おじろよんぱく、何者?

月芝

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111 あるなしクイズ

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 良く言えば趣がある。
 悪く言えば寂れている。
 そんな山奥の旅館。
 立てつけの悪いすりガラスの引き戸の玄関。
 無駄に広い上がり框(かまち)。やや湿気の混じった空気が充ちる薄暗い廊下。歩くとギシリギシリ音がする。ときおり吹く山風にてガタガタ震える窓ガラスの枠は木製。
 なかなかの雰囲気の宿。でも女将さんの愛想はわりと良い。
 案内されたのは二階奥の角部屋。八畳の二間続きの和室。
 女将さんがいなくなってから、ためしに床の間に飾ってあった掛け軸をぺろんとめくったら、裏にお札が貼ってあった。ついでに押し入れの中も調べてみたら、こっちにも貼ってあった。他にも二か所、見えないところにお札の姿が。どうやら四方を守っているらしい。
 ふつうであればここでゾゾゾっとなって「いーやー!」とかなるのだろうけど、あいにくとおれと芽衣は人間に化けている動物。
 妖がいて、おれたちみたいのがいて、鬼もいる。だったら幽霊ぐらいいても「へー」ってなものである。もっともおれはお目にかかったことはないが。
 まぁ、毎年、夏になったら心霊特集の番組とかやってるぐらいだし、昔からその手の話が尽きないところからすると、たぶんいるんだろう。視えるヤツには視えるみたいだし。

「おー、本当にお札があるとは。せっかくだから写真に撮ってミワちゃんとタエちゃんにメールしよっと」
「やめてやれ。タエちゃんはともかくミワちゃんは怖がるから」

 まるで物怖じすることなく、キャッキャとはしゃぐタヌキ娘をおれは年長者としてやんわりたしなめる。
 芽衣の高校の同級生で仲良しの二人。白妙幸(しろたえみゆき)ことタエちゃんはヘビが化けているからこっち側の子だけど、山崎美和子(やまざきみわこ)ことミワちゃんは生粋の人間。でもってふつうの女子高生はこの手の話はたいてい気味悪がるもの。

 こんな場所でもいちおう電波は届くらしい。
 スマートフォンをいじっている芽衣を残し、おれは一人風呂へと向かう。
 風呂も湯こそは本物の温泉であったが内装はふつうの広めの浴槽という造り。外湯なんぞという気の利いたものはなし。
 とはいえ宿泊客が他にいないのか、貸し切り状態にて手足をのばせるのはうれしいかぎり。
 おもわず「くわぁ」と年寄りじみた声がもれるのもしようがない。

  ◇

 夕飯の膳。味と量はそこそこだった。
 一人鍋に刺身の盛り合わせ、天ぷら数種など、これまたド定番の組み合わせ。
 で、早々に食事をすませてからおれたちはこれまでの調査結果をまとめる作業に入る。

「しっかしよくわからんなぁ。不幸になってる人もいるけど、そうじゃない人の方が多いし、やっぱり偶然かね」
「ですよねえ、祟りにしては気まぐれが過ぎます」

 おれは資料とにらめっこしつつ頭をぼりぼりかいた。芽衣も「うーん」と首をかしげている。
 これまでに判明している荒磯と菊柄の振袖の持ち主は、合計十三人。
 判明している人物たちを古い順に並べるとこうなる。

 一番目、土田イネ(つちだいね)。享年十九歳。死因は不明、古すぎて記録なし。
 二番目、鴻池梅子(こうのいけうめこ)。享年七十三歳。死因は不明。
 三番目、安住八重(あずみやえ)。享年十八歳。死因は不明、古すぎて記録なし。
 四番目、海馬亮子(かいばりょうこ)。享年九十二歳。大往生。
 五番目、霧島瑞樹(きりしまみずき)。享年六十七歳。死因は肺炎。
 六番目、山野多喜子(やまのたきこ)。享年十六歳。死因は火事による焼死。
 七番目、五滝静(ごたきしずか)。享年三十九歳にて急死。死因は心臓の病。
 八番目、佐藤幾松(さとういくまつ)。享年二十二歳。重度の火傷死。
 九番目、水島葉子(みずしまようこ)。存命中。品に良い歳の重ね方をしている。
 十番目、児玉福(こだまふく)。享年二十四歳。ガス爆発に巻き込まれて死亡。
 十一番目、北川逸美(きたがわいつみ)。所在不明。
 十二番目、南池結良(みなみいけゆら)。存命中。包丁を振り回すほどにお元気。
 十三番目、出灰竜胆(いずりはりんどう)。いまのところ鋭意活動中。

 所有期間は最短で三か月、最長だと十二年。トータルの期間は百年ぐらいだから着物は大正時代の作と思われる。
 これは出灰竜胆の見立てとも一致している。
 呉服屋を営む着物の専門家である彼女によれば「独特の色の組み合わせなどから、大正時代のアンティーク」とのこと。そして困ったことに今、アンティークの着物をハイカラに着こなすのが流行っているそうな。
 だからこそあのいわくつきっぽい着物を欲しいという酔狂な上客があらわれたわけで……。

  ◇

 祟りと呼ぶには不連続過ぎる。
 若くして亡くなっている娘もちらほら混じっているが、時代背景を考えるとけっしておかしくはない。昔はわりとあっさりぽっくり逝っていたものである。
 命はいまよりもずっと儚く軽かった。
 それこそ花が散るようにして、人間もいきなりいなくなったものである。
 リストにある名前はあくまで判明している分だけなので、ひょっとしたら間にもっと人が介在している可能性もある。
 長い年月を経て、多くの人の手を渡っていれば、どうしたって死人は増えていくもの。
 とはいえ、ちょっと引っかかっていることもある。
 例えば六と八と十番目の女たち。
 三人ともに火にまつわる死に方をしている。もっとも八番目のやつは必ずしも火が原因とは限らない。うっかり沸かしすぎた風呂の湯にすってんころりん、あるいは油を使っているときに事故が起きて頭からかぶってしまったなども考えられる。

「だぁぁっ、やっぱりわかんねえ」

 探偵がこうして頭を悩ませているというのに、助手ときたらとっくに飽きたらしく、テレビをつけてクイズ番組なんぞを眺めていやがる。
 それを恨めしげに横目にしつつおれはタバコへと手をのばした。
 が、そのタイミングでテレビの中でやっていたクイズが目に留まりビクリと固まった。
 画面の向こうでは「あるなしクイズ」にて出演者たちが盛り上がっている。
 このクイズは左右にわけられた言葉群の中から共通項を見つけ出すというモノ。

「あるなしクイズねえ………………はっ、まさか!」

 おれはタバコを放り出し、ふたたびリストにかじりつく。
 そしてある共通項を発見してしまい、サァーッと血の気が失せる。

「いやまさか、本当にそうなのか。だったらマズイ! 竜胆さんが危ないっ!」

 おれはすぐさま愛用のパカパカガラケーを手に取って、登録してある「阿紫屋」の番号へと電話をかけるも、聞こえてくるのはプープー音ばかり。いっこうに繋がらない、くそっ。


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