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160 六顧の礼
しおりを挟む『禍つ風こと出灰桔梗の胸の内を聞き出せ』
暴走ウシ男捕獲に続いて、またしても珍妙な依頼を持ち込まれた尾白探偵事務所。
そろそろ本気で尾白便利屋本舗に看板を付け替えるべきなのだろうか。
「現役の女子高生、ねえ。いちおううちにもいるにはいるが、アレは参考になりそうもないし。他にも何人か知り合いはいるけど……」
助手のタヌキ娘に繊細な乙女心について問うのは、石の地蔵に語りかけるようなもので論外。
芽衣の友人であるヘビ娘のタエちゃんこと白妙幸も個性的過ぎる。この手の話には不向きっぽい。
貴重な人間枠のミワちゃんこと山崎美和子が一番マシだが、あいにくと個人的な連絡先は知らない。よしんば知っていたとて頼れない。ヘタに相談したら芋づる式に芽衣たちまで釣れちまって、面倒なことになるのに決まっている。
高月中央商店街の草野球チーム「パットンズ」のメンバーならば、年頃の娘を持つ父親もいるからそっちから頼んでもらって……もダメか。ろくに口もきいてもらえない。父娘の仲、最悪って嘆いていたから。
◇
はてさて、どうしたものか。
おれが頭を悩ませていると、事務所の電話が鳴った。
相手は高月東高校の教頭先生。「どうもこの度は過分にお骨折りいただきまして」と感謝の言葉を述べる。
彼女の態度におれは「ううん?」と内心で首をひねる。
たしかにウシ男の捕獲には成功した。けれどもそのあとは大乱闘となり、果ては警察のご厄介にまでなっている。
鉄拳制裁による私的リンチ事件こそは起こらなかったものの、これはこれで表沙汰になれば充分ワイドショーネタになりそうなのに。
どうやらおれの知らないところで、何らかのチカラが働いたようである。ひょっとしたら出灰竜胆なり裏千社がもみ消したのかもしれない。
なのにすべてをおれが手配したと勘違いしている教頭先生。
買いかぶりにもほどがある。しがない探偵風情にそんなチカラはない。だからすぐに誤解を解こうとしたところで、おれはハタと気がついた。
いるじゃん! 対女子高生戦のエキスパート。
教育ひと筋うん十年。花咲く若人たちの巣立ちを見届け続けてきた偉大なる教育者が。ほら、ちょうどこの受話器の向こう側に。
「悩んでいる十代の胸の内を知りたい? ですか。……そうですねえ。その子のお母さまが直接問い詰めなかったのは正解です。そしてヘタに近しい者や友人知人を巻き込まないことも。
これは女子にかぎったことではありませんが、親しいからこそ話せることもあれば、だからこそ話せないこともあります。よく知らない相手だからこそ、つい本音をもらしたりすることも。人間関係の力学は非常に繊細ですから。
とりあえず私からお教えできるのは『相手に対してつねに誠実であること』ですかね。
小細工の類を弄するのはあまりオススメできません。それを笑って許容できる精神状態にあれば、そもそも悩むこともありませんから。仕掛けられたとわかったとたんに激しい反発を招くことになるでしょう。一度、不信感をもたれたら終わりだと思って下さい」
以上を踏まえて「相手が子どもだから、年下だからと侮らず、一人の人間としてきちんと向き合え」というのが教頭先生からのアドバイス。
胸の内を聞き出すという考え、スタンスそのものが傲慢だと軽く説教までされてしまった。
おっさんはおおいに反省する。
◇
おおいに反省したおれは、相手と正面から向き合うことにする。
というわけで……。
「どうかキミの本心を聞かせてほしい」
出灰桔梗が学校を終えて校門から出てくるところに突撃して土下座を敢行。一切の虚飾を廃し、アスファルトにがんがん額をぶつけながら涙目でお願い。
地面にひれ伏す瞬間、ちらりと脳裏に教頭先生の「誠実さの方向性がちがうっ!」とのツッコミが聞こえたような……、ううん、きっと気のせいだろう。
恥も外聞もかなぐり捨てたおっさんの捨て身攻撃。
さしもの才媛も「いきなりなんですか」とたじたじ。
およっ、意外に押しに弱いのかもしれない。そこでおれはいっきに畳みかけようとしたのだが。
「こら、きさま、そこで何をやっている!」
騒ぎを聞きつけた警備員の登場。ここで掴まったらめんどうなことになる。だからおっさんは素早く立ち上がるなりくるりときびすを返して逃げ出した。
◇
校門での邂逅以降、日をまたいで出灰桔梗の下校中を狙い土下座でお願いをすること六度目。
ついにターゲットが折れた。
「わかりました、もうわかりましたから。ちゃんとお話しますから、だからもうヤメて!」
才媛、悲鳴まじりにて陥落する。
おれの誠実さが乙女の胸の内を守る城門をついに突破したところで、二人は場所を移動。
向かったのは北の天神さんである。
九州は大宰府天満宮の次に古い歴史を持つのが高月の上宮天満宮。
京の都の北野天満宮よりも歴史だけは古い。それ以外はコールド負けだが、素朴なたたずまいが地元で愛されており、北の天神さんと親しまれている。
とはいえ平日の夕方前ともなれば参拝客なんぞいない。
人影のない境内にて出灰桔梗がぶつぶつ。
「いい歳をした男性が信じられません。あぁ、劉備たちに何度も押しかけられた孔明もこんな気持ちだったのでしょうか」
彼女が引き合いに出しているのは三国志でも有名な場面の一つ「三顧の礼」のくだり。
関羽と張飛という英傑を従えているのに、いまいちい時流に乗れない劉備玄徳が助っ人に求めたのが天才軍師の諸葛亮孔明である。
しかし間の悪いことに遠路はるばる訪ねるも留守続き。
三度目にしてようやくご対面となって、感銘を受けた孔明が劉備に忠誠を誓うというお話。
アポなし突撃なんてせずにちゃんと事前に一報を入れるなり、遣いを走らせるなりすればいいのに、ばっかじゃないの。そんなんだからうだつが上がらず曹操にボロ負けするんだよ。などという野暮は言いっこなしで。
「さすがに、いっしょにするのは失礼がすぎる」
おれは苦笑いしつつ、社務所脇にあった自販機で買ったオレンジジュースの缶を彼女に差し出す。
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