おじろよんぱく、何者?

月芝

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279 イノブタの野望・動乱

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 厳重な見張りがついており、縛られ身動きもままならない。
 廃屋の薄暗い中、時間の経過がわからず募るのは焦燥ばかり。
 クソっ、イノブタの女王が立ち去ってからどれくらいの時間が経った? 差し込む明かりの色からして、まだ日中であることはわかるが……。

 不意に見張りの者が猪首を動かす。鼻先をスンスン。
 廊下の向こうから姿を見せたのは一頭の牝のイノブタ。毛艶がいい。まだ若い個体だ。

「これはフキさま。どうかなされましたか」
「お役目ご苦労さまです。こちらは母よりの労いの品です。少しならばわたしが見張りを引き受けますから、その間にどうぞお召し上がりなさい」

 差し入れは、ふかしたイモが三つ。

「おぉ、こいつはありがたい。では」

 感謝を述べつつ喜色を浮かべてさっそくガツガツ。勢いよく美味しそうにイモを頬張る見張りの者。
 その姿をしばし眺めていた牝のイノブタ。おもむろにおれの方へと近づいてくる。
 あわててこれを止めようとした見張りの者。だがしかし、その瞳がトロンとしており、まぶたがいまにも閉じそう。カラダも右へ左へと舟を漕いでおり、じきんバタンと倒れてグースカいびきをかきはじめてしまった。

「さすがは人間の作った睡眠薬ですね。よく効きます」

 つぶやいた牝のイノブタは寝ている見張りの者は放置して、おれの手足を縛るヒモをほどきにかかる。

「キミは誰だ? どうしておれを助ける?」
「わたしは富貴、土鍋牡丹の娘です。お願いです、尾白さま。どうかみんなを、母を止めて下さい。このままではきっと取り返しのつかないことになる。多くの同胞の血が流れてしまう」

 ただいまイノブタたちによる侵攻作戦が行われている真っ最中。
 土鍋富貴(どなべふき)から現状の詳細を聞かされておれは愕然となる。
 想像していたよりも、女王牡丹が率いるイノブタ軍の動きが周到かつ迅速だ。なおかつ規模もずっと大きい。
 しかも本電撃作戦の成功いかんによっては、外様組も駆けつける手筈となっているとは恐れ入った。
 淡路島で起こった動乱。
 これを機に全国のイノブタどもが呼応し、各地の養豚所や牧場などを襲撃しつつ、数を膨らませて続々、国産みの神話が残るここ淡路島に集結する。

 岡山県は倉敷と四国の香川県をつなぐ十もの橋の総称である、瀬戸大橋。
 サイクリングコースとして大人気。広島の尾道を起点とし、瀬戸内の島々を七つの橋でつないだ、しまなみ海道。
 四国と淡路島の間に横たわる渦潮をまたぐようにかかっている、大鳴門橋。
 人類の叡智の結晶であり全長三千九百十一メートルにもおよぶ最強の吊り橋、明石海峡大橋。
 これに日ノ本中を血管のごとく津々浦々にまで整備された高速道路が加われば、まさに鬼に金棒。大軍勢の合流はけっして不可能じゃない。

 くそっ、てっきり山や森に入り込んだ人間どもを襲って追い返す程度かと考えていたのに……。あの女王さま、本気で国盗りを仕掛けるつもりだ。たいした指揮統率力である。
 とはいえやはりケモノの浅知恵だ。
 本気で人間相手の戦争に勝てると思っているのか?
 人間たちがことの深刻さに気がついて、本格的に対処へと動き出したら、もう手遅れとなる。
 止めるのならば、まだボヤのうちである今を置いて他にはない。

「キミのお母さんは、女王の土鍋牡丹はいまどこに?」
「母ならばいま岩上さんのところにいるはずです。追い詰めた猟友会にトドメを刺すべく陣頭指揮をとっているかと」

 狩りのために意気揚々と山へ分け入った猟友会のメンバーたち。
 手ぐすね引いて待ちかまえていたイノブタたちから襲撃され、ほうほうのていで逃げ込んだ先が地元民から「岩上さん」の愛称で呼ばれている岩上神社のある山。
 高さ十二メートルほどもある鶏卵型をした巨岩「神籬石(ひもろぎいし)」を頂きに祀る信仰の地。
 歴史はとにかく古い。神社は室町の時代に創建されたが、それ以前の古来より神聖視され、祭祀において重要な役割をはたしてきた場所でもある。
 一時期、地元の人間でもめったに寄りつかずに閑古鳥が鳴いていたが、近年のパワースポットブームにてぼちぼち来訪者が増えている。なお参拝料は無料。
 巨岩へと通じる石段をおっちら上ったところからの景観はなかなかの穴場スポット。
 岩上さんは四方を急斜面に囲まれ、出入り口は正面鳥居に通じる坂道ひとつきり。
 攻めるに難く比較的守りやすい天嶮。

 たまたまか、それとも意図して逃げ込んだのか。
 もしも後者であれば猟友会のメンバーの中にかなり優秀な人物がいるはず。
 ならばきっとまだ間に合う。
 拘束を解かれて自由になったおれは、すぐさまジャケットの内ポケットから愛用のガラケーを取り出し、パカンと開く。
 が、画面にアンテナは立っておらず圏外表示。
 ちっ、危惧していたことが当たりやがった。電波が届いていない。こうなっては文明の利器も役立たず。
 とにもかくにも、まずは外に出て自分の居場所を確認しないことには始まらない。
 立ち上がったおれに「尾白さま、こちらです」と案内を申し出る富貴さん。
 彼女に導かれるままに廃屋の裏手からまんまと脱出に成功する。
 しかしまだアンテナは立たない。あちこち背伸びしたり腕をかざしてみたがダメだった。
 グズグズしていたら追手がかかる。いったんあきらめて先を急ぐ。

 鬱蒼とした森の中、ケモノ道を富貴さんに連れられるままに進む。
 道行きの途中、何頭かイノブタが出現しビクリとさせられるも、それは味方であった。
 どうやら今度の一斉蜂起、イノブタのみながみな賛同しているわけではないようだ。

  ◇

 ようやく森を抜けた先は農道。
 建物がある方へと向かうと、それはタバコ屋であった。
 とはいえとっくの昔に廃業しており人の気配は皆無。だが自動販売機は生きており、さらにはカウンターに置かれたピンクの公衆電話も生きていた!
 すぐに小銭を投入し、電話をかけた先は洲本家。
 しかしなかなかつながらない。
 イライラしながらおれはタバコに火をつける。


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