おじろよんぱく、何者?

月芝

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055 白の大部屋

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 漬け込んだオリーブの実の色をしたジャケット。帆布製で丈夫さを誇るが、さしもの相棒も今回の乱暴狼藉にはこたえたらしく、あちこち傷みが目立つ。さすがに要修繕だろう。経費で落ちるといいのだが。
 ジャケットの内ポケットから取りだしたタバコはすっかりくちゃくちゃ。中身もボロボロ。かろうじて原型をとどめている一本を抜き出し、これに火をつける。
 大きく吸い込んでたっぷりヤニの味をたんのうしてからの、ぶはぁーっ。
 煙を吐きかければ「くちゃん」とかわいらしいクシャミをして芽衣が目をぱちくり。

「ハレ? 四伯……おじさん。わたし、いったい何を……」

 おれはそんな芽衣のおかっぱ頭にポンと手を置き「あー、気にすんな。もう全部終わったから、とっとと寝ちまえ」と告げた。
 とたんにトロンとした表情になり舟を漕ぎ出す芽衣。ついにはコテンと寝落ち。疲労困憊のところに無茶をやらかしたせいだ。
 ポンッと人化けもとけた。本来のちんまい豆ダヌキの姿となる。
 そいつをおれは片手で抱き抱えつつ、空いてる方の手で自分の右脇腹に触れしかめっ面。
 すると背後から声をかけてきたのは、すっかり人間の姿に戻っていたトラ女である弧斗羅美。

「あんた、腹から血が」

 そう、おれは楯となり芽衣が最後に放った技を受けた。
 ぶっちゃけまともに決まっていたら、今頃おれの上半身と下半身がおさらばしていてもおかしくないほどの激烈高威力。
 なのにせいぜい割りばしをぶっ刺された程度で済んだのは、カラダの一部だけをドロンと鉄板に化けたから。
 もっとも厚さ二センチはあったはずなのに貫通されるとは思わなかった。
 おかげでお気に入りのジャケットもズボンもすっかり血まみれ。クリーニングでキレイになればいいんだけど、おっさんちょっと心配。
 にしてもホトホト、トラという生き物のタフさにはあきれる。
 あれほどタヌキ娘にボコボコにされて意識まで飛ばされたってのに、それでも彼女は人化の術がとけちゃいねえ。

 豆ダヌキを抱えたズタボロのおれと、自分との立ち位置から気を失っている間に何が起こったのかを弧斗羅美はすぐに悟ったのだろう。こんな言葉を投げかけてきた。

「どうして敵であるあたいをかばった?」

 問われておれは「べつに」と肩をすくめる。「死を背負うにはうちガキはまだまだ青い。でもって希少なべっぴんさんが命を懸けるのには、今回の嫁獲り競争はあまりにもバカバカしすぎる」

 気の抜けた答えに弧斗羅美が「くくく」と肩をふるわす。
 彼女はどっかと腰をおろし地面にあぐらをかいて、ざんばら頭をぼりぼり。

「ちがいねえ。あー、負けた、負けた。こんちくしょうめ。まったく、このあたいに土をつけるたぁ、たいした嬢ちゃんだよ。ったく、その小さいカラダのどこにあんなチカラがあったのやら」

 おれの腕の中でスヤスヤ安らかな寝息をたてる豆ダヌキを見つめつつ、トラ女が敗北宣言。

「まったくだな」

 おれはチビたタバコに悪戦苦闘しつつうなづく。
 そしてパタリと倒れた。
 うーん、さすがにもう限界。やせ我慢もこれまで。
 あっ、やばい。世界がぐるんぐるん回りだして、めちゃくちゃ気持ち悪い。うぷっ。

「というわけであとは任せていいか。運営本部に連絡を入れたら周囲にのびている連中ともども回収してくれるだろうから」

 おれはトラ女の「わかったよ、あとは任せな」との声を聞きながら、ついに意識を手放した。
 えっ、肝心の嫁獲り競争の方はどうなったのか?
 そんなの知らん。どうせ安倍野京香がムチャクチャやらかして、こっち以上に混沌としたレース展開になってることだろうよ。

  ◇

 なにやら甘い香りがぷーんと鼻にまとわりつく。
 枕元でむしゃむしゃ咀嚼音がうるさい。
 無視して寝続けようとするが、いったん気にしだすともうダメだった。
 しようがない。おれはしぶしぶまぶたを開ける。
 するとそこは見知らぬ白い天井にて、我が身はベッドの上。
 この清潔の押し売り、独特の雰囲気は……病院か。どうやらあのあと運び込まれたらしいな。
 カラダの具合は……いちおう動く。
 が、めちゃくちゃイテぇ。それもそのはずだ。全身包帯まみれのミイラ男状態。
 トラ女にあれだけギッタギタに痛めつけられたのだから、当然といえば当然か。
 とにもかくにもえらい目にあったぜ。
 だというのに、左に顔を向ければ隣のベッドにはその張本人! 患者衣姿の弧斗羅美。上半身を起こしてバイクの雑誌なんぞを眺めている。
 そんなトラ女がおれの視線に気がついて、にっこり。

「おっ、ようやく起きたか」

 フム。こいつも結局入院させられたのか。まぁ、あれだけ狸是螺舞流武闘術の技を叩き込まれては、いかにトラの身とてただではすまないか。
 だからって同室にしてベッドも横並びというのは、いささか配慮に欠けるであろう。もしも気の弱いヤツだったら寝起きどっきりのトラで、ぽっくり逝くぞ。
 もぞもぞ右に顔を向ければ、そっちのベッドには芽衣の姿があった。
 こっちはベッドの上にもかかわらず、見舞いの品でもらったであろう果物をせっせと食い散らかしている。白いシーツをものともせずに果汁たっぷりのフルーツにがっつくとか、小心者のおれにはとてもマネできない。
 でもって、この病室には他にも二人ばかり患者の姿があった。
 ひとりは今回の騒動の元凶である葛王司(かつらおうし)。おれの上をいくミイラ男っぷり。雄々しいシカの偉丈夫が見るも無残。いったい何をどうしたらあんな姿になる?
 そしてもうひとりはその腰巾着の見田。こちらもクズ王子とどっこいどっこいのひどいあり様。
 あれ? おかしいな。
 おれと芽衣はなし崩し的にバトルでフィーバーな展開にならざるをえなかったものの、クズ王子たちはわりかしまともにカーレースを楽しんでいたはずなのだが……。
 そういえば一条青年とカラス女はどこにいった?


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