おじろよんぱく、何者?

月芝

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254 ライオンと探偵

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 おれが岩場で遭遇したライオンの群れ。
 それを率いるライオンキングのハーレムキング。
 本名を野田弥三郎(のだやさぶろう)といい、芸名ジリオンで姫路アニマルキングダムにて住み込みで働いているそうな。
 丁寧なご挨拶を受けて、おれは名刺を渡しつつ事情を説明。
 するといっしょになってフムフムうなづき話を聴いていた牝ライオンの一頭が「たぶんあんたを拉致ったのは、銀色の夜明け団の連中だよ」と教えてくれた。

 銀色の夜明け団。
 ジャッカルの若い連中で構成された集団。
 半グレというほどではないけれども、ちょいちょいヤンチャが過ぎて、大人たちからは「このバカちんどもが!」としょっちゅうカミナリを落とされているが懲りない面々。
 ちなみにジャッカルはオオカミを小さくしたような外見で、ちょっとキツネっぽくもあり、イヌっぽくもあり。自分でも狩りはするが死肉を漁っておこぼれに預かる方が多い。
 そんな連中を姫路白峰はいいようにアゴでこき使っているという。

「へー、ちょっと意外だな。そういった連中が一番嫌いそうなタイプだろう。あの気取り屋の白峰くんは」

 えらそうに他人を見下すボンボン。不良がもっとも毛嫌いしそうな相手。
 おれが率直な感想を口にすると、別の牝のライオンが「あー、それはねえ」と話を引き取る。

「あの子が特別というよりも、すべては姫路家のチカラだよ。なにせホワイトタイガーはうちの施設の看板動物だからね。園側からのあつかいも別格なのさ」

 より厳密にいえばホワイトタイガーではなく、ベンガルトラの白変種。
 天の四方を守る聖獣、東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。
 これらのうちの白虎にそっくりな容姿ゆえに、東洋では特にありがたがられて珍重されている。
 トラは絶滅危惧種。ただでさえ希少なところに加えてホワイトタイガーともなれば、それはもう価値がぐぐんと爆あがり。
 だから大切にするし、これにヘソを曲げられてはたまらないと園側も丁重にあつかう。
 何代にも渡って上げ膳据え膳。周囲からチヤホヤされてご奉仕されまくれば、そりゃあ増長もするし、かんちがいもしようというもの。
 結果としてホワイトタイガーの姫路家は、ここアニマルキングダムでも突出した存在となっている。
 姫路家が黒といえば白も黒に……はさすがに厳しいけれども、灰色ぐらいにはなる程度の権力を保有。

 やんちゃなジャッカルたちにも親兄弟や友人知人たちがいる。
 もしも姫路白峰に逆らって機嫌をそこねたら身内に迷惑がかかるので、しぶしぶ従わざるをえない。「家族なんて知ったこっちゃねえぜ。へへん」と吠えるほどまでには腐っていない銀色の夜明け団。
 あと適当に持ちあげておけば、気前よく遊ぶ金は出してくれるので、ちょっとめんどうくさいATMだとおもえばガマンもできようというもの。

「白峰くんは特に容姿に恵まれちゃったから余計に、ね」
「そうそう。学生時代からけっこう痛かったよ。臆面もなく特注の白い学生服を着て当校したときには、女子一同マジウケしすぎて腹がよじ切れるかと思った」

 群れの中で若い二頭の牝ライオンたちがクスクス思い出し笑い。
 彼女たちは中学まで彼と同窓だったとかで、他にも愉快な姫路白峰伝説をいくつも披露してくれた。
 あらやだあの子ってば、とってもオモチロイ。

  ◇

 のしのし歩く野田さん。
 右へ左へとびったんびったん揺れるライオンのしっぽ。
 そのあとをおれはついていく。
 親切にも野田さんはボディガードがてら、サファリパークの出口まで案内してくれるという。

「係の人を呼んだらすぐに迎えに来てくれるんだろうけど、そうするとおおごとになっちゃうから」

 申し訳なさそうな野田さん。
 おっさんが夜のサファリパークに紛れ込んでウロチョロ。
 露見すれば確実に警察に突き出される案件。そして週刊誌やワイドショーのネタにでもなったりしたら、最悪、安全管理責任を問われて姫路アニマルキングムが休業に追い込まれかねない。

「いろいろムカついているとはおもうけど、ここはひとつ穏便にすませてくれるとありがたい」

 百獣の王が立派なたてがみをだら~り。深々と頭を下げられてはおれも「まあねえ」と頬をぽりぽり、うなづくしかない。
 というか、断ったら七頭の牝ライオンたちがおっかない。
 意地と誇りと怒りと生命、一番に優先すべきはやはり生命であろう。

「うちは気軽な自営業ですからどうとでもなりますが、これだけの大所帯だといろいろありそうですね、野田さん」
「そうなんだよ、そうなんだよ、尾白さん。姫路家の問題をはじめとして大小てんこ盛り」

 姫路アニマルキングダムはサファリパークであるがゆえに、動物たちが自然の中でのびのびと暮らしている生態を展示している。
 とはいえしょせんは人造の箱庭。
 しっかり考えられているとはいえ、すべてを完璧に模して御せるほど自然は甘くない。
 そもそも論としてそんなことが可能ならば、今日の環境問題なんぞはとっくに解決している。
 互いを認め合う目があって、いろんな意見を傾聴できる耳があり 己の想いのたけを発する口を持ち、高度なコミュニケーションツールである文字と言葉を操り、とりあう手と手があるはずの人間同士の組織ですらもが、内部ではトラブルが多発する。
 それが多種多様な動物の集団ともなれば、それこそ雨後のタケノコ。
 客席から眺めればとっても楽しいサファリパーク。
 しかし一歩、舞台裏にまわればけっこうややこしいことが……。

「まぁ、極端な話。適度な自由をとるか、管理下の安寧をとるかなんだけどね。この歳になるとふつうの動物園もそんなに悪くないかなぁって思わなくもないよ」

 野田さん、ちょっとしんみり。
 なんとなく気持ちはわかる。おれも「ですよね」とうなづく。自由に幻想を抱くのは若いうちだけ。ほどほどに枯れてくると「もういいかなぁ」となるもの。
 そのとき近くの繁みがガサリと揺れた。
 びっくりしたおれは「ひゃっ!」と乙女な悲鳴をあげて野田さんに抱きつく。
 ナイトサファリのウォーキングは迫力満点でドッキドキ。
 うぅ、おっさんは早くおうちに帰りたい。


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