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342 ダンボール戦役
しおりを挟む高月という地は昔から北と南で張り合ってきた。
駅を挟んで北にある高月城北商店街と南にある高月中央商店街しかり。
駅を挟んで北にある兎梅デパートと南にある亀松百貨店しかり。
駅を挟んで北にある桜花探偵事務所高月支店と南にある尾白探偵事務所しかり。
北でジャズフェアなるおしゃれなイベントが催されば、南でのど自慢大会が催され、北から格好いいアイドルがデビューしたと聞けば、南は「誰だよ、そいつ?」という三流お笑い芸人を無理くりプッシュして応援する。
北のチーフテン。
南のパットンズ。
両草野球チームのぐだぐだの泥試合っぷりは市内の幼子ですらも呆れるヘボさにて、身内から「あんた、もうやめて」「お父ちゃん、恥ずかしいから行っちゃいやだ」と泣いてすがられるとかいないとか。
と、まぁ、こんな具合に北と南はわちゃわちゃしている。
だからとていがみ合っているというのもちとちがう。
うーん、ケンカするほど仲がいい?
けれども時には諍いがエスカレートすることもある。
特に動物絡みの案件ではその傾向が強い。
なにせ熱しやすくて冷めやすい。散らかすだけ散らかしてあとは知らん顔。それが本来のアニマル気質。なかには漁ったゴミ箱をきれいに片付ける奇特な輩もいるが、そんなのはごくごく少数派だ。
でもって高月ではまたしても北と南にて抗争が勃発している。
ただしモメているのはエテ公どもである。
◇
光あるところに影あり。
どれほど栄えているところでも幸運の女神の手から零れ落ちる運のない者たちがいる。あるいはあえて光を嫌い背を向けてみずからの意思で影に潜む者たちが……。
高月にはスラムと呼ばれる貧民窟こそはないが、組み立て式移動住宅にすむシティ・サバイバーたちの集団が存在している。
駅北を縄張りとしている、ハイゼルコバ帝国。
絶対帝王を中心に据えた貴族主義体制。
物資はすべて厳格に管理されており配給制にて、上の機嫌を損ねたが最後、ペーペーはたちまち干されてしまう。
多数の強力なダンボール戦士たちを保有し、武力、規模、財力、ともに地域で一番のシティ・サバイバー集団。
その影響力は侮りがたく、たとえ公正な選挙で選ばれた市政のトップであろうとも彼らの存在を蔑ろにはできない。
駅南の淀川河川敷辺りを縄張りとしている、ケヤキ自由連合。
帝国の圧政から逃れてきた者たちが築いた集団。各地から流れてくる小集団を迎合していくうちに、現在の規模となる。自由と平等と怠惰を謳う合議制。
打倒帝国を掲げており、過去に二度大遠征を仕掛けるも結果は失敗に終わっている。
現在は国道を挟んでのにらみ合いを続けながら、密かに第三次大遠征計画を着々と進行中。
あぁ、誤解なきよう。
壮大なSF宇宙戦記っぽい設定だけど、これ全部サルどもの話だから。
どちらの勢力もそれっぽいお題目を掲げているけれども、根底にあるのは「働きたくないでござる」もしくは「働いたら負け」というダメ思想。
サルの群れって強力なリーダーの影響力が絶大でね。
ある時のことである。
高月の奥地に棲んでいたサルの群れのボスが晴れ渡る空を見上げて、ふと思った。
「あー、ぬくぬく尻を温めながらゴロゴロ生きてえなぁ」
天啓、あるいは悟りの境地か。
ある意味、それは真理であった。
誰だってあくせく暮らすよりも、だらだら過ごしたいもの。
で、より快適な暮らしを求めて川沿いを下り、人の街へと向かうことにする。
すると食べ物いっぱい、使えそうなゴミもいっぱい、ダンボールもいっぱい。
「ウホッ、こりゃいいや」
さっそくダンボールで夢のマイホームを建てて、ベッドもこしらえ、いそいそ路上生活を決め込む。
ボスがそんな態度ならば、群れの仲間もまたこれに倣う。
サルは賢く要領がいい。
あっという間に新しい環境に順応してしまった。
◇
ひとつの群れがそんな行動をとれば、他の群れの目にも留まる。
そしてマネをしてみると「ウホウホ、こりゃいいや」
ウワサがウワサを呼び、気がついたらけっこうな数のサルどもが高月の地に流入していた。
こうなると次に発生するのが縄張り争い。
「なにメンチ切っとんじゃ、われ」「やんのかこら」「上等じゃ、ぼけ」「いてまうぞ、おらっ」
売り言葉に買い言葉。激情にてしばらく仕事をサボっていた獣性が爆発。
お手製のダンボールの鎧を身にまとい、ダンボールの武器を手にしたシティ・サバイバーたち。
後の世に「第一次ダンボール戦役」と呼ばれた戦乱の時代の幕開けである。
戦いは熾烈を極めた。
数多のダンボール戦士たちが散っていき、ゴミ捨て場は荒らされ、路上にはボロボロになったダンボールの千切れたモノが散乱し、人間どもはプンスカ怒り、カラスは電線の上からカアカアと笑いながらの高みの見物。
この戦乱の時代を制したのが、ハイゼルコバ帝国の祖となる我次郎が率いるサルの群れであった。
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