279 / 1,029
279 イノブタの野望・動乱
しおりを挟む厳重な見張りがついており、縛られ身動きもままならない。
廃屋の薄暗い中、時間の経過がわからず募るのは焦燥ばかり。
クソっ、イノブタの女王が立ち去ってからどれくらいの時間が経った? 差し込む明かりの色からして、まだ日中であることはわかるが……。
不意に見張りの者が猪首を動かす。鼻先をスンスン。
廊下の向こうから姿を見せたのは一頭の牝のイノブタ。毛艶がいい。まだ若い個体だ。
「これはフキさま。どうかなされましたか」
「お役目ご苦労さまです。こちらは母よりの労いの品です。少しならばわたしが見張りを引き受けますから、その間にどうぞお召し上がりなさい」
差し入れは、ふかしたイモが三つ。
「おぉ、こいつはありがたい。では」
感謝を述べつつ喜色を浮かべてさっそくガツガツ。勢いよく美味しそうにイモを頬張る見張りの者。
その姿をしばし眺めていた牝のイノブタ。おもむろにおれの方へと近づいてくる。
あわててこれを止めようとした見張りの者。だがしかし、その瞳がトロンとしており、まぶたがいまにも閉じそう。カラダも右へ左へと舟を漕いでおり、じきんバタンと倒れてグースカいびきをかきはじめてしまった。
「さすがは人間の作った睡眠薬ですね。よく効きます」
つぶやいた牝のイノブタは寝ている見張りの者は放置して、おれの手足を縛るヒモをほどきにかかる。
「キミは誰だ? どうしておれを助ける?」
「わたしは富貴、土鍋牡丹の娘です。お願いです、尾白さま。どうかみんなを、母を止めて下さい。このままではきっと取り返しのつかないことになる。多くの同胞の血が流れてしまう」
ただいまイノブタたちによる侵攻作戦が行われている真っ最中。
土鍋富貴(どなべふき)から現状の詳細を聞かされておれは愕然となる。
想像していたよりも、女王牡丹が率いるイノブタ軍の動きが周到かつ迅速だ。なおかつ規模もずっと大きい。
しかも本電撃作戦の成功いかんによっては、外様組も駆けつける手筈となっているとは恐れ入った。
淡路島で起こった動乱。
これを機に全国のイノブタどもが呼応し、各地の養豚所や牧場などを襲撃しつつ、数を膨らませて続々、国産みの神話が残るここ淡路島に集結する。
岡山県は倉敷と四国の香川県をつなぐ十もの橋の総称である、瀬戸大橋。
サイクリングコースとして大人気。広島の尾道を起点とし、瀬戸内の島々を七つの橋でつないだ、しまなみ海道。
四国と淡路島の間に横たわる渦潮をまたぐようにかかっている、大鳴門橋。
人類の叡智の結晶であり全長三千九百十一メートルにもおよぶ最強の吊り橋、明石海峡大橋。
これに日ノ本中を血管のごとく津々浦々にまで整備された高速道路が加われば、まさに鬼に金棒。大軍勢の合流はけっして不可能じゃない。
くそっ、てっきり山や森に入り込んだ人間どもを襲って追い返す程度かと考えていたのに……。あの女王さま、本気で国盗りを仕掛けるつもりだ。たいした指揮統率力である。
とはいえやはりケモノの浅知恵だ。
本気で人間相手の戦争に勝てると思っているのか?
人間たちがことの深刻さに気がついて、本格的に対処へと動き出したら、もう手遅れとなる。
止めるのならば、まだボヤのうちである今を置いて他にはない。
「キミのお母さんは、女王の土鍋牡丹はいまどこに?」
「母ならばいま岩上さんのところにいるはずです。追い詰めた猟友会にトドメを刺すべく陣頭指揮をとっているかと」
狩りのために意気揚々と山へ分け入った猟友会のメンバーたち。
手ぐすね引いて待ちかまえていたイノブタたちから襲撃され、ほうほうのていで逃げ込んだ先が地元民から「岩上さん」の愛称で呼ばれている岩上神社のある山。
高さ十二メートルほどもある鶏卵型をした巨岩「神籬石(ひもろぎいし)」を頂きに祀る信仰の地。
歴史はとにかく古い。神社は室町の時代に創建されたが、それ以前の古来より神聖視され、祭祀において重要な役割をはたしてきた場所でもある。
一時期、地元の人間でもめったに寄りつかずに閑古鳥が鳴いていたが、近年のパワースポットブームにてぼちぼち来訪者が増えている。なお参拝料は無料。
巨岩へと通じる石段をおっちら上ったところからの景観はなかなかの穴場スポット。
岩上さんは四方を急斜面に囲まれ、出入り口は正面鳥居に通じる坂道ひとつきり。
攻めるに難く比較的守りやすい天嶮。
たまたまか、それとも意図して逃げ込んだのか。
もしも後者であれば猟友会のメンバーの中にかなり優秀な人物がいるはず。
ならばきっとまだ間に合う。
拘束を解かれて自由になったおれは、すぐさまジャケットの内ポケットから愛用のガラケーを取り出し、パカンと開く。
が、画面にアンテナは立っておらず圏外表示。
ちっ、危惧していたことが当たりやがった。電波が届いていない。こうなっては文明の利器も役立たず。
とにもかくにも、まずは外に出て自分の居場所を確認しないことには始まらない。
立ち上がったおれに「尾白さま、こちらです」と案内を申し出る富貴さん。
彼女に導かれるままに廃屋の裏手からまんまと脱出に成功する。
しかしまだアンテナは立たない。あちこち背伸びしたり腕をかざしてみたがダメだった。
グズグズしていたら追手がかかる。いったんあきらめて先を急ぐ。
鬱蒼とした森の中、ケモノ道を富貴さんに連れられるままに進む。
道行きの途中、何頭かイノブタが出現しビクリとさせられるも、それは味方であった。
どうやら今度の一斉蜂起、イノブタのみながみな賛同しているわけではないようだ。
◇
ようやく森を抜けた先は農道。
建物がある方へと向かうと、それはタバコ屋であった。
とはいえとっくの昔に廃業しており人の気配は皆無。だが自動販売機は生きており、さらにはカウンターに置かれたピンクの公衆電話も生きていた!
