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270 明石焼き
しおりを挟む土日月と三連休。
芽衣はひさしぶりに淡路島の実家へと帰省することになった。
もちろん来たるべき獣王武闘会に備えるために。
「そうか、修行がんばれよ」
おれは笑顔で手を振り「いってらっしゃい」と送りだす。
しかしその手首をガッシとタヌキ娘に掴まれた。
「何を言ってるんですか、他人事みたいに。四伯おじさんもいっしょに行くんですよ」
いきなりわけのわからないことを口走るタヌキ娘に、おれはキョトン。
「はぁ? ちょ、ちょっと待て! 正真正銘、完全に他人事だろうが。おれ関係ねえじゃん!」
何かと口うるさい助手の居ぬ間、ひさしぶりにのんべんだらり。たっぷりアダルトタイムで命の洗濯をとか考えていたおれはあわてる。
しかし芽衣が提示したスマートフォンの画面を目にするなり、がっくし。
映し出されていたのはメールの文面。
『修行の件は了承した。そうそう、あんたの高月での暮らしぶりや学校のことなんかを秋生や梨歩さんがとても気にしているから、尾白も連れてくるように。では』
秋生と梨歩は芽衣のご両親。
親子は日頃からこまめに電話やらメールでのやりとりはしている。けれども年頃の娘が親に自分にとって不都合な真実をほいほい開示するわけもなく……。
娘のことは愛している。けれどもその言動を丸っと素直に呑み込めるほどには信用していないご夫妻。
だからこそ保護者である、おれこと尾白四伯からじかに話を訊きたいと願うのも当然といえば当然か。
日頃の不義理がよもやのブーメラン。
なにより葵ばあさんからの召喚メールとあっては無視するわけにもいかない。
おれは芽衣と連れだって急遽出立することになった。
◇
高月から淡路島へと向かうにあたって主なルートは三つ。
その一、自動車で高速道路から明石海峡大橋を渡るルート。
その二、電車と高速バスを利用するルート。
その三、電車と船を利用するルート。
断然早いのはその一。
夏休みのお盆シーズンとかで道路が混んでいなければ、それこそ二時間とかからない。
その二は出発時刻と到着時刻がきちんとしているので、乗り継ぎにさえ手間取らなければ、まず予定通りに目的地に到着できる。よほどの暴風にて橋が通行止めにでもならなければ、三時間少々といったところか。
もっとも時間がかかるのがその三のルート。
電車で明石まで行き、駅から船着き場までだらだら十分ほど歩く。そこから連絡船に乗って海を渡る。
明石海峡大橋が出来るまではみんなその三の経路を使っていたものだが、橋のおかげで今では利用客がかなり減った。ついにはフェリーも廃止に追い込まれた。でも連絡船は地元民の足として今も健在。
しかし海の上を征くがゆえにスムーズに行けるかどうかは、お天気と波の機嫌次第。
今回の帰省におれたちが選んだルートはその三。
理由は「ひさしぶりに本場の明石焼きが食べたい」から。
小麦粉とタマゴと出汁を溶いた生地で作られたぷるんぷるん、ゆるゆるのタコ焼きを出汁にくぐらせハフハフ食べる。タコ焼きのご先祖さまとされる郷土料理。
明石といえば、とにもかくにもタコが有名。
淡路島と本土との間の海。そこの荒波でもまれたタコたちは、とにかく身が引き締まっており、ぷりっぷり。エサも豊富で発育がすこぶる良い。
そいつを使った明石焼きを食べずして、明石焼きを語ることなかれ。
◇
ひさしぶりに来た明石駅は、そりゃあたいそう立派になっていた。
北の山側にある明石城は観光地としてよく整備されており、南の海側にある商業地区は近代化しまくり。
キレイな駅に、キレイな駅ビルに、キレイな商業ビルに、整ったバスロータリーに駅前道路……。
「ほんの数年でえらくかわったよなぁ。昔はしょぼい駅ビルデパートもどきと放置自転車の山だったのに。こういうのを目にすると『やっぱり人間すげえ』って思うわ」
おれは感心するとともにちょっぴり残念な気持ちとなる。
だってやればできる子なのに、なかなか本気にならない人間たち。そのムラっけの多さときたらもう。本当にもったいないよねえ。
