おじろよんぱく、何者?

月芝

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085 鬼という生き物

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 安達ケ原で勇名を馳せたおっかない鬼婆。ネット発でドラマにもなったとってもおっかない鬼嫁。夜な夜な墓地に漂う怪しい鬼火。食用にも薬用にもなるホコリタケ科のキノコの鬼燻(おにふすべ)。鬼の面をつけて踊り狂う鬼舞い。太い糸で紗織りにした目の粗い布の鬼綟(おにもじ)。ハートにずきゅんと突き刺さる鋭い才能の鬼才。恨みごと泣き言が満載の鬼哭(きこく)。なんとなく縁起が悪そうだから避けたい、うしとらの方角を示す鬼門。かわいい見た目に反して毒を持つナス科の多年草である鬼灯(ほおづき)。刺身にして良し、カラアゲにして良し、お吸い物にして良し、だけど調理がたいへんなカサゴ目オニオコゼ科の海水魚の鬼虎魚(おにおこぜ)。やたらと殻が固いくせに中身が少ない、でも味は濃厚な鬼胡桃……。

 鬼という単語を耳にして、たいていの者がまず思い浮かべるのは頭のツノだろう。
 続いてトラ柄パンツにゴツイ金棒を振り回している、筋骨隆々なゴリマッチョあたりか。あるいは破廉恥な格好にて空を自在に飛ぶ、キュートな鬼娘を想像するかもしれない。
 じつはそれ、どちらもまちがってはいない。
 だがより本質を捉えているのは、むしろ後者の方。
 鬼は完全なる女系一族。
 雄型の鬼は働き蟻に過ぎない。使い潰されるだけの駒。ひたすら雌型の鬼に命じられるままに奉仕する。そういう存在として産まれ、そういう存在として生き、そういう存在として死んでいく。
 ゆえに雄型の鬼には生物の牡に備わっているはずのアレがない。生殖機能はなく一代限りで消えてゆく。
 一方で雌型の鬼は単為生殖にて仲間を増やす。
 しかしどうやって増やしているのかまではわからない。
 人間や獣の肉と自分の血肉をこねくりまわし、新たな鬼を造り出すなんて話もあるが、さすがにそれはウソであろう。

 鬼の一族は白鬼の女王を頂点に戴き、これを守護する黒鬼、以下、赤、青、黄、緑の鬼たちの組に分かれている。
 みなツノを引っ込め正体を隠しては、人間社会に溶け込み好き勝手に暮らしている。
 そういう点では、化け術を用いて人間の姿となって街に潜り込んでいるおれたち動物といっしょ。
 そして特に何らかの主義主張を掲げているわけでもないところも、似ているといえば似ている。
 昔ばなしとかマンガやアニメではとかく悪者あつかいされることが多い鬼。
 だがその実態は「なんだかよくわからない生き物」である。巷にあふれる諸説の類の大半が眉唾。空想の産物。
 そもそもの話として、ごくふつうにのほほんと生きていたら、妖や物の怪の類と遭遇する確率が非常に低いのだ。
 積極的に会おうとしたとて、会えるものでもない。
 鬼という生き物。他の妖に比べれば多少は近しい存在かもしれないが、それでもやはり遠い。

  ◇

 鬼についてのおれの説明に耳を傾けている芽衣。「ふんふん」「うんうん」「なるほど」とうなづき独りごちている。
 が、このときおれはあえてタヌキ娘に伏せていた情報が二つある。
 ひとつは芽衣の祖母である葵のこと。
 葵のばあさん、じつはかつて黒鬼と闘ったという逸話があるのだ。詳細はおれも知らない。ただ生前に葵のばあさんの連れあいがそんなことを口にしていたのを耳にしただけ。けど当人が孫娘に話していないということは、きっと何らかの理由があるのだろう。
 いまひとつは、鬼とのかかわりについて。
 おれが妖の類を見かけたこともないというのは本当だが、電話越しに短いながらも言葉を交わしたしたことならば、ある。
 あの時の出来事にまつわる記憶を思い起こすたびに、胸の奥がズキンとうずく。
 おれの中で暗いしこりとなって残ったまま。あれからけっこう時間が経っているというのに……。

  ◇

 休憩がてら鬼の話を終えたおれたちはふたたびドブさらいへ。

 茜色に染まる空。
 路地裏では黒ネコの瞳がギラリ。カアカアとカラスどもが鳴きながらねぐらへと帰っていく。世界の陰影が濃くなり、あちらこちらで看板が点燈し、街が夜の表情を見せ始める頃。
 本日のノルマを終えて、すっかりクタクタ。ふだんは使わないところの筋肉を酷使したので、カラダ中がバッキバキ。重たい足を引きずりつつおれたちは帰路につく。

「あー、腹減ったなぁ」
「こういう肉体労働をした日はガツンと丼ものですよ、四伯おじさん。しゃにむに貪り喰らうのです」
「丼ものねえ。そういえば今朝の新聞のチラシに割引クーポンが入っていたような」
「おぉ! どこのですか?」
「えーと、たしか……」

 そこで唐突に会話を中断し足を止めたのは、見慣れたを通り越してすっかり見飽きた感のある雑居ビルの前。
 見上げた先は四階、うちの事務所のあるところ。
 尾白探偵事務所はおれと芽衣のみの二人所帯。よっていまは誰もいないはず。
 なのに煌々と窓から明かりがだだ漏れ。

「なぁ、芽衣。おれ、出がけにカギはちゃんとかけたよな?」
「はい、しっかりかけましたよ。まちがいありません。締めるところを見てましたから」

 ということは、留守中に勝手に侵入したヤツがいるということ。
 ふつうであればここで「すわ、ドロボウか!」とあわてるところだが、なにせおれの周囲には勝手にあがり込むヤツがけっこういるから困りもの。しかもどいつもこいつもロクでもないヤツばかり。
 だから「せめて、マシな方のロクでなしでお願い」と心の中で天神さまに祈りつつ事務所に戻るもご利益はなかった。おみくじでいえば大凶である。

「遅いっ! てめえら、どこをほっつき歩いていやがった」

 いきなりのご挨拶はカラス女こと安倍野京香。
 高月警察きっての、いや府下一、いいや近畿一、いやいや西日本一、あるいは日ノ本一かもしれない不良刑事。
 タバコをふかしながらモップ片手にイラついている。
 あいもかわらずの黒スーツのサングラス姿。
 カラス女を前にして、おれは「あぁ、そういえば鬼にまつわる言葉で鬼女ってのもあったな」とかぼんやり。


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