340 / 1,029
340 浪々フェネック
しおりを挟む「みうみう」
か細く弱々しい。いまにも消え入りそうな鳴き声。
どうやらプレハブ小屋の中から聞こえているみたい。
おれと芽衣はそろりそろりと入り口へ近づく。
すると背後から鋭い一喝。
「何だおまえたちはっ!」
あわててふり返ると、そこには鉄パイプを手にしたひとりの青年の姿があった。
色あせたジーンズに薄汚れたスニーカー。着古しよれた無地の濃紺の半袖シャツ。
ボサボサ髪からのぞく瞳がこちらを射るようににらむ。けれども印象的であったのは、その顔の右半分にひどいヤケドの跡があったこと。
痛々しい容姿。だがそこに弱々しさは微塵もない。
突如あらわれた青年が髪を逆立てている。
どうやらおれたちに対して怒っているようだ。
このときになっておれと芽衣はようやくハッとして、自分たちの格好を思い出す。
ガスマスクっぽいマスクをつけて「コー、ホー」呼吸し、ゴーグルで顔は隠れており、上下つなぎにゴム手袋と長靴という完全防備。
まさに不審者そのもの。
後ろ指を差されても文句が言えないうさん臭さ。海外ならばいきなり銃で撃ち殺されても正当防衛が成立しそうである。むしろ鉄パイプでガンっと殴られなかったのが不思議なぐらい。
あわててマスクを脱ぎ、ゴーグルをとる探偵と助手。
「ちょ、ちょっと待って」「けっして怪しい者じゃない」
手をふり誤解を解こうとする。
で、鼻先をくん。
遅ればせながらおれはこの青年がただの人間じゃないことに気がついた。
それは相手も同じ。
おかげでやや警戒が緩和したもので、おれはホッと胸を撫で下ろす。
◇
「うわー、うわー、小さいです。かわいいです。愛い愛い」
ダンボールにかぶりつきのタヌキ娘。芽衣をメロメロにしていたのは三匹の子猫たち。
小さい、まだ生後一か月ほどだろうか。乳離れするかどうかという微妙な時期だ。
なのに親ネコの姿はどこにもない。
問いたげなおれの表情を察し、青年がぼそり。
「親はいない。こいつらは捨てられたんだ」
あちらこちらを気まぐれに渡り歩いているというこの青年、名前をコウという。その正体はフェネック。フェネックギツネとも呼ばれるイヌ科最小種。かつてペットとして飼われていたのだが、さる事情によりいまは浪々の身。
気ままに各地を渡り歩くうちにこのプレハブ小屋に辿り着いたところで、しばらくやっかいになることにしてのんびり暮らしていた。
そんなある日のこと。
いつものように食料を確保しに街へと出かけて戻ってきたら、ダンボールに入れられた子猫たちが捨てられていたという。
山奥の、それもこんなろくすっぽ人が寄りつかない廃工場跡に乳飲み子を放置する。
事実上の殺処分。
人間どもの無情な所業については今更なのであえて言及すまい。
とはいえ目に入ってしまった以上は見捨てるのもしのびなく。
コウは「ったく、しゃあねえなぁ」と、とりあえずひとりで生きていけるようになるぐらいまでは、面倒をみてやるかと考えた。しかし自分はこんな根無し草だし、そもそも男で乳も出ず、子育ての経験なんぞはまるでなし。寄る辺なく、頼るべき相手もなく、ましてやこんな面相ゆえに、いかに化けたところでまともに人前には出られやしない。
そうこうするうちにも朝夜になるといちだんと冷え込む山の気候。自分はへっちゃらだが赤子の身だとどうであろうか。
事態を憂い、食料を確保するかたわらでコウがせっせと集めたのが……。
「熟れ熟れ下着だったのかよ。でもどうしてよりにもよってあんなシロモノを」
とのおれの言葉に、逆に不思議そうに首をかしげたコウ。
「なぜって小さな子猫は繊細だからな。肌も弱い。その点、あれはちょうどよかったんだよ。いろいろ試した結果、子猫たちも気に入ったみたいだし」
だるんだるん熟れ下着が与える安心感は抜群。
ことあるごとに親恋しい、温もり恋しいと「みうみう」鳴く子猫たちも、これにくるまればたちまちおとなしくなる。
泣く子もスヤスヤ安心安眠とか。
ババ茶色ヴィンテージ下着の効能が半端ねえっ!
それからフェネックは夜行性だから街中の地下に張り巡らされた下水道は、彼にとってはとても使い勝手が良かったんだってさ。うちの雑居ビルに立ち寄ったのも、ふつうならば敬遠するであろう陰気さがフェネック的にはむしろ遠慮せずに立ち入れる雰囲気。高月中央商店街近辺に出没していたのは、一帯がゆるゆるぬるい雰囲気にて隙だらけ、食べ物がわりかし容易に手に入ったから。
コウからあれこれ事情を聞いたおれこと尾白四伯はしゃがみ込み、両手で顔を覆い真っ赤になっているであろう面を隠す。
ごめんなさい。
どや顔、キメ顔、得意げに「これは流しの犯行じゃない」とか「入念な計画による犯行」とか「とんでもないド変態」とか。
てんで見当ちがいの迷推理でやんの。
うぅ、とんちんかんなことを連発しちゃった。
あとコウくん、ぶっきらぼうだけど優しい好青年じゃん。
比べておれってヤツは……、なんて薄汚れているんだろうか。
おっさん、超恥ずかしい。ついいましがた出てきたばかりだけど、穴があったら入りたい。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
このたび、小さな龍神様のお世話係になりました
一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様
片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。
☆
泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。
みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。
でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。
大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました!
真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。
そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか?
☆
本作品はエブリスタにも公開しております。
☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
あやかし狐の身代わり花嫁
シアノ
キャラ文芸
第4回キャラ文芸大賞あやかし賞受賞作。
2024年2月15日書下ろし3巻を刊行しました!
親を亡くしたばかりの小春は、ある日、迷い込んだ黒松の林で美しい狐の嫁入りを目撃する。ところが、人間の小春を見咎めた花嫁が怒りだし、突如破談になってしまった。慌てて逃げ帰った小春だけれど、そこには厄介な親戚と――狐の花婿がいて? 尾崎玄湖と名乗った男は、借金を盾に身売りを迫る親戚から助ける代わりに、三ヶ月だけ小春に玄湖の妻のフリをするよう提案してくるが……!? 妖だらけの不思議な屋敷で、かりそめ夫婦が紡ぎ合う優しくて切ない想いの行方とは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる