おじろよんぱく、何者?

月芝

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239 ネコノミクス

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 世の中には二種類の人間がいる。
 イヌ好きの人間とネコ好きの人間だ。
 ゆえにイヌ派とネコ派、二大派閥の台頭もまた自然の流れ。
 もっとも人類と親しい関係を築いてきた動物たち。
 だが変遷してきた歴史はかなり異なる。
 いつの時代にも比較的安定して人間の隣のポジションを確保し続けてきたイヌたち。
 比べてネコたちはときに受難の時代を乗り越えてきた。

 中世ヨーロッパにて吹き荒れた魔女狩り。
 あの嵐にネコたちも巻き込まれた。それはもうどっぷりと。やたらめったら狩られまくった。
 ちょいと暗闇で瞳がギランと光るだけで「不気味だ」「不吉だ」「魔女が化けているんだ」「悪魔の手先にちがいない」とか難癖をつけられて、魔女とされた哀れな女たちともども、筆舌にしがたい艱難辛苦を受けることになるのだが……。
 じつはこの悲劇の裏では、イヌどもの陰謀論がまことしやかにささやかれている。

  ◇

 男どもにつき合わされて寒空の下、獲物を求めて暗い森の中を駆けずり回り、泥まみれになって狩猟のお手伝いに精を出すイヌたち。

「今日もじつによく働いたワン。すっかりクタクタになったワン」

 疲れて家に帰れば、暖炉の前にてロッキングチェアに座る貴婦人の膝の上でぬくぬくしているネコがお出迎え。

「土足厳禁ニャン。ちゃんとばっちい足の裏を洗ってからうちに入るニャン。このすっとこどっこい」

 片や滅私奉公。
 片や甘々ニート生活。
 この待遇の差たるや、あまりにも、あぁ、あまりにもヨヨヨ。
 忍耐の果て、ついにイヌどもの堪忍袋の緒が切れたとて誰が責められようか。

 あるイヌがついに行動を起こす。
 夜ごとスヤスヤ眠る自分の飼い主の枕元でささやく。

「ネコは悪魔の使い、ネコは邪悪なる者、ネコは魔女の手先、ネコは堕落の象徴、ネコは魔性の生き物、うんぬんかんぬん」

 いまでいうところの催眠あるいは睡眠学習。
 これを施された人物が教会のとってもえらい人。彼はのちに魔女狩りの急先鋒となり、人類の黒歴史に名を刻むことになる。
 かくして有史以来、屈指の暗黒時代が幕を開けた。

 ……というのだが真偽のほどは定かではない。
 すべては遠い歴史の闇の彼方に。

  ◇

 そして時は現代へ。

 空前絶後のネコブーム到来。
 老いも若きも男も女も独身既婚を問わず、みんなネコに夢中だ。
 寂れた旅館もネコの女将を置けばたちまち繁盛し、廃止寸前のローカル線の駅長にネコを迎えればたちまち利用客が増え盛り返す、しょうもないテレビ番組でもネコさえいれば一定の視聴率が確約され、ただの喫茶店も看板ネコがいれば雑誌に載り、貧乏寺もノラネコに優しくするだけで住職が高級外車に乗れて本堂が金ぴかになる。
 その経済効果たるや二兆円とも言われており、ネコノミクスなる造語まで産まれるほど。

 一方でイヌたちもがんばってはいる。
 その証拠に相変わらずイヌ好きの人間は多い。腕のいいトリマー(ペットの美容師)が所属するトリミングサロンは予約でいっぱいだし、各地のドッグランはいつも盛況だ。
 だが都心ではいまひとつ奮わないのが実情。
 散歩に、手入れに、しつけに、吠えたり噛んだり……。
 イヌを飼う環境を整えるのとネコを飼う手間を比べると、忙しい現代社会の事情にマッチしたのは家の中だけで完結できるネコに軍配があがった。

  ◇

 えー、ぐだぐだとイヌとネコの歴史について長話をしたが、そろそろ本題に入るとしよう。
 ヒョウ柄の生息する大坂と魑魅魍魎が跋扈する京都。その狭間に位置しているこの高月という土地にもけっこうな数のイヌネコが暮らしている。
 ペットとして飼われているもの。ノラとして勝手気ままに暮らすもの。人間に化けて生活しているもの。マジメ不真面目悲喜こもごも。
 人間たちが出身国やら同郷でやたらとつるんではグループを作るように、イヌネコたちも「高月イヌ会」「高月ネコ会」なる互助団体を発足するようになるまで、たいして時間はかからなかった。
 そして因縁浅からぬ両団体が互いを意識しないわけもなく、さりとて本気でモメたら両団体ともに規模が大きいからしゃれにならない。それこそ共倒れになりかねない。
 ことが起きてからでは遅いのだ。
 重鎮たちは「どうしたものか」と知恵を出し合い考えだされたのが「わんにゃん運動会」なのである。

 わんにゃん運動会。
 イヌとネコが紅組白組に分かれて、スポーツマン精神にのっとり正々堂々と戦うことを誓い、各競技にがんばる。
 お互いの健闘を称えつつ、いい汗をかき、打ち上げで酒を酌み交わせば、ほら、もうみんな友達。
 ガス抜きをかねた交流イベント。

 そんなイベントが定期的に行われていることは、おれこと尾白四伯も知っていた。
 だがあくまでイヌとネコのためのイベント。縁もゆかりもありゃしない。
 なにせおれはタヌキのようであり、イヌのようでもあり、ありゃりゃネコかもと首をかしげ、尻尾は畑から抜きたてのゴボウの根みたいだし、毛はくすんだ黒の縮れ毛にて、尻尾と四肢の先が白くて、これが縁起がいいだの悪いだのと、とにかくわけがわからない。そんな世にも稀なる珍々動物なのだから。
 だというのになぜだか招待を受けた。
 それも「高月イヌ会」「高月ネコ会」双方からえらい人が出張っての、じきじきのお誘い。
 またぞろ厄介ごとかと訝しみ、理由を問えば「スポンサーがらみです」とのこと。
 ちなみにスポンサーは猫守グループ。
 ネコブームを牽引し一代で莫大な富を築いた猫守翁。
 かつておれは彼の遺産がらみの依頼を受けたことがある。
 どうやら相続人となりゆくゆくはグループを率いることになる八海山白雪(はっかいさんしらゆき)と猫守三華(ねこかみみけ)がおれのことを覚えており、イタズラ心を起こしたっぽい。
 まぁ、貴賓席に座って酒でも飲みながら運動会をゆるりと見物するだけで、お礼を貰えるとならば、こんな美味しい仕事を断る理由はないかな。


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