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260 ゾウとタヌキ
しおりを挟む蹴りの間合いをつぶされ、懐に入られた。
迫るトラ女の剛拳。
これを前にして膝を跳ねあげたキリン女。しかし迎え撃つのではなくて、大きく斜め前方へと踏み出す。高身長に長い股下、その歩幅は二メートルを超える。
必殺の拳を間一髪で避けることに成功した鈴木夏帆。ここでおもむろに両腕をのばす。ひしと掴んだのはトラ美の両肩。
頭や首を掴んでの抱え込みからの膝蹴りではなくて肩?
それも蹴り技が主体であるはずの闇陀琉枝蛙蹴撃術が組み技?
いいや、ちがう!
この局面で鈴木夏帆が放ったのは対零距離用の隠し玉。
「闇陀琉枝蛙蹴撃術、熱禽虞(ねっきんぐ)」
キリンのオス同士がメスをとり合うとき、互いの首で殴り合って勝敗を決する。
この行動をネッキングという。
その名を冠するこの技は、強靭な首としなやかな上半身の筋肉を存分に使いぶるん、大きく振るって激烈な頭突きを敵に見舞うというもの。
しかしこのネッキングという行動。本来であればオスが行う武威。それをメスが、それも人化けの状態にて行ったとてさほどの威力は期待できまいと思われがちだが、さにあらず。
通常、オスのキリンは背の高いところの葉を食べ、メスのキリンは少し低いところの葉を食べる。その際にメスは首をややひねって高さを調整する。
つまりメスのキリンの首はオスのそれよりもずっと柔軟性があり、なおかつ細かい操作が可能ということ。
大雑把な一撃ならばオスに軍配があがる。でも狙いすました一撃ならばメスの方がずっと上。ましてや武芸を収めた者ならば、それは十全以上となり必殺技と成りうる破壊力を有す。
鈴木夏帆がトラ美の両肩を押さえたのは、より確実に技を当てるためであり、さかのぼれば彼女が額当てを装備していたのも、この事態を見越してのこと。布石は最初から打たれていたのだ!
一方で突進から全力の拳を空ぶった直後、隙だらけのトラ美にこれから逃れる術はない。
脳天に鈴木夏帆の首が振り下ろされたが最後、それで勝敗は決するはず。
この時、トラ美が進めるは道は三つあった。
その一、腕をかざして防ぐ。
その二、身をよじって致命傷は避ける。
その三、どうにか対抗する。
とっさにトラ美が選んだのは三番目。
腰をやや下げ、すぐさまトラ美はアゴをひき、思いっ切り跳ねた。
よもやの頭突きには頭突きで対抗!
これには鈴木夏帆もギョッとなる。いままさに頭にハンマーを振り下ろされそうなときに、自分から向かうなんてどう考えてもまともじゃない。それを躊躇なく行うだなんてイカれてる!
臆することなく死中に活を求める者。
ほんのわずかながらに怯んだ者。
武人としての心の在り方が明暗を分けた。
両者の最後の攻撃が交差するとき、勢いのままに一寸(三センチぐらい)ほど突出したトラ美の額が鈴木夏帆の左頬にめり込み、熱禽虞なる技は不発!
「そんな……バカな……」
カウンター気味にヘディングが炸裂。まともにこれを喰らった鈴木夏帆、呆然と地面に倒れ伏し動かなくなった。
これを見下ろしトラ美がつぶやく。
「頭突きなら以前に強烈なのを喰らったことがあるんでね」
かつて古都の平城京旧跡にてタヌキ娘と存分に殺り合った時のことをトラ美が懐かしみながら、チラリと彼方に目をやれば、その当人が今まさに巨漢と雌雄を決しようとしているところであった。
◇
腕を十字に組んでの突進。
ただそれだけで進路上にいた面々が薙ぎ倒され、吹き飛ばされてゆく。
守備隊の中でも抜きんでた大きさの身体を持つ男の仕業。まるで動く小山のよう。
「おらおら、どうしたどうした。その程度か? ケガをしたくなければ隅っこでおとなしく震えておれ」
低くドスの効いた野太い声。
重戦車のごとき肉の塊が動く。ただそれだけ。
技と呼ぶにはあまりにもチカラまかせ。だが強い。
圧倒的質量と膂力にて次々と銀色の夜明け団の悪童どもを蹴散らしていく。
その足が止まったのは、オカッパ頭のちんまい小娘を前にして。
「ほぅ、お嬢ちゃん、このワシとやる気かい?」
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あまりの凄まじさにいつの間にやら周囲は、二人から距離をとっていた。
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