おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
89 / 1,029

089 変態一番勝負

しおりを挟む
 
 光瀬菜穂(みつせなほ)。
 高月中央商店街の路地裏にて、ひっそりと行列のできる診療所を営んでいる美人女医。
 黒髪ロング、白い柔肌、涼やかな目元、大きな胸、メガネと白衣と聴診器がよく似合う、ウシが人化けしている変態な彼女。
 その薫り立つ妖艶な魔性っぷりに当てられた野郎どもより引く手数多ながらも、解剖マニアの光瀬女医は生きている相手にはまるで興味がない。
 世界中の女性ファンたちがきゃあきゃあ熱狂しているアイドルよりも、魚屋の店先にて売られている死んだアジの方がよほどそそられるという筋金入り。

「死んでから出直してちょうだい。そうしたらたっぷり可愛がってあげるから」

 群がる男どもから告白された際のそれがお決まりの台詞。
 そんな光瀬女医だが、おれにはやたらと好意的に接してくる。
 だからとて渋い探偵に惚れているというわけでは断じてない。彼女のお目当てはおれの体だけだ。
 タヌキのようであり、イヌのようでもあり、ありゃりゃネコかもと首をかしげ、尻尾は畑から抜きたてのゴボウの根みたいだし、毛はくすんだ黒の縮れ毛にて、尻尾と四肢の先が白くて、これが縁起がいいだの悪いだのと、とにかくわけがわからない動物。
 それがこのおれ、尾白四伯である。世にも珍妙ながらもいちおう動物の仲間。
 光瀬からすると解剖したくてしたくてたまらないらしい。
 そしてすみからすみまで存分に堪能したら、内臓類は腑分けして丁重にホルマリン漬けにし瓶詰保存、外身は腕利きの職人の手によってはく製にして飾り、これらを眺めて高級ウイスキーをちびちび舐めつつ、ニヤニヤ夜ごと楽しみたい。
 悪趣味極まる冗談みたいな話だが、これが戯言ではないことがおそろしい。
 その証拠におれ専用の特注ショーケースがすでに診療所の奥に……。

「いつでも準備万端よ。ドーンと来なさい」

 見た目艶やか、中身は世にもおぞましい、複雑怪奇な笑顔を向けつつ、そのくせおれが死にかけていると駆けつけて治療を施す。
 何やら言動に矛盾を感じるのだが、「わかってないわね、尾白くん。医師と趣味と友情の狭間で揺れ動く女心よ」とか当人がのたまっており、おれは「なんのこっちゃい」である。
 そんな光瀬菜穂が怪盗ワンヒールに選ばれた三人のうちの一人にして、一番目のターゲット。
 まぁ、こいつは見た目だけはいいから、これまで狙われなかったのがむしろ首をかしげるような女。
 とはいえ顔見知りなのは、おれにとっては好都合。
 城跡公園での秘密の会合があった翌日。おれと芽衣はさっそく診療所へとおもむいた。
 かくかくしかじか。
 事情を説明するなり、みるみる顔をしかめた美人女医。
 自分のことは棚に上げてバッサリ「気持ち悪い」と一刀両断。
 解剖マニアの変態とはいえ、女性という観点からすると「ハイヒールを盗むとか、スニーカーの中敷きを盗むとか、どっちもイヤッ!」らしい。自分の身につけている品を欲しがられるというのは、たいそうおぞけを感じてゾゾゾと鳥肌モノ。

 変態というのは偏屈にて自分の領域には厳格。
 そのこだわりは病的なまでに偏執にてとても大切にしている。
 けれどもこれが他の変態に対するとたちまちかたくなになって狭量となりがち。それこそ明確なる拒絶反応を示し、断じて認めないこともしばしば。
 美女の履いているハイヒール、その片側に美学を見い出す怪盗ワンヒール。
 運動部女子らから日々踏みつけられ虐げられ酷使され、それでもじっと耐えているスニーカーの中敷きにときめいている怪人インソール。
 死体に血沸き肉躍る狂気のマッド女医。
 おれからすればどいつもこいつもドのつく変態だが、連中からすれば「あんなのといっしょにすんな!」なのである。
 もはや常人の精神でははかり知れない次元に足を突っ込んでいる住人たち。
 その激烈な拒絶反応のいったんをおれは垣間見ることになる。あるいは近親憎悪?

  ◇

 怪盗ワンヒールと怪人インソールにつけ狙われていると知った光瀬菜穂。
 おもむろに席を立つなり、「ついてきて」と診療所の奥にある居住スペースへいざなう。
 そして彼女に命じられるままに運び出したのは、たくさんのハイヒールとスニーカーなど。自分で買った品からもらった品などが全部で百足近くもあった。
 カバンだのクツだのアクセサリーに衣類、女性はわりと物持ちだとは知っていたが、すごい量。
 おれが目をぱちくりさせていたら、光瀬はそれらを路地裏に転がっていた空のドラム缶へとぽいぽい、無造作に投げ入れだした。
 でもって診療所から持ってきた怪しげな瓶の中身を上からぶちまけて、おれから借りたライターで着火。
 いきなりのキャンプファイヤーにおれと芽衣は「なっ!」「えーっ!」
 轟々たぎる焔を前にして白衣の女医が「ホーッホッホッホッ」と高笑い。「これでしょうもない勝負はノーカンね。だって盗むモノがすべて焼けてしまったんだもの」

 まさかまさかの力技にて変態二人の魔の手を退けた女医。
 だが彼女にもひとつだけ誤算があった。
 商店街のすぐ近くの路地裏でこんな火を出したもので、すぐに「う~う~カンカン」サイレンの音が……。
 おれと光瀬と芽衣の三人は駆けつけた消防士からしこたま怒られた。

 変態一番勝負、双方ともにお宝をゲットできず、引き分け!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境のド田舎を飛び出し、近隣諸国を巡ってはお役目に奔走するうちに、 神々やそれに準ずる存在の金禍獣、大勢の人たち、国家、世界の秘密と関わることになり、 ついには海を越えて何かと宿縁のあるレイナン帝国へと赴くことになる。 南の大陸に待つは、新たな出会いと数多の陰謀、いにしえに遺棄された双子擬神の片割れ。 本来なら勇者とか英傑のお仕事を押しつけられたチヨコが遠い異国で叫ぶ。 「こんなの聞いてねーよっ!」 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第七部にして最終章、ここに開幕! お次の舞台は海を越えた先にあるレイナン帝国。 砂漠に浸蝕され続ける大地にて足掻く超大なケモノ。 遠い異国の地でチヨコが必死にのばした手は、いったい何を掴むのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第六部。 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 そのせいでこれまでの安穏とした辺境暮らしが一変してしまう! 中央の争乱に巻き込まれたり、隣国の陰謀に巻き込まれたり、神々からおつかいを頼まれたり、 海で海賊退治をしたり…… 気がつけば、あちこちでやらかしており、数多の武勇伝を残すハメに! 望むと望まざるとにかかわらず、騒動の渦中に巻き込まれていくチヨコ。 しかしそんな彼女の近辺に、海の彼方にある超大な帝国の魔の手が迫る。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第五部、ここに開幕! お次の舞台は商連合オーメイ。 あらゆる欲望が集い、魑魅魍魎どもが跋扈する商業と賭博の地。 様々な価値観が交差する場所で、チヨコを待ち受ける新たな出会いと絶体絶命のピンチ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第四部。 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

処理中です...