらと伝聞情報ばかりなのは、おれが彼女と一面識もないから。
マリーさんは商店街の会合に出席したことがない。お店は開けているよりも閉まっているときの方が圧倒的に多く、目立ったお客の出入りもなければ評判もまるで聞こえてこない。店へは通いらしいのだが商店街でそれらしい女性を見かけたこともない。
ただしこれはおれだけにかぎった話ではない。
隣近所とも完全に没交渉にて、唯一面識があるのが商会長のみ。それとても必要最低限にて片手で数えるほど。
ベタベタの馴れ合い所帯である商店街では異質の存在。
よって商店街の生き字引を自称するお節介なジジババどもが、なんとかお近づきになろうとたくらむも、ことごとくスルリとかわされる。
たまさかか意図的なのかはわからない。
しかし先方が結びつきを望んでいないのだから放っておけばいい。
だというのに……。
「頼む、どうしても気になってしようがないんじゃ」
「老い先短い年寄りのささやかな願い、どうか叶えておくれ」
「冥途の土産に、ぜひ」
「こんなしようもないこと頼めるのはあんたしかおらんのじゃ」
「支払いに地域振興券は使えるの? 高齢者割引は?」
素人ながらもあの手この手でマリーさんに挑戦するも惨敗したジジババども。「素人でダメならば玄人にまかせるがよかろう」と思い立ち、尾白探偵事務所にそろって押しかける。
『マリーさんについて調べてくれ』
という依頼を引き受けるのを渋るおれにグイグイくるお年寄りたち。
なんという遠慮のない距離の近さ。
田舎暮らしの距離感もたいがいだとの話はよく耳にするが、収穫した野菜を手土産にやってくるだけあっちの方がずっとマシだ。こっちのジジババどもは手ぶらでの突然の来訪にて、平然とお茶のおかわりを要求し、お茶請けを出せとせがむ。ちょっとムカついたのでセンベエを出してやったら、入れ歯のくせしてばりぼりばりぼり。
くっ、強い……。伊達に医療費を喰い潰しているわけじゃない。ボディメンテナンスは完璧だ。そしてタフだ。若造のちゃちな嫌味なんぞは鼻で笑いやがる。
そんなジジババどもからの攻勢を退けるとはね。
マリーさん、只者じゃない。
◇
結局、ごり押しされて「同じ商店街の仲間だし、先方に失礼がない程度の調査でよければ」という条件のもと、おれは依頼を引き受ける。
で、あんまり気乗りしないままにマリーさんのお店へと足を運ぶ。
お店がやっており当人がいれば、事情を説明して当たり障りのない程度の情報をゲット。それで依頼完了となるはず。
が、残念ながら店舗扉のノブにはクローズの吊り看板。
「うーん、ダメか。ひょっとしたらここは実店舗というよりも見本の展示や倉庫代わりに使っているのかも。販売は今風にネット通販がメインとか」
入り口扉のガラスの向こう、レースのカーテンの隙間から店内をのぞき見。
店内は薄暗く、様子はよく見えない。けれどもチラリと動く影のようなものがあった。
ひょっとしたらお店は開いていないけど在宅中なのかも。
試しに扉をノックして「すみませーん」と声をかける。
しかし返事はない。
気のせいだったのかと諦めて引きあげようとしたとき。
コトリ。
軽い何かが倒れるような小さな音。
店の中から聞こえた。
おれはつい反射的にふり返ってドアノブに手をかける。するとガチャリとノブが回って、扉があっさり奥へと開く。
「カギがかかっていない……。ということはやっぱりいるのか? まさか具合が悪くなって倒れているとかじゃないだろうな」
サスペンスドラマだとこの後、お節介な主人公が殺人事件の現場に遭遇しちゃたりするものだが、高月みたいなのんびりしたところではポンポン重大事件なんぞは起こらない。
よって病気の線を真っ先に疑ったわけだが……。
万が一のことがあってはならない。もしもかんちがいならば頭を下げればすむ。
おれは声をかけながら店内へと足を踏み入れ、そしてびくり。
一斉にこちらを見つめてきたのは鏡の中にいる自分自身。
店内が鏡だらけとは聞いていたが、いざ立ち入ってみるとその異空間っぷりに首のうしろあたりがゾゾゾとしてくる。
「鏡といえばうちの事務所の上階にもナゾの鏡があったっけか。めんどうなんで、うやむやのままにうっちゃっているけど」
うちの雑居ビルは一階から四階までは埋まっているが、五階のみずっと空き室。
格安の店賃に惹かれてときおり見に来る者はいるものの、みな真っ青になって出て行きそれっきり。おかげでちっとも借り手が決まりやしない。
その五階にはがらんどうながらも壁に一枚の大鏡が張り付いている。
花伝オーナーはそんなもの設置した覚えはないと首をかしげていたが、おれはたしかに目撃した。
「マリーさんに頼んだらアレも引き取ってもらえるのかな。鏡って何げに処分に困るんだよなぁ」
ぶつくさ言いながら店内を探る。
しかし何ら異常はみられない。
失礼は重々承知の上で店内と奥の方もくまなく探索してみたが、事件現場どころかネコの子一匹いやしない。
どうやらおれの見間違い、早とちりであったらしい。
おおかたマリーさんは軽い用事で近所にでも出かけているのだろう。
さて、これからどうしたものか。
留守中に勝手にあがり込んで中で待つのはいくらなんでも無作法が過ぎる。いったん外に出て表で彼女が帰ってくるのを待ち、事情を説明し謝罪してから話を運ぶのが一番角が立たないだろう。
そう決めておれが外へと向かおうとした矢先のこと。
店内にジリリリリというけたたましいベル音。
壁掛け式の古電話が鳴いている。
続いて「ポッポー」と鳩時計も鳴いた。
合わせ鏡にて無限に続く世界の中。
たくさんのおれがまぬけ面にて立ち尽くす。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる