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306 獣王武闘会 大人のオモチャ
しおりを挟む会場の安全対策は万全に備えられているはずであった。
いったい誰が皇帝ペンギンが縦横無尽に舞台上を飛び回り、タヌキ娘がこれをバットで打ち返すなんぞという、奇妙奇天烈な展開を予想しえたであろうか。
ましてや派手にかっ飛ばされたペンギンが、よりにもよってスペシャルゲストである鬼族が滞在している特別貴賓室をぶち抜き大破するだなんて……。
カッキーン!
じゃすとみぃいぃぃぃぃぃとぉ。
打たれたペンギンドリル。
ギュルギュル激しく回転したままにて向かった先は客席の方。
ペンギンドリルはコントロールを失うも勢いはそのままに、ドカンと激突!
事故現場となったのは客席最上段。やや前方へとせり出し繭型となっている貴賓席。
某大統領の公用車にも使用されており、銃撃程度ではビクともしないという特殊強化ガラスにて前面が覆われ、試合をゆったり一望できるようにと設計されてある。内装だって貴賓をもてなすのにふさわしくゴージャスに整えられており、警備の者だって多数しっかりついていた。
にもかかわらずペンギンドリルは、大会運営側の努力を一蹴。あっさり粉砕する。
それだけ西園寺景の放った「皇帝拳、咎叛極」なる技が、シャレにならない破壊力を秘めていたということ。彼が発した「当たれば四肢は砕け、まともな肉片とて残るまい」との言葉はけっして誇張ではなかったのである。
事故が発生した瞬間。
会場中が静まり返り、空気が凍りつく。
ホームランを打った当人である芽衣と、これに手を貸したトラ美はそろって「「あっ!」」気の抜けた声を発する。
当たった場所がどこかとすぐに察した動物界の重鎮数名がショックのあまり「うーん」と卒倒し、側近たちが対応に大わらわ。
何が起こったのか理解できず、しばし呆然としていた警備の者ども。
うち誰よりも先に我に返ったのは、近衛師団の隊長である如月伊織(きさらぎいおり)。隻眼のクロヒョウ女剣士の号令一下、すぐに被害状況の確認と救助へと動きだす。
一方で空飛ぶペンギンが突っ込んできたとき。
貴賓席内では桜花朱魅が供の伽草奏と、仮面にローブ姿の人物を交えて試合を観覧がてら談笑に耽っているところであった。
ときおり店舗にクルマが突っ込むという事故映像がニュース番組でとり上げられるが、現場はそれに近い状況。
災禍はいきなり降りかかるもの。
その時、ただの人間である伽草奏は声にならない悲鳴をあげ、驚きと恐怖のあまり頭を抱えてその場にしゃがみ込むばかりであった。
同室していた客はいち早く異変を察知して、座っていた席から床へと転げ落ちるようにして回避行動をとる。
だというのに革張りのソファーにて鷹揚に腰かけていた桜花朱魅は、ワイングラス片手に微動だにせず。
キュルキュルキュルキュルキュ……ル、キュル、キュ、ルルル、ルル、ル……。
破壊によって生じた大量の粉塵が舞いあがって視界をふさぐ中、煙の奥より聞こえていた音がじきに止んだ。
おそるおそる顔をあげた伽草奏。薄煙越しに彼女が目にしたのは、座ったままにて皇帝ペンギンのクチバシを空いている方の手で無造作にわし掴みにしている、自分の主人の姿であった。
桜花朱魅はぐったりのびて白目をむいている皇帝ペンギンを眺めつつ。
「やれやれ、せっかくのワインが台無しになってしまった。カナデ、すまないが新しいのを頼むよ。それからお客人、じきにうるさい連中が駆けつけてくるだろうから、いまのうちに、な」
人が集まる前にこの場を立ち去ることを勧められた仮面にローブ姿の人物は、無言のまま会釈をしたのちに、音もなく貴賓室より姿を消した。
◇
第二試合の後、またしても大会は中断。
壊れた石舞台の整備および、床にぶすぶす刺さりまくっている危ないクギを撤去するため。
こうも度々の中断では客席から不満の声があがりそうなものだが、意外にも観客たちからは好評。トイレ休憩や買い出しにちょうどいいし、良くも悪くも心臓に悪い試合展開が続くもので、観ている側もけっこうドキドキハラハラしてしんどい。ましてや巻き添えの危険性も多分にあると判明してからは、なおさらである。
「特別貴賓室ですらもがアレだ。一般席なんて、うっかり油断していたらマジでタマをとられるぞ」
試合を観るのにも命懸けとまでは言わないが、それなりの覚悟が必要との意識が客席に自然と芽生える。よってちょくちょく休憩を挟んでくれた方が気が休まってありがたい。
◇
試合終了直後に大会運営本部から呼び出しを喰らったおれは、偉い人たちに連れられて赤鬼の長のところに頭を下げにいくハメに。
しかし当の桜花朱魅はなんら機嫌を損ねるでもなく、恐縮しっぱなしの動物界の重鎮たちに「いやはや勇壮な戦いっぷり、感服しましたよ」と優しい声をかける余裕さえみせる。
おれもまたお偉いさんたちといっしょに頭を下げていたのだが、そのときにチラリと室内の様子に目を走らせる。
まぁ、爆撃を受けたみたいな惨状は当然として、壁際に控えているカナデも別にかまわない。彼女は社長のお供なのだから。
ただちょっと気になったのが、床の隅に転がっているひび割れたグラス。中身は零れてしまっているものの、ほのかに漂っているのはキツめのアルコール臭。入っていたのはウイスキー類と思われる。
では、このグラスを使っていたのは誰か?
桜花朱魅はちがう。彼女の口からはワインの香りがしている。
おれが知る限りではカナデはチューハイとかカクテルなどの軽めの酒しか飲めなかったはず。もっともペアを解消してからずい分と時間が経っているから、現在もそうとは限らないが、どうにもしっくりこない。
となれば、第三者がここにいた可能性もアリか……。
なんぞと考えているうちに、謝罪タイムは終了。
おれたちはお暇することになる。
その際、おれはあえて一番最後に貴賓室をあとにするようにして、思い切って桜花朱魅に声をかけた。
「なぁ、聚楽第の連中、何と言ってあんたを姫路くんだりにまで引っぱり出したんだ?」
ズバリ切り込む。
ひょっとしたら的外れなのかもしれない。だがとぼけられるにしろ、ハズレにしろ、今後の指標の一助にはなるはず。おれはそう判断した。
まぁ、もっともらしい理屈を並べたが、ようはダメ元である。かんちがいならば、それはそれでかまわない。
が、意外にも桜花朱魅はあっさり彼らとの関係を認め、白状する。
「なんでも『おもしろいオモチャを見せてくれる』とか」
あいにくとそれ以上のことは桜花朱魅も知らないという。
「でもキミが大会に出場すると聞いて食指を動かしたのもウソじゃない。なにせ私としては尾白くん以上に興味のあるオモチャはないからねえ」
赤鬼の長から流し目にてそんな台詞を言われたおれは、あわてて退散した。
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