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189 タヌキと鬼の副長
しおりを挟む翡翠館の屋上はヘリポートになっている。
到着したヘリから降り立ったのは、すらりとした長身の男。
銀縁メガネにスーツ姿が凛々しく、緩めていたネクタイを締め直す仕草が妙にさまになっている。
足が長い。まるでスーツのコマーシャルに出演しているモデルのような容姿。
もしも街中で彼から声をかけられたら、たいていの女性たちが頬をぽっと紅らめるのにちがいあるまい。
そんな男を整列して出迎えるのは、揃いの黒スーツとサングラスにて身を固めた緑鬼たち。
マフィアを題材とした映画のワンシーンのような光景。
これを物陰からのぞき見している芽衣は、あれこそが潰すべきテッペンだと認識する。
三階を封鎖され閉じ込められた芽衣ではあったが、まんまと脱出に成功しここにいる。ちなみに逃走経路は小荷物専用昇降機。人の身ではダメだがタヌキとなれば余裕であった。
人化し、密かに体内で気を練り、芽衣はタヌキの悶々パワーをかつてないほどにまで高めていく。
なにせ相手は鬼だ。誘拐騒動やさっきの追いかけっこにて、軽くやりあった感触からしても、きっとひと筋縄ではいかない。下っ端でもあの筋肉ダルマっぷりなのだから、それらを統べる者が弱いなんてことはありえない。見かけ通りのただの優男のはずがない。ゆえに出し惜しみはなし。
作戦もへったくれもない。隙をついての全力強襲。
一撃にて倒し、すぐさまとんずら。
そして敵勢が混乱の極みにある中、囚われている綾ちゃん先生を救助して脱出する。
◇
出迎えを悠然と受け入れていた緑鬼の副長、乾班目(いぬいまだらめ)。
整然と居並ぶ部下たちの前をツカツカ歩いていたが、その足が不意に止まった。
「おい、そこのおまえ」
急に話しかけられた相手はビクリとして「はいっ」と上ずった返事となる。
「なぜ鬼化している? 他にもちらほらいるな。いかに我らのみの翡翠館内だとて、みだりに変身するなと申し伝えておいたはずだが」
「えっ、あっ、副長、これは、そのぉ……」
問い詰められてしどろもどろとなる緑鬼の下っ端。
よもや「迷い込んだ豆タヌキ相手にムキになって鬼ごっこをしたはずみで、つい」とは言えずダラダラと冷や汗を流すことに。
身に覚えのある他の面々もとっさに言い訳が思いつかず、うつむいたり、目をそらしたり、そっぽを向いたり。
そのせいで現場がヘンな空気となった。
これに片方の眉をピクリとさせたのは乾である。
鬼の副長はメガネの奥の目をやや細めて「いいから、ありのままに、かつ簡潔に話せ」と冷たく言い放つ。
もはやこれまでと観念した下っ端が「じつは」と口を開きかけた、まさにそのときであった。
物陰より電光石火にて飛び出したのはタヌキ娘。
乾班目および全員の意識が、視線が、耳が、これから詳細の説明をはじめようとする彼の方へと集まった一瞬のこと。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、錠前破り」
頑丈な蔵の錠前をも粉砕する必殺の突き。チカラをタメればタメたぶんだけ破壊力が増す。その気になれば開かずの大金庫の扉をも貫くことさえ可能だが、技の発動には致命的な隙が生じるがゆえに実戦では使いどころがムズカシイ技でもある。
物陰に潜み、好機をうかがっている間にタメられた破壊のエネルギー。
そいつがたっぷり込められた右の拳が、一路、乾の腹へと向かう。
芽衣としては顔面に一発入れたかったところだが、両者の身長差がありすぎて、それは厳しい。そこで狙いを腹に定めた。これだけの破壊力があれば、どこに当たっても決定打となりうるとの判断。
突然のことに下っ端たちは誰も動けない。
世界がスローに流れる中、「イケる、もらった!」と芽衣はおのれの勝ちを確信する。
襲撃される者とする者、互いの距離がずんずん縮まる。
十メートルがあっという間に半分の五メートルとなり、四、三となったところで芽衣がこれまで以上に強く踏み込み、床を蹴る。駆ける勢いそのままに最終加速を得たタヌキ娘の身が瞬間ブレた。
その姿を見ていた者たちの目には芽衣の姿が一瞬消えたように映る。
あとは突き出した拳を叩き込むのみ。
という段になって、ギョロリと動いたのは乾の眼。その目はしっかりと迫る芽衣の姿を、その拳を捉えていた。
乾の瞳の虹彩が緑を帯びる。それにともなって太陽のプロミネンスのごとき緑の炎が燃え立つ。
淡く幻想的な緑の炎を宿した瞳。
それがしっかりと芽衣の姿を捉えたのと同時に、芽衣は怖気に襲われた。得体の知れない何かに胸の奥をガッとわし掴みにされたような感覚、全身にわずかなしびれを覚える。
けれどもここまできたら止まらないし止まれない。
生じた迷いや異変をムシして、芽衣は錠前破りを放つ。
轟っという風切り音に続いて、バンっという空気がはじける音がした。
芽衣の拳が生じさせたもの。
だというのに乾班目は涼しい顔をして立っている。
「うそ、わたしが目測を誤った? そんな……」
絶対の自信を持って狙いすました一撃。それが避けられたのでもなければ、防がれたのでもない。ただハズれた。
直前まではたしかに心技体が合わさった理想的な状態であった。なのに拳を放った刹那にそれがズレた。空中分解を起こしバラバラとなった技は、敵の身に触れる寸前に停止してしまい届かない。
それすなわち芽衣の拳が乾の手前で止まってしまったことを意味している。
意識と感覚、体感に違和感がある。
まるで自分のカラダじゃないような。
けれどもそれ以上、状況を分析し検証することは芽衣にはかなわない。
猛烈な横殴りにて吹き飛ばされていた。
乾の放った回し蹴りによると芽衣が気づいたときには、その背がヘリコプターの機体側面に深々とめり込んでいた。
衝撃にてヘリコプターがガコンと激しく揺れる。まだ完全には制止していなかったプロペラ。わずかに残る浮力に芽衣がぶつかったチカラが加わって大きく傾ぎはじめる機体。「チュイン」と耳障りな甲高い音が響く。ブレードが床をこすったのだ。
それが契機となってついに横転する機体。折れて四方に飛び散る羽たち。
現場は騒然となった。
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