おじろよんぱく、何者?

月芝

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288 因幡白兎

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 いやはや、子どもの証言だからって頭ごなしに疑ってかかるのはダメだね。
 今回の件でおっさん探偵は猛省したよ。だって捕まえてみたらマジで怪獣なんだもの。

 襲ってきたアリゲーターを返り討ちにして捕獲。
 その処遇をめぐって話し合うが、三人そろっても文殊の知恵とはいかない。
 なにせ珍獣とタヌキとカラスの組み合わせなのだから。
 いい折衷案が浮かばない。
 話がまとまらない分だけイライラばかりが募る。

「尾白探偵事務所としては依頼をきちんと遂行した。ナゾの怪獣の正体を解明し、捕獲までしたんだからな。だからあとはそっちの領分だ」

 おれは真っ当な主張を展開しながらアリゲーターの横腹をつま先でコツン。
 しかしカラス女は渋い表情にて首を縦にふらない。

「こんなデカぶつ、押しつけられてたまるか。あー、手続きがややこしい、めんどうくさい。おっ、そうだ! こっそりどこぞのワニ園にでもまぎれ込ませてこい。なぁに、一匹ぐらい増えたってバレやしないさ。それがダメならいっそのことひとおもいに……。そうすれば知り合いの卸業者に引き取らせるから」

 どこまで本気かはわからない。無茶をほざきながらカラス女はアリゲーターの腹をぐりぐり踏む。

「それはあんまりです。……ところでいくらぐらいになるんですか?」

 芽衣はカラス女からこっそり卸値の相場を耳打ちされ、俄然目の色をかえた。
 六対四ぐらいでタヌキ娘は殺る気に傾いているっぽい。その証拠に芽衣はツンツン小突くのをピタリと止めた。おそらく皮が無用に傷つき買い取り価格が下がることを懸念してのこと。

「シクシクシクシクシクシクシクシク……」

 いつの間にか目が覚めていたアリゲーターが仰向けに倒れたままで泣いている。
 そりゃあ寄ってたかって小突かれては「バラせ」だの「卸値はいくら」だなんぞと物騒なことを聞かされたら、誰だって涙が零れちゃうというもの。

 さめざめと泣くアリゲーター。「まあまあ」と慰めるタヌキ娘。
 どうにかなだめて事情を聞き出したところによれば、彼女の名前はミントちゃん。さるお金持ちの家で飼われていた箱入り娘とのこと。

「どうしてそんないいところの子が高月のシケた池なんかにいるんだよ。家運が傾いて面倒がみきれなくなったのか?」

 調子のいいときに金にあかせて飼ったものの、景気が悪くなったらたちまちポイッ。
 ペット業界ではわりとよくある話。
 しかしおれのこの言葉に「そんなことありえませんっ!」と目くじらを立てたミントちゃん。

「わたしとハクトくんはずっといっしょだったんですもの」

  ◇

 ミントちゃんが飼われていたお宅は因幡家といい、お父さんが若くして事業に成功し立派な身代を築く。夫婦仲も良好にて一粒種である息子にも恵まれた。
 ご両親は子どもに「白兎(はくと)」と名づけ、それはそれは溺愛する。
 そんな息子が三歳のときのこと。
 両親から「お誕生日プレゼント、何が欲しいかな」とたずねられて息子は「ワニさん、ぼく、おっきなおっきなワニさんがほしいの」と答えた。当時、ハクトくんが夢中になって読んでいた絵本の影響である。
 ここで普通の親ならば、息子を動物園に連れて行ったり、大きなワニのぬいぐるみとかでお茶を濁したことであろう。
 しかしそこは傑物であったがゆえに、やることもまた豪快だった。

「ほら、ハクト、おまえの欲しがっていたワニだ。いまはまだこんなに小っちゃいけど、すぐに大きくなるぞ。だから大切にしてあげるんだ」
「ハクト、あなたはこの子のお兄ちゃんになるんだから、しっかりお世話をしてあげるのよ」
「やったー! ありがとう、パパ、ママ、大好き。それからキミもよろしくね。そうだ、キミにも名前をつけてあげないとね。うーん、そうだなぁ。とてもキレイな緑色。まるでミントの葉っぱみたい。だからキミの名前はミントにしよう。よろしくね、ミント」
「キュイキュイ」

 本物のワニをプレゼントする親も親だが、それをあっさり受け入れる子も子。
 傑物の子もまた傑物であった。
 かくして因幡家に新しい家族が加わった。

 事業はひたすら右肩上がりにて絶好調。周囲が恥ずかしくなるほどに夫婦仲はますます熱々。光と愛情たっぷりの家庭にて子どもとワニはすくすく育つ。じきに母は待望の第二子を身ごもる。まさに順風満帆そのものであった。

 しあわせな時間。その終わりはあまりにも唐突。
 身重の母を病院へと送る道すがら、父が運転するクルマが多重事故に巻き込まれてしまったのだ。
 これによって夫婦とお腹の子はそろって天国へと旅立つ。
 あとに一人残されたハクトくん。
 悲しみと孤独に打ち震える少年。
 追い打ちをかけるようにして群がるのは金の亡者ども。
 しかしハクトくんは負けない。涙をぬぐい、キッと顔をあげ懸命に試練へと立ち向かう。
 そんな彼の隣につねに寄り添い、ココロの支えとなっていたのがミント。
 ミントもまたひそかに誓う。「この子を必ず守り抜く」と。
 だがしかし……。

  ◇

「ここのところ連中のやり口が強引になってきて」

 ミントちゃんによれば、はじめのうちはどうにかハクトくんを懐柔し、まんまと後見人におさまることで、ちゅうちゅう甘い汁を吸おうとしていた親族ども。
 しかしそんな魂胆はすっかりお見通しの聡明なハクトくん。これをのらりくらりとかわし、時にきっぱり拒絶する。
 子どもと侮っていたらおもいのほかに手強い。このままでは……。
 と焦る親族ども。
 そのうちに自分の尻に火がついたのか、手段がより短絡的かつ悪辣になってきた。ときには無頼の徒を雇い数や暴力に訴えることさえも。
 しかしハクトくんには最強のボディガードであるミントがいる。
 体長三メートル越えのアリゲーターが「ガオー」と吠えて、ちょいと本気を出せばチンピラ風情なんぞは尻尾のひと薙ぎにて苦もなく追い払える。事実、これまでもそうやってしのいできた。

 ある日のことだ。
 いつものように食事をすませたミントは、強烈な眠気に襲われる。
 そして目覚めたら、まるで見知らぬ池の中にいた。
 ずっと屋敷内にて人に飼われてきたがゆえに、外の世界のことは何もわからない。
 ハクトくんが心配だけれどもここは池という閉じられた空間、どこにも行けない。
 心労と焦りが心身を蝕むうちにお腹がぐぅと鳴る。
 しかしミントは箱入り娘。狩りの仕方もさっぱりにて、魚一匹獲れやしない。
 じきに本格的な飢えにあえぐようになる。かといって池のほとりをウロウロしている子どもを襲おうとは思わなかった。なぜならハクトくんと共に育ってきた彼女にとって、子どもとは守るべき絶対の存在だからだ。

「……そのわりには、おれに対しては容赦がなかったような」
「それは、これならギリオッケーかなぁって。テヘ」

 ジト目のおっさんにミントちゃんは舌を出してテヘペロ。
 くっ、ムカつく。


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