キョロキョロ、景色の変化に戸惑いつつも船着き場方面に向かう。
途中、びゅんびゅん自動車が行き交う大通りの横断歩道にて信号待ち。
「放置自転車の話なら地元のお年寄り連中からも聞いて知っていますけど、そんなにひどかったんですか、四伯おじさん」
「おうとも、すごいのなんのって。あれだけの数、いったいどこから集めてきたのかよってぐらい、見渡すかぎり自転車がびっちりみっちり。それがいまではずいぶんとスッキリしちゃって、まぁ」
かつては駅を包囲するかのように群がっていた放置自転車が、いまでは影も形もない。
やむにやまれぬ理由にて誰かが路上駐輪したとて、あっという間に回収されてしまう。
あらためて「あの頃はごちゃ混ぜの雑多な時代だった」と過去をふり返りつつ、おっさんは横断歩道を渡る。
そのあとをちょこちょこタヌキ娘がついてくる。
◇
すっかり近代化したのかと思えば、海へと近づくほどに懐かしい街並みへとタイムスリップ。
「こっちにはあまり再開発の手がおよんでないな。商店街の周辺はあんまりかわってない」
「それでも一時期に比べたら、ずいぶんと人の姿は減りましたよ」
かつては荷揚げされる海の幸を求めて、買い物客や仕入れ業者が大勢押し寄せていた商店街も、いまでは自転車でスイスイ抜けられる程度のにぎわいに落ちついている。シャッター街に成り下がっていないだけ上出来か。
それらを横目に適当なのれんをくぐるおれと芽衣。
もちろん待望の明石焼きを食すためだ。
注文すると、ほんの十分ほどでテーブルに運ばれてくる品。
なだらかな傾斜を持つ朱色の板に載せられ運ばれてきた、明石焼き。
では、いざ実食。
一人前十五個。お値段五百九十円なり。
原材料やら燃料に人件費が高騰しているいまのご時世としては、かなり良心的な価格におれは内心で驚きを禁じ得ない。
切りの悪い数字にあえて踏みとどまっている。そこに店主の意地が垣間見える。
あっぱれ。店主の心意気に感謝しつつ、まずおれは出汁の入った椀に口をつけてぐびり。
やや濃いめだが、すっきりとしたあと味。それでいて鼻にぬける香りが風味豊か。温度はややぬるめの人肌。
人によっては熱々を好むらしいが、おれはこれぐらいが丁度いい。
なぜなら明石焼きを浸すと、ほどよく冷めてヤケドを気にしなくていいから。
最初の五個はオーソドックスに出汁につけて味わう。
ふわふわの生地、中に入っているタコのサイズも絶妙。下処理もきちんとされており、歯ざわりがいい。店によってはやたらとジャンボなタコを使用していることを売りにしているところもあるが、あれはおれ的にはナシだ。なにごともバランスが大事。くちゃくちゃガムのごとく、タコだけがいつまでも口の中に居座るのがおれにはどうにも我慢ならない。
舌が味に慣れ、やや飽きがきたところでおもむろにテーブルに備えつけられてあるソースを塗る。その数は五。
中盤はあえて出汁をつけずに、ただのタコ焼きとして食す。
いわゆる味変というやつだ。
いよいよ終盤。
残りは五個。
三個にソースを塗り、これを澄んだ琥珀色の出汁につけていただく。
洗練された出汁文化への冒涜? ふふふ、そんなことは百も承知。だがあえて禁を犯す。その背徳感を楽しみつつ、いけない食べ方に舌鼓を打つ。
残るはあと二個。
そろそろ至福の時間が終わろうとしている。名残りを惜しみつつ初心にかえって本来の食べ方で胃におさめる。
最後に椀の出汁をいっきに飲み干し完食。
これがおれ流の明石焼きの味わい方。
こだわり?
よせやい。そんなんじゃねえよ。
ただおれは、ほんの少し他の連中よりも明石焼きが好きなだけさ。
余韻と感慨に耽るおれ。
その隣にはすでに五人前をペロリと平らげているタヌキ娘がいた。
情緒もへったくれもありゃしない。
これだから近頃の若い娘ときたら……。
おれはこっそりサイフを取り出し中身を数えながらタメ息ひとつ。
するとほんのり出汁の芳醇な残り香が、ふわん。
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