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327 獣王武闘会 堕ちた剣鬼
しおりを挟む宮本めざしはノラネコ。
各地を放浪しつつ剣の腕を磨き、剣に生き、剣に死ぬつもりであった。
よく周囲から言われたのは「おまえさんは産まれてくる時代をまちがえた」という台詞。
これは何も彼に限ったことではない。剣や槍などの武器を得意とする者ほど、道を歩むほどに否応なしに突きつけられ実感することである。
太平の世にあって、殺傷能力が高い得物を扱う武に身の置き所があるでなし。
産まれる時代はどうしようもない。
だからずっと諦めて生きてきた。
いいや、ちがう。本当は諦めたフリをして己が奥底にて燻り続ける想いから、渇きから目をそらしてきた。
そんな流浪の剣豪にあるとき白いオコジョがささやいた。
「バカね。何を悩むことがあるのよ。自分で時代を選べないのならば、望む時代に作り変えればいいだけじゃない」と。
白いオコジョの話に当初は「何をやくたいもないことを」とまるで相手にしていなかった宮本めざし。
偽りの平和を壊し、真なる野生の時代を迎える。
途方もない夢物語をあっさり信じられるほど、宮本めざしはもう若くはない。
何度目かの白いオコジョとの逢瀬。
とはいっても親しき男女の仲のように浮いたものではない。
山奥にてひとり、静かに剣と向かい合い続ける孤独な男のもとへ、女が一方的に押しかけるだけの関係。
けれどもその日はこれまでとちがった。
山の木々がざわめき、獣たちは鳴りを潜める。
白いオコジョには連れがいた。
その男をなんと形容すればいいであろうか。
他者を圧する大柄な体躯、しかし動物界においてはさほど珍しくはない。これまでに幾人もの猛者と武を競ってきた宮本めざし。自分の数倍もの背を持つ相手と対峙したことも一度や二度ではない。
ぶっちゃけ顔や容姿にはまるで興味がない。
剣豪にとって大事なのは斬れるかどうかという、ただ一点のみ。
男を前にして宮本めざしは即座に斬れないと断ずる。
いや、正しくは斬りようがないとでも云おうか。
いかな名刀とて空に浮かぶ太陽は斬れぬ。
水面に映る月とても斬れるのは、まばたき程度のほんのつかの間。
剣を極めようとすればするほどに、斬れぬものの多さに気づかされる。
目の前の男もまたそのうちのひとつ。
そんな男が深淵と静謐を宿す瞳にて宮本めざしを見つめつつ言った。
「おまえにふさわしい死に場所を用意してやる」
地獄の底から響くかのような低く重い声。
あるいは魔王という者が実在すれば、きっとこのような声なのかもしれない。
聞いた瞬間、宮本めざしの全身に電流が走る。
協力を求めるでなし、服従を強いるでなし。
しかしそれは宮本めざしが一番欲しい言葉であったことだけはたしか。
気づいたときには片膝をつき首を垂れ、臣下の礼をとっていた宮本めざし。
理屈ではない。獣としての本能でもない。
ただ魂が震えるばかりにて、どうしてもそうせずにはいられなかったのである。
姫路の地にて獣王武闘会西日本予選が開かれる、わずか八日ほど前の出来事であった。
◇
乱戦のさなか、姫路アニマルキングダムが誇る近衛師団の位階三の男、ゴリラ拳闘士・佐藤晋太郎が宮本めざしの凶刃に倒れる。
まさかの光景を目撃することになったのは、石舞台へと駆けつけてきていたおれたちチーム・尾白探偵事務所の面々と、騒動の鎮圧にと駆けつけた警備隊の第一陣、それから宮本めざしが率いていた侍魂の仲間ら。
ゆっくりとだが着実に大きく広がり続けている赤い水たまり。
一同が凍りつく悪夢の中。
「おのれ、乱心したかっ! 宮本めざし」
声を荒げたのは佐々木アルフォート。背に持つ長刀の柄に手をかけつつ、美剣士が舞台上にて血刀をさげているライバルをねめつける。
自分へと向けられる怒りの込められた視線。
これを真っ直ぐに受け止めた宮本めざし。
「狂ってなどおらぬ。おれは端からこうであったのだ」
迷いの失せた剣豪の瞳は恐ろしいまでに澄んでいた。ただし水清ければ魚棲まず。
それはあらゆる生き物を拒絶する死の清廉さ。
あるいはこれを持って余人は狂気と称すのか。
堕ちた剣鬼。
見逃せばこの先、どれほどの命が無残に散らされ、血が流されることか。
なればせめて引導を渡すのが切磋琢磨してきた友の勤めとばかりに、佐々木アルフォートが剣を抜く。
これに合わせて、背後にいた柳生八兵衛も「あなたのそんな姿は見たくなかった」と蛇腹剣を、渡辺津奈は「残念です」と十文字槍をかまえる。
チーム・侍魂、宮本めざしの背信行為により決別!
この分では他にも聚楽第の考えに賛同している輩がまぎれ込んでいるのかもしれない。
アニマルロボ・カブト軍団はいまだ多数健在の中、背中に不安を抱えることになったおれたちは疑心暗鬼に陥る。
頼みのゴリラ拳闘士は倒れ生きるか死ぬかの瀬戸際。
事態がますます混迷の度合いを深める中、ひとりほくそ笑むオコジョくのいち・かげり。
「さぁさぁ、せっかくのお祭りなんだから存分に楽しみましょう」
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