おじろよんぱく、何者?

月芝

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249 鶴女房

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 弧斗一家と姫路白峰らとテーブルを囲む。
 お茶をしがてらのよもやま話。
 というていをとった尾白四伯という男の品評会。

 アレコレと訊いてくる母深月。
 何げない世間話に織り交ぜてちゃっかりこちらを探りにくる。
 井戸端会議で鍛えられた主婦の観察眼とコミュニケーション能力はあなどれない。油断をしていると気づいたときには丸裸、なんてこともありうる。
 おれは細心の注意を払いつつ、ボロが出ない程度に受け答え。
 でも警戒しながらの会話ゆえに、どうしてもときおり不自然さがひょっこり顔を出す瞬間がある。
 しかし会話の流れがマズくなると羅美が横からさりげなく口を挟んで戻し、ときおり玲花がちゃちゃを入れては盛り上げてくれたりと、助けてくれた。心強い友軍に感謝。
 おかげでいまのところ茶会の雰囲気は和やかなままで推移している。

 饒舌な母深月とちがって父雷牙はずっとムスっとしたまま。ほとんど言葉を発しない。たまに妻やら娘から返事を求められても「ああ」とか「そうだな」とごく短く相槌を打つ程度。
 その様子からどうやら彼は娘の見合い話そのものが気に入らないっぽい。そして娘の彼氏ということになっているおれの存在も気に喰わないようだ。
 まぁ、嫁入り前の娘を持つ父親としては当然の心情かと。これは理解できる。
 理解に苦しむのが姫路白峰。

 羅美が「頼りなさそうに見えるけど、これでも尾白はすごいんだ」とこそばゆいことを言い、玲花が「そうそう。師匠はいろんなモノに化けられるんだよ」とやたらとヨイショするのを横目に、姫路白峰は苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
 面白くないのはわかる。お見合いだというからやってきたら、相手からいきなり「ごめんなさい」とフラれるわ、自分を袖にした女が彼氏だと連れてきた男はくたびれた冴えないおっさん探偵なんだもの。
 えっ、僕ってこんなのに負けたのか。
 と、そりゃあショックも受けるだろう。三高男のプライドはずたずたのはず。
 だがしかし、いい歳をした男がその不貞腐れた態度はダメだろう。ちょっとはガマンしようよ。それがムリならとっとと席を立て。そうすればおれもこのお芝居から解放される。
 うーん、どうやら彼は立派なのは見た目だけで、中身は腹芸のひとつもできないお子ちゃまであったようだ。

  ◇

 緊張のあまりノドがやたらと渇く。そのせいでコーヒーをがぶ飲み。
 気づけば一杯千円のコーヒーを五杯もおかわりしており、おれはドキドキしながら「ちょっとお手洗いに」と席を中座させてもらう。
 カフェインの多量摂取は尿意をもよおすのである。

 じょぼじょぼ用をすませ、洗面台で手を洗っていると背後に殺気。
 顔をあげたら鏡越しにこちらをにらんでいる姫路白峰と目が合った。

「いい加減にしてくれないかな」

 壁に手をつき、すらりとした立ち姿が絵になっている姫路白峰。
 まるで紳士服のチラシのモデルのよう。黙っている分にはたいした男っぷり。

「何がだ?」

 おれは鏡越しに応じながら、備え付けのペーパータオルで濡れた手を拭く。
 するとその態度にイラ立ったのか姫路白峰の表情から紳士の仮面が脱げ、険のある顔となる。

「僕と羅美さんの仲の邪魔をするなと言っているんだ。きみはもう少し己の立場をわきまえたまえ」

 姫路白峰いわく、トラは絶滅危惧種。
 ゆえに子孫を増やすことは義務であり責務である。
 そしてより優秀かつ強靭な血筋を後世に伝えるためには、純血種である自分と羅美がいっしょになるのが正しい、うんぬんかんぬんとのご高説。

 ついでだからここで異種婚について少し触れておこう。
 人間の若者が助けた鶴の化けた美人とくっつく昔ばなしがあるだろう。ハタ織りが得意な嫁のヒモになって養ってもらうアレだ。
 アレがすべてを物語っている。
 とどのつまり人に化ければ婚姻関係は成立する。子どもも作れる。とはいえ制約はある。さいたるものでは産まれてくる子どもは必ず母方の種族になること。
 例えばキツネのダンナがタヌキの女房をもらったとき、人化けして子作りに励めば、タヌキの子が産まれてくるという寸法。
 けれども実態はそれほど簡単な話ではない。

 人がニワトリに対してドキドキ発情しないように……。
 いや、なかにはその手のマニアックな性癖の持ち主もいるけど。まぁ、あくまで世間一般的にはということで。
 基本的に異種族相手には、その気になりにくい。惚れた腫れたに発展せずに、たいていは仲良しこよし止まり。
 この難関を超えたとて、種族ごとの習慣やら好みやらが立ちふさがる。乗り越えるべき壁は数多。
 たいていの異種カップルはその壁たちを前にして心が折れてダメになる。
 好きという気持ちだけではぜんぜん足りないのだ。双方にとって最適な環境を整えるのにはお金もたんまりいる。そしてそれ以上に菩薩のごとき寛容さと忍耐が必要。
 現実はとても厳しいのである。
 しかしこれらを乗り越えてうまいことやっている者もいるから、愛は偉大なのだ。
 以上、異種婚についての解説終わり。

  ◇

 思っていたよりも長い回想となってしまった。
 すっかり待ちぼうけを喰らった姫路白峰は怒り心頭といった様子。
 案の定である。猛ったホワイトタイガーは背後からおれの肩に手を置くなり、指先にギュッとチカラを込めてきた。左肩の僧帽筋がメシメシ。
 脅しがてら軽く痛めつける算段なのだろう。まったく、短絡的な野郎だ。

 おれは「やれやれ、そこは玲花に噛まれたところだから勘弁してほしいんだが」と嘆息しつつ、空いている右腕をだらりとさげ、こっそり「変化」
 部分重ね化けを発動。右腕全体をドロンと鉄の棒に変えて、そのまま自重にまかせて床に落とす。
 鉄棒がズドンと落ちた先には姫路白峰のつま先。

 上等な革靴の先端がぐにゃりとへこんだひょうしにトイレ内に響いたのは、男の絶叫。
 悶絶しジタバタ床を転げまわる姫路白峰をヒョイと飛び越え、「お先に失礼。どうぞごゆっくり」と告げておれはトイレをあとにする。


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