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252 春雨はまだ本気を出してない
しおりを挟む大きな円卓。中央にあるのは鮮やかなサンゴ色のターンテーブル。
その上にずらりと並ぶ中華料理たち。
高級食材の代名詞であるフカヒレやツバメの巣の料理はもとより、伊勢海老が逆エビ固めを喰らったような格好をしているエビマヨやエビチリ、こんがりキツネ色の北京ダック、肉がごろごろ酢豚、豚肉とキャベツが奇跡の出会いをはたした回鍋肉(ホイコーロー)、A5ランク和牛を使ったオイスターソース炒め、チンジャオロース、油淋鶏(ユーリンチー)、立派な魚を丸々カラリと揚げた甘酢あんかけ、山と積まれた上海蟹の紹興酒漬け、ぶ厚いあわびのステーキ、大きなあわびのオイスターソース煮、中華ちまき、五目おこわ、炒飯、あつあつ小籠包、蒸し餃子などなど。
はては陶器の壺に数十種類もの乾物に高級食材をこれでもかとぶち込んで、何日もかけて調理。あまりのウマさに修行中のお坊さんもガマンできずに塀を越えて飲みに来るという伝説のスープ料理フォーティャオチァンまで……。
気取り屋の姫路白峰が「自分の行きつけの店だ」と豪語するだけあって、外装、内装、ともに華やか。料理に至ってはご覧の通り。お値段は相応である。
おれはメニューをちらりと見てすぐにそっと閉じた。
例えヤツの奢りとはいえ「零の羅列」と「時価」の文字は心臓に悪い。
だというのにうちのタヌキ娘は一切臆することなく、料理が運ばれてくる端からモリモリ食べる食べる。
「寿司が回ると安っぽく見えるのに、中華だととたんに高級に感じられる。この不可解な現象はどこからきているのでしょうか? ナゾです」
などと言いながらターンテーブルをぐりぐりまわす芽衣。
自分の前に目当ての料理を持ってきては、すかさず箸をせっせと動かす。取り皿片手にこれを手伝うのは早々に自分の食事を終えた玲花。
「芽衣ちゃん、つけ合わせのチンゲン菜はどうする? いらない。わかったー」
いつもはサンドイッチについているパセリすらも喰らうタヌキ娘が、ここぞとばかりに贅沢喰いを堪能している。恐るべき順応速度。
だがおれにはムリだ。だからそのチンゲン菜はおれがいただくとしよう。食べ物を粗末にするのはよくない。生産農家さんに感謝しつつ、しゃくしゃく咀嚼。
おれはチンゲン菜をつまみに、杯の中の紹興酒を舐める。
「うーん、まろやかな香りとふくよかな味。じんわり腹に染みやがる。さすがは十五年モノだな」
「おや、尾白さんはそっちが好みかい。あたいはこっちの十年モノのほうが好きかな。そっちのはすっかり丸くなってるみたいで飲みやすいんだけど、こう、ノドの奥にガツンとこないんだよね」
羅美と差しつ差されつ杯を重ねる。
仲の良さを見せつけながら、なおかつ高い酒の封を次々に開けることにより着実に姫路白峰の精神とサイフにダメージを与える作戦。
効いてる効いてる、ケケケケケ。
だがそんなおれたちの上をいくのが母深月であった。
彼女がせっせと飲んでいたのは中国発祥の蒸留酒、白酒(パイチュウ)。
なんとアルコール度数が五十度越え! ビールが五度ぐらい、キツイ酒とのイメージがあるテキーラですらもがせいぜい四十度程度。
そんなシロモノを涼しい顔をしてグビグビ。
うわばみどころか、とんだ鯨飲!
「あらあら、ふだんはこんなに呑まないのよ」
とのことだが、当たり前だ。毎晩これだと家計が破綻する。
ちょっと意外だったのが父雷牙である。
黙々と豚の角煮をつつきながら、彼が飲んでいたのは温かい黒烏龍茶。
胸板パッツンパッツンの巨漢は下戸だった。
一方で目論みがはずれたのが姫路白峰。
せっかく自腹を切って延長戦にまで持ち込んだというのに、揺さぶりをかけて馬脚をあらわさせるつもりが会話そのものが成立しない事態に陥る。
ひたすら喰い、ひたすら飲み、ちょいちょいイチャコラ。
気がつけば、おれと羅美、芽衣と玲花、深月と雷牙にて組が出来上がっており、ぽつんとひとりぼっち状態。
焦った姫路白峰、どうにか流れを自分に引き寄せようとするも、その口に突っ込まれたのは白酒のビンだった。
犯人は母深月である。にこにこしながら「まずは一本あけなさい。話はそれからよ」
強制的に大量のアルコールを摂取させられた姫路白峰は、たちまちダウン。目を回して円卓に突っ伏すことになった。
そしてこの好機を芽衣は見逃さない。
すかさず「へい、ウエイターさん」と手をあげる。
零の数が四つ以上並ぶ料理ばかりをいくつも追加注文したタヌキ娘。料理が来るのを待つ間、楊枝を使ってシーハー歯の掃除をしながらぼそり。
「フカヒレとかツバメの巣っておいしいけど、なんだか春雨っぽいです」
さすがにソレはいくらなんでも失礼だろう……。
と言いたいところだが、ぶっちゃけおれもそう思う。
おそらくは世間の大部分の人たちも「だよねー」「そっくし」とうなづくことであろう。
たぶん春雨がもう少し本気を出したら、下剋上もイケそうな気がする。
◇
姫路白峰はダウン中。
ヤツのサイフへのダメージは着々と加算されており、いまのところずっとおれたちのターンが続いている。
だからつい油断してしまった。
中座してトイレに行ったら、いきなり背後からズタ袋をかぶせられて視界をふさがれた。ボディにズドンと一発喰らう。悶絶しているうちにひょいと担がれ、そのまま拉致された。酒が入っておりすっかり千鳥足ゆえに、ロクすっぽ抵抗もできやしない。化け術もダメだな。あ~れ~。
うーん、これは少々ホワイトタイガー白峰くんを見くびり過ぎたっぽい。
展望レストランでなかなか戻ってこなかったのは、この手配をしていたせいか。
まいったね、こりゃあ。
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