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338 マンホールのフタ
しおりを挟む近頃、街中にはいたるところに防犯カメラが設置されている。
クルマにはドライブレコーダー、個人ではスマートフォン、といった具合に誰の目に触れずに動きまわるのはけっこうむずかしい。
でもって下着ドロボウが出没しているのは高月中央商店街の周辺なので、店ごとに設置されてあるカメラとかまである。
いたるとこにカメラのレンズが目を光らせている。
これらをかわしての移動となると、自然と経路は限られてくる。
下着ドロボウも犯行前の下見段階で、その辺はしっかりチェックしているようで、上手に死角から死角へと移動している。ちらりと姿を残すばかりで個人が特定できそうな決定的な証拠は残さない。
それを踏まえた上で、犯行が行われた現場周辺を足を使って調べてみると……。
「ここも、か。よくみれば引っかき傷みたいなものがある。近々に誰かが動かしたのはまちがいない」
おれと芽衣がしゃがみ込んで見ていたのはマンホールのフタ。
場所は芽衣があと一歩のところまで追い詰めた犯人が消えた路地裏。
どうやら事前にマンホールのフタをずらしておき、すぐにでも飛び込めるように細工を施していたらしい。
これが犯人消失のトリックである。
でもって地下をスイスイ移動しているので、防犯カメラの目からもまんまと逃れていたと。
「女物のショーツ欲しさにそこまでするだなんて。並々ならぬ執念を感じます。あるいは妄執?」
小首をかしげるタヌキ娘に、おれもうなづく。
「映画とか小説だとわりと定番だが、実際に下水道を犯行に使うヤツがいるとは驚きだ」
煌びやかな大都会とかならばともかく、大坂と京都の狭間に位置している辺境都市でスパイ大作戦みたいなことを大真面目にやっている。
その熱意と本気度におれはちょっとげんなり。
「ねえ、四伯おじさん」
「なんだ?」
「怪盗ワンヒールはたぶん盗んだ品を専用の棚とかに飾ってそうですけど、他の変態たちはどうしてるんでしょうか」
真っ白なタキシードに目元を隠す仮面とシルクハット。マントをひるがえしては、美女のハイヒールの片方だけを狙う変態紳士・怪盗ワンヒール。
動物の鋭い眼力や嗅覚をも完璧に欺く変装の名人にして、専用サイトとファンクラブまであるアイツは、たしかにそんなことをしていそう。宝石の展示場みたいに戦利品をショーケースでライトアップ。もこっとしたバスローブを羽織り、ワイングラス片手に悦に浸っている姿がとても良く似合う。
一方で怪人インソールダブルエックスはどうであろうか?
ヤツは運動女子のスニーカーの中敷きをメインに狙う。
よもやとは思うが、鼻をつけてくんかくんか、その芳醇かつ熟成された香りを楽しんでいるのだろうか……。いいや、光学迷彩やワイヤーアクションなんぞの無駄にハイテク技術を駆使するアイツのことだ。ひょっとしたら専用のからくり収納棚ぐらい自作して、ボタンひとつでしゅみ~んと目当ての品が提示されちゃうなんてことも。ビル型のお寺の納骨堂、もしくは最新の地下型駐輪場みたいな感じで。
ピンポンレンジャーは、絶賛全国遠征中。
あの連中は戦利品なんぞには固執しない。一瞬一瞬が勝負。刹那のスリルを楽しむ愉快犯だから、せいぜい現地で記念撮影とかするぐらいだろう。そういえばこの前、遠征先の新潟から写真がプリントされた絵葉書が事務所宛てに送られてきていたっけか。並んで撮られていたレッドとピンクの距離が心なしか近かったような気がする。
で、今回の下着ドロボウなのだが、同じ男としてはそれなりに使い道が想像できなくもないが、これを口にしたらダメな気がする。
少なくともおれはタヌキ娘にど突かれる。そしてきっと光瀬女医の世話になるハメに。
だから芽衣の問いかけには「さあな、変態野郎の考えることなんざ知るもんか」と危機回避。
◇
敵は地下を移動している。
ならばわざわざ出現するのを待つ必要はない。
そこで尾白探偵事務所は攻勢に転じることにした。
こちらから下水道に乗り込む!
とはいえ暗い迷路にいきなり踏み込むのは無謀というもの。
そこで高月警察署に顔を出し、カラス女こと安倍野京香に「地図を都合してくれ」と頼んだら、タバコワンカートンと引き換えでココロよく応じてくれた。ちょうど手持ちを切らしていたらしい。
「おっ、そうだ四伯。もし何かヘンなものが落ちていたらついでに回収しておいてくれ」
「えー、めんどうくさい。だいたいヘンなものって何だよ」
「ヘンなものっていったらヘンなものだよ。近頃じゃあデカいアリゲーターを捨てるバカもいるんだからな。他のものが捨てられてあってもちっともおかしくない」
高月某所にある池にて、あわやおっさん探偵が腹ぺこアリゲーターに丸呑みにされようとした事件は知る人ぞ知るところ。
まったく、おっかない時代になったものである。
◇
「コー」「ホー」「ヒー」
怪しい呼吸音を立てるのは、ごついガスマスクっぽいマスク。
キツイ臭気は動物の大敵。でもって目にも染みるのでゴーグルも着用。
水に濡れてもへっちゃらな撥水加工が施された上下つなぎ。濡れた石の上でもつるんと滑らない長靴にゴム手袋。
完全防備にて下水道へと臨むおれと芽衣。
ここまでする気はなかったのだが、どこぞよりおれたちが地下に潜るとの話を聞き及んだ高月中央商店街のマダム連が、「だったらこれを持ってけ」「これも使いなさい」なんぞと用意してくれた品々。
せっかくの心づくし。無下に断るとあとが怖いので云われるままに着込んだらこうなった。
「うぅ、暑い、蒸せる、息苦しい。ガボガボして歩きにくいです、四伯おじさん」
「ガマンしろ、芽衣」
いざいかん、地下世界へ!
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