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065 ノーパンジャージ男
しおりを挟む体育教師の田島が死んでいる!
とんでも発言を受けて、おれはすかさず廊下の窓から外へ飛び出す。
繁みを突っ切って現場へ。
すると中庭の池にぷかりとうつ伏せで浮かんでいる赤ジャージの姿と、ほとりにてへたり込んでいる女生徒がいた。どうやらさっきの悲鳴はメガネの彼女らしい。
で、おれは濡れるのもかまわずそのまま池の中へとじゃぶじゃぶ。
田島の安否を確認したところ残念なことに……。
えー、こほん。ちがった。
幸運なことに田島は死んでなんぞはいなかった。
気を失って、ブクブクしていただけだった。
おれは「えんやこら」とやつの脚を引っ張って池から引きあげる。
そこに遅ればせながら駆けつけたのが、教頭をはじめとする先生方。
さっきのは誤報だったとわかって安堵する一同。さすがに校内で殺人事件とかシャレにならない。
ちょうどよかったのでおれは保健室のオバちゃんである安満中さんに、あとをお願い。
診断結果は頭部にコブをつくったせいで、気を失っているだけっぽい。
「……というわけで彼を保健室に運ぶわよ。お願いね、尾白くん」
安満中さんから頼まれたおれは「へっ?」
もちろん「なんでおれが」との意を込めた「へっ」である。
「だってしょうがないじゃない。ここにいる男手はあなただけ。そして都合のいいことに濡れているから、さらにびしょびしょの田島先生をおぶっても問題ないでしょう。それとも何? 教頭先生や綾ちゃんに濡れろとでも? まさか、そんなかっこうの悪いこと、言わないわよねえ?」
安満中さん、綾ちゃん先生、教頭、メガネっ子の女生徒。
八つの瞳にさらされ、なおも「ノー」と言えるほどの意気地はおれにはない。
しぶしぶうなづくことになった。
ウシ野郎はめちゃくちゃ重かった。
そしておれはズボンのみならず上着もパンツすらをもびちょびちょに。
くんくん。うぅ、なんか青臭い。炒めたキュウリみたいなニオイがするよぉ。
◇
おれの手によって保健室に運び込まれた田島の身はベッドへ。
ではなく、床に並べられたダンボールの上に敷かれたブルーシートに転がされた。
その姿はまさに引きあげられたばかりの溺死体のごとし。
「だってシーツはともかく布団やマットとかが汚れたら困るもの。それにダンボールってすごいのよ。こうみえてクッション性も高いし保温性もある。ヘタな布団よりもよっぽど快適なんだから。シティ・キャンパーたち愛用は伊達じゃないの」
まぁ、その通りなのだが保健室のイノシシのオバちゃんはドライだ。
でもって、教頭と綾ちゃん先生は連れだって職員室へと向かい、第一発見者となってしまった不運な女子生徒は暖かいお茶をふるまわれ、ようやく落ちつきを取り戻しつつある。
一方でおれは貸し出された紺のジャージに着替えた。濡れた衣類はもらった大きなビニール袋に丸めて放り込む。
「しかし山崎さんもとんだ災難だったわねえ。もしも悪い夢とか見てうならされることがあったら、遠慮なく相談しなさい」
「あっ、はい、ありがとうございます、安満中先生」
保健の先生と生徒の会話。
それを聞くとはなしに聞いていたら、おれは「うん?」となる。
第一発見者の女生徒。山崎という名前。三つ編みにて、メガネをかけており、いかにも文学少女っぽい容姿。これって……。
「もしかして、きみ、芽衣の友だちのミワちゃん?」
答えはイエス。
彼女は山崎美和子。生粋の人間にして芽衣の周囲にいる希少な常識人。
おウワサはかねがね。よもやこんな経緯で初対面を果たすことになろうとは。
「本当にそうですね。それにしてもこのタイミングで事件が起こるだなんて……。やっぱり探偵が行くところに事件は起こるものなんだ」
ふむふむ独りごちて、なにやら誤解をしている女子高生。
あれ? おかしいな。芽衣の話ではかなり真っ当な子だと聞いていたんだが。
するとそのやりとりニヤニヤ眺めていた安満中さんが、「そうよね。いまこそ探偵の出番だわ」とか無責任なことを言い出したもので、おれは内心で「かんべんしてくれ」とげんなり。
パンツまで差し出し、ノーパンジャージ男に成り下がったおれにこれ以上いったい何をしろと。校内のことは校内でカタをつけてください。
あと一刻も早く芝生一族の末裔から離れたい。
だというのに事態はさらに思わぬ方向へと転がってゆく。
◇
保健室に戻ってきた教頭先生。
彼女が眉間にシワを寄せてやや困惑顔で告げる。
「不審者が侵入している可能性もあるので、念のために高月警察署に連絡を入れたんです。そうしたら応じてくださった女性の刑事だという方が『なに、現場に探偵が居合わせた? あぁ、尾白のヤツか。だったらソイツに任せておけばいいさ』と」
おのれ、カラス女め。
さらりと職務放棄してこっちに丸投げしやがった。
きっと事件の概要を聞いて自分が出張るまでもないと判断したのだろう。
……いや、ちょっとまて。たぶんそれだけじゃない。
安倍野京香は芝生綾のことを知っているんだ。だからこそこの学校に来ることをこれ幸いと避けたんだ。きっとそうにちがいない。
「それにしても尾白さんって見かけによらず名探偵だったんですね。だって警察からこれほど信頼を寄せられているんですもの。どうかよろしくお願いします。田島先生の無念を晴らしてください」
丁重に頭を下げる教頭先生。
もはや断れる雰囲気ではない。
おれは天井を見上げ嘆息し観念するしかなかった。
あと田島は死んでない。
いい加減にしてやらないと、そろそろアイツ泣くぞ。
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