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066 HOの箱庭
しおりを挟む窓ガラスが割られ荒らされた用具室。
体育教師への暴行。
なし崩し的に二つの事件を調べるハメになった、おれこと尾白四伯探偵。
おれたちがわちゃわちゃしているうちに「う~ん」と目を覚ました田島健介。
コイツが誰に殴られたのかを証言してくれれば、それで片方は即解決だったのだが……。
「わからん。池の前を歩いていたらいきなりガツンときて、気がついたら保健室に運ばれていた。しかし自分はどうして床に寝ているんだろう」
ちっ、つかえないヤツだ。
それにしても、だ。こいつは腐っても黒ウシが変じた男。
立派な体躯に上背もある。加えて柔道六段の猛者。それをいかに不意打ちとはいえ一撃で意識を刈り取り昏倒させるなんて。うちのタヌキ娘じゃあるまいし。
……というわけで第一発見者の山崎美和子ことミワちゃんは容疑から除外していいだろう。あの文学少女風な見た目からして、たとえバットの類を手にしたところで彼女にはとても犯行は無理だ。
おれは教師らに囲まれて所在なさげにしているミワちゃんに声をかける。
「ところで、田島のヤツを恨んでいる人間に心当たりはあるか」
なかなかデリケートな問題。同僚である教師たちには答えにくいだろう。
だから生徒の彼女に問うたのだが、「めちゃくちゃいますよ。特に女子の大半は蛇蝎のごとく嫌ってます。他人の話は聞かないし、思い込みは激しいし、会話にならないし、とにかくもういろいろ面倒くさいんです」と即答。
想像以上にボロクソだった。聞いているこっちが居たたまれない。
いやいや、さすがにそれはちょっと言い過ぎだろう。おいおい本当なのか?
の意を込めて向けた視線に、教頭先生は目を伏せ、安満中さんは無言でコクリとうなづいた。
いや、たしかに、これまでの言動からして好かれる要素は皆無だが、だからとてこんな職場環境でよく辞めずに続けられるものである。
おれなら早々にストレスで胃をやって血ヘドを吐いてぶっ倒れているぞ。
うーん。田島健介という男、じつは相当な大物なのかもしれない。
そんな大物くんは、すぐ近くで生徒からクソみそな評価を受けたのにもかかわらずどこ吹く風。
「教師なんてものは生徒からうとまれてなんぼなのだ。いずれ彼らもわかるはずだ。そして自分に感謝するときがくる」
ウシ男、超ポジティブシンキング。
おっさんとしてはちょっとうらやましいかぎりである。
まぁ、だからとて彼になりたいとは微塵も思わないけど。
◇
被害者の証言はアテにならない。
そこでおれは中庭の池のほとりに移動して現場検証。
この高月東高校は空から見ると英語の「HO」の形をしている。
Hの右の縦線が教室やら職員室に保健室などがある本校舎。左の縦線が美術室やら音楽室、それに図書室なんかがある分校舎。それらをつなぐ真ん中の横線が、渡り廊下となっており一階と二階にある。そしてOの部分が校庭。
ウシ野郎殴打事件の犯行現場の中庭は、二つの校舎に挟まれた空間に位置している。
中庭の池のほとりに立ち、おれは周囲をぐるり。ざっと眺めたのちにすぐに顔をしかめた。
ここへは二つの校舎側からでも、外からでも出入りは自由。
木や草花が生いしげっており、ぶっちゃけ身を隠そうとおもえばいくらでも隠せる。
つまり待ち伏せは可能。でも……。
「田島がここを通りがかったのは完全に偶然だ。教頭の説教からバックレ、逃げ回っていたんだからな。だとすれば計画的犯行ではなくて突発的と考えるのが妥当か。アイツがあれほどみんなから嫌われていなければ、無差別通り魔説もありえたんだが。とはいえ」
実際に現場を歩いてみてわかったのだが、地面にはレンガが敷き詰められており、二つの建物に挟まれているせいか足音がけっこう反響する。
それに風とかで飛ばされてきたであろう砂なんかも薄っすら積もっており、歩くたびにジャッジャッと音が鳴る。
ゆっくり忍び寄ろうが、走って強襲しようが、これだとイヤホンで音楽でも聞いていないかぎりは、ふつう気がつくだろう。
隠れていた繁みから飛び出した場合も同じ。ガサゴソうるさい。
いくらマヌケなウシ野郎とて、そんな音がすればとっさに反応するはず。
犯行時刻が放課後ということもあり、校舎に残っている生徒は少なく、たいていが部活絡みだからそっちに集中しており、有力な目撃者はいまのところなし。
まいったね、こりゃあ。
その時、ふと目に入ったのが穴の開いた繁み。
ミワちゃんの悲鳴が聞こえたときに、おれが本校舎の窓から飛び出し、突っ切ったところ。
位置的に、二つの事件は直線上で結ばれている。
発生時刻もほぼ同じ。はたしてこのことに何か意味があるのか。それともたまたまなのか。
おれはボリボリ頭をかきながら、もうひとつの事件現場である用具室へと向かうことにする。
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