341 / 1,029
341 青い鳥
しおりを挟む捨てられた子猫たちにやすらぎと暖を与えるために下着ドロボウをしていたというフェネック青年のコウくん。
その首根っこを捕まえて、高月中央商店街のマダム連のところへと連れてゆき、「ほらよ、こいつがご所望の犯人だ」と差し出すことなんて、おれにはとてもできない。
芽衣もこの意見には同意する。
だから犯人は野生のスケベ猿の仕業だったということにして、適当にお茶を濁すことにしよう。
一方でおれはコウ青年と子猫たちに「いっしょに来いよ。こうみえて伝手はけっこうあるんだ。この子たちの貰い手ぐらいすぐに見つけてやる。おまえの居所だってどうとでも」と誘うが、「だったらこいつらだけ頼むよ。おれはいい」とコウ青年は首をよこにふる。
「おれはいまの根無し草のその日暮らしが気に入ってるんだ。家族とか友だちとか家とか、そういうのを抱えるのはしんどいから」
◇
かつてとある一家に飼われていた一頭のフェネックがいた。
しかしフェネックという動物は本来は十頭以下の家族単位で暮らす生態を持つ。
そこで飼い主はさらに数頭買い足して、いっしょに育てることにする。
新しく家族として迎え入れられた数頭のうちにコウもいた。
名前は飼い主一家の三人娘のうちの末っ子がつけてくれた。
「あなたはいつもしょんぼりうな垂れているのね。そんなことじゃあせっかくの幸せが逃げちゃうんだから。うーん、そうねえ……。だったら、あなたの名前は『幸』と書いて『コウ』にしましょう。これできっと大丈夫!」
珍しいペットを数頭まとめて飼えるほどに一家は裕福であった。
世間によくあるように、子どもたちがペットのお世話にすぐに飽きるようなこともなく、むしろ惜しみない愛情を注がれ大切に大切にされて過ごした数年間は、コウにとってはまちがいなく幸せな時間であった。
そんな幸せな時間を奪ったのは嵐の最中に起きた火災。
原因は落雷かと思われる。折り悪く強風が重なり家はたちまち紅蓮に包まれた。
燃え盛る焔によって何もかもが奪われていく。
視界を埋め尽くす炎と煙の中、倒れて動かなくなった仲間たちや、一家の者たちをぼんやりと眺めながら、静かに自分の番が来るのを待っていたコウ。
けれどもその身がふいに浮いた。
掴んだのは彼に名前を与え、とてもかわいがってくれていた三姉妹の末っ子。両足を引きずり這うようにしていたのは、きっと焼け落ちた梁か柱によって傷つけられたせい。
そんな状態なのにもかかわらず必死にコウのところにまでやってきた末っ子。
コウはこの子といっしょに逝けるのならば、むしろよかったとペロリと彼女の指先を舐める。
でも次の瞬間、宙を舞っていたコウのカラダ。
末っ子が投げたのだ。
「どうして!」
キャンと叫ぶコウに少女が微笑む。
「せめてあなただけでもお逃げ」
半ば焼け落ちかけていた壁。あいたわずかな隙間からフェネックの身が外へと転がり出る。
直後、ついに家屋は倒壊。
唯一の生存者となったコウはすべてが灰塵へと帰すのを、全身に負ったヤケドの痛みに耐えながら、ただじっとにらみ続けるばかり。
◇
いっしょに生きたい家族はもういない。
帰りたいと思える場所ももうない。
だからとてべつに自棄を起こしているわけじゃない。
むしろその逆。あちらこちらをぶらつきながら、自分はいまも探している。
身をていして自分を助けてくれたあの少女がよく口にしていた「幸せ」というやつを。
自分の名前にふさわしい、彼女がつけてくれたこの「コウ」という名前にふさわしい、そいつが見つかるのを信じて……。
家族単位で生活するのが当たり前のフェネック。
それが他者から距離を置き一匹オオカミであることを望む。
「そんなのはおかしい、まちがっているよ」
他人がわけ知り顔で説教を垂れるのは簡単だが、たとえ正論だとてそんなことはいまの彼にとっては何の意味もない。救いにはならない。
青い鳥がすぐ近くにいると真から理解できるのは、数多の旅路を経てこそ。
コウ青年はまだその旅の途中なんだ。
そんな彼を無理に引き留める権利なんて、おれにはない。
この青年におれがしてやれることといったら「子猫どものことはまかせてくれ。必ず大切にしてくれる相手を見つけてやる」と約束することぐらい。
◇
シベリアオオカミの爽やかイケメンである真田誠一郎(さなだせいいちろう)。彼が院長を務めている真田動物病院。
昼はその甘いマスクと巧みな話術、たしかな医療にて裕福な人間どもからガッポリしぼりとり、夜は街に暮らす動物たちを格安で往診することで利益を周囲に還元してくれている立派な御仁。ペット絡みの案件ではちょいちょい我が尾白探偵事務所とも関係がある仲。
そんな彼のところにコウ青年より託された子猫たちを連れて相談に行ったら、ほんの二日ほどで飼い主が決まった。
さっそく朗報を伝えようと山間部の廃工場跡へ向かうおれと芽衣。
しかしそこにもう彼の姿はなかった。
青葉の緑の香りを含む山風が吹く。
これを受けて乱れた髪を整えながら「また会えるでしょうか」とつぶやいた芽衣。
おれは「生きてさえいりゃあな」と、タバコに火をつけようとしてやっぱり止めた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
天界アイドル~ギリシャ神話の美少年達が天界でアイドルになったら~
B-pro@神話創作してます
キャラ文芸
全話挿絵付き!ギリシャ神話モチーフのSFファンタジー・青春ブロマンス(BL要素あり)小説です。
現代から約1万3千年前、古代アトランティス大陸は水没した。
古代アトランティス時代に人類を助けていた宇宙の地球外生命体「神」であるヒュアキントスとアドニスは、1万3千年の時を経て宇宙(天界)の惑星シリウスで目を覚ますが、彼らは神格を失っていた。
そんな彼らが神格を取り戻す条件とは、他の美少年達ガニュメデスとナルキッソスとの4人グループで、天界に地球由来のアイドル文化を誕生させることだったーー⁉
美少年同士の絆や友情、ブロマンス、また男神との同性愛など交えながら、少年達が神として成長してく姿を描いてます。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる