おじろよんぱく、何者?

月芝

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312 獣王武闘会 準決勝第一試合 こじらせ果たし状

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 準決勝前夜のことである。
 おれがごやっかいになっているホテルを訪ねてきたのは、チーム・四国連合のメンバーである香川重盛。
 白髪交じりの頭にて人畜無害っぽい中年男。若い連中で構成されているチームにあって異色の存在は、どうやらお目付け役のようである。
 すでに夜更けといっていい大人の時間。いきなりの来訪におれは警戒よりもやや困惑気味。

 彼から「これを」と差し出されたのは一枚の紙。オーダー表にて、次の試合で四国連合の誰がどの順番で舞台に立つのかが書かれてある。

 先鋒、安房野弁天(あわのべんてん)
 次鋒、戸佐森弓弦(とさもりゆずる)
 中堅、香川重盛(かがわしげもり)
 大将、平多紀理(たいらたぎり)

 オーダー表を踏まえて香川重盛が申し出る。

「明日の準決勝第一試合は星取り戦とし、うちのタギリお嬢さまは洲本芽衣さまとの対戦を切望しております」

 ふむ、とおれはひとりごちる。どうやら香川さんは平多紀理の名代としての来訪であったようだ。
 あくまで丁寧な物言い。だがようは挑戦状、あるいは果たし状である。ぶっちゃけうちが馬鹿正直に応じる義務はない。「はいはい、わかりました」と適当に返事をしておいて、本番にフタを開けたらびっくり!
 なんていうズルも可能なのだが、はてさてどうしたものやら……。

「念のためにおたずねしますけど、そちらのお嬢さんがやたらとうちの芽衣を目の敵にしているのって、あくまで個人的でしょうか? それとも屋島全体の総意だったりとか」

 三大化けタヌキ。
 淡路島は芝右衛門、佐渡の団三郎、香川屋島の太三郎。
 芽衣は芝右衛門の直系であり、平多紀理は太三郎の直系である。
 両一族の凋落と隆盛ぶりについてはいまさら言及することもないが、おれが知らないだけでじつは因縁浅からず、古くから両一族はいがみ合っており、鳴門の渦潮を挟んで源平合戦もかくやとモメまくり。
 なんてことをおれはかんぐったわけなのだが、これに対する香川さんの回答は「あははは」という朗らかな笑い声であった。

「いえいえ、そんなことはけっしてありませんよ。なにせ現当主であらせられる第二十九代目芝右衛門の奥方は屋島の出なのですから」

 二十九代目芝右衛門は芽衣の父親である洲本秋生(すもとあきお)。
 その奥さんは梨歩さんで旧姓は屋島。つまり嫁いでくる前は屋島梨歩(やしまりほ)。
 彼女の旧姓をすっかり忘れていたおれは、いまさらながらに「あー」と納得。

「あくまでうちのタギリお嬢さまが一方的に意識しているというか、片想いをこじらせているだけというか……。とにもかくにも一度お手合わせを願えれば、さすがに落ちつくと思われますので。ぜひとも、ぜひとも」

 重盛さんが拝まんばかりに懇願してくる。
 やんわりしているが案外押しが強い。そんな彼はふだんは営業職に従事しているそうな。なるほど、納得である。
 おれはタメ息まじりにて首を縦に振る。

「わかりました。ただしあくまで芽衣が了承すればの話ですからね」

 そうは言ったものの、うちのタヌキ娘が売られたケンカを買わないなんてことはないだろうけど。

  ◇

 準決勝第一試合。チーム・四国連合とチーム・尾白探偵事務所の対戦。
 四国連合の希望を受けて星取り戦とし、洲本芽衣と平多紀理が大将戦で戦えるようにおれはオーダーを組む。
 でもってうちから先鋒に名乗りをあげたのは、弧斗羅美。
 四国連合側は事前申告通りに安房野弁天が壇上にあがる。

 今日も気合いの入ったカリアゲつんつん頭の安房野弁天。
 独特のヘアースタイルなのでセットに時間がとってもかかりそう。あとワンセットでスプレーを丸々一本消費してそうでもある。オラオラ系の田舎ヤンキー丸出しなのに、毎朝早起きをしては洗面台の鏡の前でちくちくセットに余念がないとか、想像するとちょっとおかしい。態度や見た目に反して、案外ちゃんとした子なのかもしれない。

「トラ狩りじゃあ。全身の縞々をむしって、その尻尾をちみきったらぁ!」

 戦いを前に猛り吠える屋島のタヌキヤンキー娘。
 そういえば初戦のときにも彼女は対戦相手に向かって「ちみきったらぁ!」と威勢よく啖呵を切っていた。アレは彼女の口癖であろうか。
 ちなみに「ちみきる」とは四国は香川や徳島地方の讃岐弁にて、「摘み切る」や「つねる」の方言である。
 ……ということはいま流行の方言女子ということになるのかしらん。ううん?

 対峙する弧斗羅美ことトラ美。
 腕組みのままたたずみ、薄く開けた金の双眸にて静かに安房野弁天を見つめるばかり。
 とても静かだ。朝靄に包まれた湖のごとき静寂さ。
 けれども彼女の持つ猛々しいトラの本性を知るおれには、この姿こそがおっかない。
 じっとしていても内々に満ちる覇気。ぐつぐつと煮詰まるマグマのような闘志。それをひたすら蓄えて狩りの開始を告げる合図を待つ森林の王者。

 安房野弁天と弧斗羅美。
 二人が使う武術はどちらも極端に尖っている。
 獣人化して戦うパワー特化型の滅爛虎慄紅武爪術(めらんこりっくぶそうじゅつ)。
 柔を極めた守り特化型の屋島蓑山流四十八霊(やしまみのやまりゅうしじゅうはちれい)。
 難攻不落の屋島の城をトラがいかに攻略するのか。
 円形の石舞台の上に戦いの気焔がゆらめき立つなか、ついに審判が先鋒戦の開始を告げた。


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