すぐに小銭を投入し、電話をかけた先は洲本家。
しかしなかなかつながらない。
イライラしながらおれはタバコに火をつける。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
夜明けのレガリア ―光と影の双子の公女―
みるくてぃー
ファンタジー
歴史上大陸全土を救ったと言われている聖女を生んだ国『聖王国レガリア』
ある日突如押し寄せてきた帝国軍に、西の公爵が光り輝く槍を持って対峙するが味方の裏切りにより大敗する。
一人娘の公女ミレーナは二人の騎士と一人のメイドと共に脱出するが、逃げる道中一人の騎士を犠牲にしながら遂に暗闇の森の中で帝国兵に追いつかれ囲まれてしまう。
自分の為に命を落としていく仲間たちに次第に心が挫けるが、それでも己を奮い立たせながら立ち向かっていく。
やがて反撃の狼煙を上げ心身ともに成長していく少女と、それを蔭から支える為に全てを投げうった一人の女性の物語。
あやかしのエリートのみが通う学園への入学許可が出たそうです。私は、あやかしってことになるのでしょうか……?
珠宮さくら
キャラ文芸
あやかしと人間が共存共栄している世界で、宮瀬カレンにはあやかしの特徴が見当たらず、人間の面が強いのだろうと思って、比較的あやかしの少ない地区の孤児院でひっそりと暮らしていた。
両親が、あやかしの異能を持っている人たちだったのかすら覚えていないカレン。彼女が物心つく頃に亡くなっていて、天涯孤独の身の上となっていることもあり、ご先祖にあやかしがいたとしても一般的なあやかしだろうと自他ともに思っていたのだが、どうも違っていたらしい。
あやかしのエリートのみが通うことの出来る“あやかし学園”に通うことが許されたことで、あやかしの部分が、カレンは強いのだとわかるのだが……。
追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした
チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
C-PTSD~Barter.3~
志賀雅基
キャラ文芸
◆恨みを捨てて/貴女は人生を愉しんで/大丈夫/僕の幸せは僕が許さないから◆
キャリア機捜隊長×年下刑事のバディシリーズPart3[全52話]
天才スナイパーであり嵌められて暗殺をしていた過去を引きずる刑事の前に現れた女子高生は、かつて射殺した商社会長の孫だった。その刑事・京哉は上司でありバディでパートナーでもある霧島に随分と癒されていたものの、女子高生の「わたし見たの」なる科白で始まった復讐と共に、京哉の心に亡霊が蘇る。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
月にのぼった野ねずみの一家~シャルル・ド・ラングシリーズ2
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
野ねずみの一家の主婦・コレットはある日、白昼に浮かぶ白い月の中に亡き息子ギィの姿を見つけ仰天する。これは奇跡だと確信し、夫アルマンとギィの双子の弟ジェラルドと共にギィに会いにいく旅に出かける。だが白い月はとても遠くて途中眠っている間に夜になり、白い月は消えてしまう。そんな時、人間のテリトリーであるはずの公園で優雅にティータイムを楽しむ一匹の猫を見つける。その猫はタキシードを着てシルクハットを被り、金の石のついたステッキを持った不思議な猫だった……出逢った者たちを幸せに導く不思議な猫・シャルル・ド・ラングの物語第二弾。
政略結婚のハズが門前払いをされまして
紫月 由良
恋愛
伯爵令嬢のキャスリンは政略結婚のために隣国であるガスティエン王国に赴いた。しかしお相手の家に到着すると使用人から門前払いを食らわされた。母国であるレイエ王国は小国で、大人と子供くらい国力の差があるとはいえ、ガスティエン王国から請われて着たのにあんまりではないかと思う。
同行した外交官であるダルトリー侯爵は「この国で1年間だけ我慢してくれ」と言われるが……。
※小説家になろうでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる