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318 獣王武闘会 準決勝第一試合 天才
しおりを挟む平多紀理と洲本芽衣。
四国は屋島を中心としてタヌキたちに受け継がれてきた武術、屋島蓑山流四十八霊(やしまみのやまりゅうしじゅうはちれい)。
淡路は芝右衛門の一族。そのうちの女子にのみ継承されてきた武術、狸是螺舞流武闘術(りぜらぶるぶとうじゅつ)。
片や大勢の門下生を抱え、礼節を重んじ、ときに祭事にもたずさわり、専守防衛を旨とし、後の先を得意とする。
片やなんとな~く一子相伝っぽい感じで受け継がれ、先制攻撃と徹底抗戦を旨とし、倒れるのならば前のめり、先も後も知ったこっちゃねえ。
生い立ち、あり方、背負うもの、気概……。
なにもかもが相反している両者が戦う。
試合開始直後、意外にも先に動いたのは平多紀理。
お嬢さまはのんびり待つ気なんぞはさらさらなし。
縦カールをたなびかせていっきに接近。自分の間合いに相手を呑み込む腹積もりのよう。
対する芽衣はさがって距離を取るどころか、逆に自ら飛び込む。
互いに相手に向かって駆けるがゆえに、両者がいきなり正面衝突。
己が領域に不用意に立ち入った獲物。
平多紀理がすかさず技を発動する。
「屋島蓑山流四十八霊、地崩しっ! からの天崩しですわ」
すり足による足運びにて相手の間合いをことごとくつぶし、踏み込みを狂わせ、ときに踏ん張りをも無効とする地崩し。地に描き出された軌道によって陣取りゲームを制せられた側は、たたらを踏んでろくに動けず。本来の動きとはかけ離れた醜態をさらすことになる。
続いて放たれた天崩しは、攻撃をだらりと脱力状態にて受け、喰らったチカラや衝撃を自身の回転運動へと変換することで、打撃を無効化する技。
瞬時に間合い内、天と地を制御下においた平多紀理が防御陣を構築。
奥義二つの同時行使。天才と呼ばれるのは伊達ではない!
加えて彼女は産まれながらに備わっている「重心を見抜く目」「絶対重心」を持つ。
進むも地獄、戻るも地獄。
たちまち死地と化した空間はさながら地雷原のよう。
けれども芽衣は止まることも、引くこともなく、さらに前へ奥へと。それに合わせてタヌキ娘の拳が唸りをあげる。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き。除夜の鐘バージョン!」
一撃で大男を昏倒せしめ、両の腕をオラオラと振るうことで鬼をもやっつける剛拳。それが連続で百と八つ。しかも年の瀬に耳にする「ご~ん」というのんびりした音色とはかけ離れたシロモノ。
まるで悪ガキどもが寺の鐘にイタズラでもしているかのごとくガンガン、ガガン、ガンガガン。
滅多やたらと雑に打ち鳴らされる。
速く重たい拳の乱れ打ち。
迫る脅威。
しかしこれこそが屋島蓑山流四十八霊を有する平多紀理にとっては大好物。飛んで火にいるなんとやら。
突き出される拳を受け、早速、投げるなり極めるなりして思うさまに料理してやろうと舌なめずり。
だがしかし……。
「なっ! 掴めない? これはいったい」
受け、流し、さばき、どれも問題なし。完璧に作動している。
なのに相手の腕を掴めない。のばした手がことごとく空を切り、ようやく「捕まえた」とおもったらそれは残像……。平多紀理の目元が険しくなる。
ありとあらゆる物の重心の位置を即座に把握する目を持つがゆえに、彼女は芽衣の拳を的確に捉えていた。
どこをはじいて、どこを押せば相手の身を御し、体勢を崩せるのかちゃんとわかっている。
あとはそこをちょんと小突くだけ。
けれども肝心のポイントに触れることがかなわない。
なんと! 芽衣は拳を突き出すのと同等か、それ以上の速さにて腕を戻していたのである。
理屈は簡単だ。
相手に捕まったら投げられる。ならば捕まらなければいいだけのこと。だから芽衣は殴ったはしから、素早く拳を引っ込める。突撃、即撤退。
さながら殴り逃げとでもいおうか。
だがその逃げ足がすたこら、異様に速かった。
チョロチョロ逃げ回ってうっとうしい。そのくせうっかり当たると致命傷になりかねない攻撃。
近々に接敵した状態にて目まぐるしく動き続ける両者。
凄まじい技の応酬。疾風同士がつむじとなって追いかけっこをしているかのよう。
さなかにて業を煮やした平多紀理がさらに技を重ねがけ。
「屋島蓑山流四十八霊、人崩し」
相手の重心を崩し、狂わせ、不明とし、まともに動けなくする技。
奥義を三つも並列行使。
もはや天分の才だけでまかなえる境地ではない。心技体を極限まで鍛えたからこそ成せること。お嬢さま然とした優雅な容姿ながらも、彼女もまた努力を怠らない真の武人であったのだ。いつも胸を反らし他者を見下すような態度は、相手に対してではなく己へと科す必勝と不退転の覚悟のあらわれ。
多紀理の手の動きに合わせて大気がふるえる。
空気が流れ、気流が起こり、渦を巻き収縮、気圧が下がり、ゆらり歪む視界。
人崩しに囚われた者は感覚が狂わされて思うように動けなくなる。
ほぼ同時に芽衣も技を発動。
「狸是螺舞流武闘術、破の型、さざ波」
掌底による衝撃波にて対象を内部より破壊する攻撃。だが向けられたのは縦カールのタヌキお嬢さまではなくて、足下の石舞台。
芽衣を中心にして半径二メートルほどの床がへこみ、小さなクレーターが発生。
深さはほんの三センチほど。段差とすればわずか。でも急に足下がガクンと落ちた。
ふつうであればこれでわずかなりとも体勢を乱す。
しかし平多紀理には「絶対重心」がある。いついかなるときにも己の中にある重心を的確に捉えて見失わない能力。これが機能している限り、彼女の身が崩れることはない。
けれども技の方はちがった。
地面がへこんだ分だけ余計に生じる空間。そこを埋め尽くすかのようにして周囲から雪崩れ込む空気により、気流がおかしくなって平多紀理の制御下を離れる。
離れた時間はまばたき数度程度のわずか。
しかし芽衣が「屋島蓑山流四十八霊、人崩し」から逃れるには充分すぎる時間であった。
両者がいったん離れて仕切り直し。
まんまと死地から脱した芽衣が「ふぅ」とひと息つく。
一度は懐に入れた獲物に逃げられた平多紀理は口惜しさにほぞを噛む。
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