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299 獣王武闘会 第一試合 後編
しおりを挟む歴代当主の阿呆の血が祟っての放蕩三昧。先祖のツケがどっと押し寄せたせいで、凋落著しい淡路の芝右衛門の子孫である洲本家とはちがって、平の家はとってもお金持ち。土地持ち、山持ち、寺社持ち、船持ち、その他にもいくつもの事業を手がけており四国では知らぬ者なしというお家柄。
ゆえに平多紀理(たいらたぎり)はなんちゃってではなくて、正真正銘のお嬢さま。そして天は彼女に武才をも授けた。
屋島蓑山流四十八霊の道場において若くして存分に己が武才を示した平多紀理。
ゆくゆくは華々しく動物界に乗りだし伝説を築くつもりだった。
だが、そんな彼女の計画に水を差したのが誰あろう、高月の地に住むちんくしゃ豆タヌキ……。
「このわたくしを差し置いて伝説の継承者? 笑わせないでちょうだい。いいでしょう。獣王武闘会においてどちらが真に伝説と呼ばれるのにふさわしいか、白黒はっきりつけましょう」
との意気込みにて参戦。
いつになく長い紹介アナウンスだった。
どうやらお嬢さま持ち込み原稿みたい。私情込みこみ。なのにそれが許されたのは彼女の実家が大会スポンサーだから。
公然と「ぶっとばす」とケンカを売られた芽衣なのだが、そのときあいにくと彼女はトイレに行っており挑発を聞き逃すことになる。
一方で目の前にいるのにもかかわらず、まるで眼中にないという失礼な態度を平多紀理からとられたのは、裏千社の大将である出灰桔梗(いずりはききょう)。
かつて己が身につけた武を試したいという想いの果てに、芽衣に戦いを挑み、惜敗し、友となった間柄。
お友だちをバカにされて因縁をつけられたとあって、内心では怒りがふつふつ。
しかしそこは呉服店「阿紫屋」の一人娘にして、高月南高校の白薔薇の君。静かな水面のように、表情を崩すことはない。
◇
かつて禍つ風(まがつかぜ)と呼ばれ、夜ごと高月の巷を徘徊しては猛者を相手に辻斬りまがいの行為に手を染めていた出灰桔梗。たおやかな大和撫子の見た目に反して、内には荒神を飼っている。
審判が試合開始を告げたのと同時に桔梗は駆けた。
瞬く間に両者の距離が縮まる。
これを不動のままで迎える平多紀理。
「狐崑九尾羅刃拳、一尾」
初手にて桔梗が放ったのは、一点集中の突き技。手刀にて狙ったのは目。容赦のない一撃。
しかし顔面の、それも目となれば的が小さい。そうそう当たるものではない。
軽く上半身をひねるだけで多紀理はたやすくこれをかわす。
が、それは桔梗も折り込み済み。
相手の上体がわずかに反れた次の瞬間。
「狐崑九尾羅刃拳、二尾」
別名、双竜とも呼ばれる蹴り技。ほぼ左右同時に蹴りが相手へと襲いかかる連撃。
右の蹴りが向かったのは側頭部のこめかみ付近。当たれば一撃で昏倒する。
これを多紀理は己の上腕部分をレールに見立てて、滑らせるようにしてするりと上空へ受け流す。
でもまだ終わりじゃない。左の蹴りが残っている。
こちらが狙うのは多紀理の足下。
目とこめかみと続いた桔梗の攻撃によって、意識が頭部の方へと知らず知らずのうちに誘導されていたところに炸裂した下段蹴り。
しなるムチのような蹴りは硬いケヤキの木すらも折るほどの威力を持つ。それがたしかに多紀理の足首に当たった。
だというのに、あわててその場から身を引いたのは桔梗の方。バク転を三度くり返し距離をとる。
一方で蹴られた多紀理の方はというと、足首を払われた勢いのままにその身がすってん。そのまま横転するのかとおもいきや、軽やかに宙をくるくるくる。
地球儀のように回っていた。
それは異様な動きだった。まるで見えない軸で固定されているのか、はたまた天から見えない糸で吊り下げられてでもいるのか。位置がズレることもなくその場でゆらゆら。重力が存在しないかのよう。
じきにゆっくりとなった回転が止まり、多紀理は何ごともなかったかのようにたたずむ。
「このわたくしに天崩しを使わせるだなんて。あなた、なかなかやりますわね」
屋島蓑山流四十八霊、天崩し。
攻撃をだらりと脱力状態にて受け、喰らったチカラや衝撃を自身の回転運動へと変換することで、打撃を無効化する技。
とはいえ並みの遣い手では、あのように不可解な動きはとれない。
それを可能にしているのは、平多紀理の身に産まれながらに宿っている「重心を見抜く目」と「絶対重心」の恩恵。
重心を見抜く目とは、ありとあらゆる物の重心の位置を即座に把握する目のこと。
絶対重心とは、いついかなるときにも己の中にある重心を的確に捉えて見失わないこと。
拳には拳の中心があり、重心となる位置がある。
蹴りには蹴りの中心があり、重心となる位置がある。
森羅万象、ありとあらゆるモノにそれは存在し、行動するたびに発生する。
これをちょいと小突いてやれば、たちまちバランスを崩してしまう。
それをたやすく見極められるのが平多紀理の天稟であり、実際に可能とするのが屋島蓑山流四十八霊の武。
攻めていた側の桔梗がとっさに後退したのは、敏感に危険を察知したから。
もしもあのまま留まっていたら、多紀理の天稟によってひと息に呑み込まれていたことであろう。
◇
出灰桔梗と平多紀理の戦い。
おれが「どっちが勝つとおもう」とたずねたら、芽衣、トラ美ともに「桔梗の方がかなり分が悪い」と即答。その理由は単純な力量差ゆえにではなくて、戦う石舞台にあるとのこと。
出灰桔梗の本来の持ち味は、遮蔽物が多い屋内や障害物が多い場所などで行う変則的な立体駆動。周囲すべてを足場とし、羽のように軽やかに舞い、ハチのように刺す。
その戦法がここでは使えない。彼女の持ち味を十全に活かせない。
連打による猛攻も閉鎖空間と解放された場所とでは、威力に雲泥の差が生じてしまう。
知り合いだからこそ否応なしにわかってしまう弱点。
だがしかし、おれたちは少々見誤っていた。
芽衣やトラ美たちが獣王武闘会に合わせて修行をしてきたように、桔梗もまた座して大会を迎えたわけではなかったのである。
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