おじろよんぱく、何者?

月芝

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341 青い鳥

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 捨てられた子猫たちにやすらぎと暖を与えるために下着ドロボウをしていたというフェネック青年のコウくん。
 その首根っこを捕まえて、高月中央商店街のマダム連のところへと連れてゆき、「ほらよ、こいつがご所望の犯人だ」と差し出すことなんて、おれにはとてもできない。
 芽衣もこの意見には同意する。
 だから犯人は野生のスケベ猿の仕業だったということにして、適当にお茶を濁すことにしよう。
 一方でおれはコウ青年と子猫たちに「いっしょに来いよ。こうみえて伝手はけっこうあるんだ。この子たちの貰い手ぐらいすぐに見つけてやる。おまえの居所だってどうとでも」と誘うが、「だったらこいつらだけ頼むよ。おれはいい」とコウ青年は首をよこにふる。

「おれはいまの根無し草のその日暮らしが気に入ってるんだ。家族とか友だちとか家とか、そういうのを抱えるのはしんどいから」

  ◇

 かつてとある一家に飼われていた一頭のフェネックがいた。
 しかしフェネックという動物は本来は十頭以下の家族単位で暮らす生態を持つ。
 そこで飼い主はさらに数頭買い足して、いっしょに育てることにする。
 新しく家族として迎え入れられた数頭のうちにコウもいた。
 名前は飼い主一家の三人娘のうちの末っ子がつけてくれた。

「あなたはいつもしょんぼりうな垂れているのね。そんなことじゃあせっかくの幸せが逃げちゃうんだから。うーん、そうねえ……。だったら、あなたの名前は『幸』と書いて『コウ』にしましょう。これできっと大丈夫!」

 珍しいペットを数頭まとめて飼えるほどに一家は裕福であった。
 世間によくあるように、子どもたちがペットのお世話にすぐに飽きるようなこともなく、むしろ惜しみない愛情を注がれ大切に大切にされて過ごした数年間は、コウにとってはまちがいなく幸せな時間であった。
 そんな幸せな時間を奪ったのは嵐の最中に起きた火災。
 原因は落雷かと思われる。折り悪く強風が重なり家はたちまち紅蓮に包まれた。
 燃え盛る焔によって何もかもが奪われていく。
 視界を埋め尽くす炎と煙の中、倒れて動かなくなった仲間たちや、一家の者たちをぼんやりと眺めながら、静かに自分の番が来るのを待っていたコウ。
 けれどもその身がふいに浮いた。
 掴んだのは彼に名前を与え、とてもかわいがってくれていた三姉妹の末っ子。両足を引きずり這うようにしていたのは、きっと焼け落ちた梁か柱によって傷つけられたせい。
 そんな状態なのにもかかわらず必死にコウのところにまでやってきた末っ子。
 コウはこの子といっしょに逝けるのならば、むしろよかったとペロリと彼女の指先を舐める。
 でも次の瞬間、宙を舞っていたコウのカラダ。
 末っ子が投げたのだ。

「どうして!」

 キャンと叫ぶコウに少女が微笑む。

「せめてあなただけでもお逃げ」

 半ば焼け落ちかけていた壁。あいたわずかな隙間からフェネックの身が外へと転がり出る。
 直後、ついに家屋は倒壊。
 唯一の生存者となったコウはすべてが灰塵へと帰すのを、全身に負ったヤケドの痛みに耐えながら、ただじっとにらみ続けるばかり。

  ◇

 いっしょに生きたい家族はもういない。
 帰りたいと思える場所ももうない。
 だからとてべつに自棄を起こしているわけじゃない。
 むしろその逆。あちらこちらをぶらつきながら、自分はいまも探している。
 身をていして自分を助けてくれたあの少女がよく口にしていた「幸せ」というやつを。
 自分の名前にふさわしい、彼女がつけてくれたこの「コウ」という名前にふさわしい、そいつが見つかるのを信じて……。

 家族単位で生活するのが当たり前のフェネック。
 それが他者から距離を置き一匹オオカミであることを望む。

「そんなのはおかしい、まちがっているよ」

 他人がわけ知り顔で説教を垂れるのは簡単だが、たとえ正論だとてそんなことはいまの彼にとっては何の意味もない。救いにはならない。
 青い鳥がすぐ近くにいると真から理解できるのは、数多の旅路を経てこそ。
 コウ青年はまだその旅の途中なんだ。
 そんな彼を無理に引き留める権利なんて、おれにはない。
 この青年におれがしてやれることといったら「子猫どものことはまかせてくれ。必ず大切にしてくれる相手を見つけてやる」と約束することぐらい。

  ◇

 シベリアオオカミの爽やかイケメンである真田誠一郎(さなだせいいちろう)。彼が院長を務めている真田動物病院。
 昼はその甘いマスクと巧みな話術、たしかな医療にて裕福な人間どもからガッポリしぼりとり、夜は街に暮らす動物たちを格安で往診することで利益を周囲に還元してくれている立派な御仁。ペット絡みの案件ではちょいちょい我が尾白探偵事務所とも関係がある仲。
 そんな彼のところにコウ青年より託された子猫たちを連れて相談に行ったら、ほんの二日ほどで飼い主が決まった。
 さっそく朗報を伝えようと山間部の廃工場跡へ向かうおれと芽衣。
 しかしそこにもう彼の姿はなかった。

 青葉の緑の香りを含む山風が吹く。
 これを受けて乱れた髪を整えながら「また会えるでしょうか」とつぶやいた芽衣。
 おれは「生きてさえいりゃあな」と、タバコに火をつけようとしてやっぱり止めた。


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