おじろよんぱく、何者?

月芝

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048 開幕、嫁獲り競争!

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 平城京跡地に平城遷都千三百年記念事業の目玉として再建された勇壮な大極殿。
 その前面に設置された壇上にひとりの女性があらわれたとたん、会場のざわめきがピタリと止んだ。
 レースを前にしてイキリ立つ野郎ども。その誰もかれもが静まり返る。それこそ呼吸をするのも忘れて見詰める先には鹿島紗月。
 今回の嫁獲り競争の優勝者に授与される花嫁。
 白銀の地に舞うは桜の花びら。そんな柄の着物を完璧に着こなし、楚々とした佇まい。
 とびっきりの大和撫子だとは聞かされていたが、いやはやこいつは……。
 女性の容姿を賛美する言葉は数々あれど、彼女を前にしたらそのどれもが陳腐な台詞に成り下がる。
 それでもあえて、あえて言い表すとすれば、おれは「傾国」の二文字を挙げるだろう。

「あれが奈良はシカ王国、随一の至宝か。こいつは想像以上だな」とおれ。
「へーほーはー、キレイな人です」と芽衣。
「ほぅ、どおりで野郎どもがトチ狂うはずだ」とカラス女。

 ちがう種族のおれたちの視線すらをもクギづけにする。
 それってなにげにとてもすさまじいこと。
 人に化けて暮らしているとはいえ基本は動物。ゆえに本来の種族に強く惹かれがちになるもの。
 タヌキの牡はタヌキの牝に心惹かれるし、イヌはイヌに、ネコはネコに、シカはシカに、イルカはイルカに、カラスはカラスを相手に魅力を感じ「おっ!」となりやすい。それは人化していてもかわらない。
 まぁ、種族の垣根を越えたケースもあるが、なかなかむずかしいのが実際のところ。
 だというのに、そんな危惧をあっさりフッ飛ばしてしまう魅力が鹿島紗月にはあった。

「……ふぅ、紗月ってばまたキレイになったなぁ」

 しんみりしんなり、悩ましげな吐息をこぼしたのは一条卯之助。
 そういえばこの二人の関係ってどうなっているのだろうか。
 一条青年を問い質せば顔を真っ赤にして「ボクたちはただの幼馴染みですよ」とごにょごにょ。
 しかし向こうはわざわざ自分つきのメイドである瑪瑙さんを助っ人として派遣してくれた。そればかりか尾白探偵事務所に彼の警護の依頼まで出している。
 このことからも、紗月の方にはずいぶんとその気があるように思えるのだが。
 っと、ぼんやりそんなことを考えているうちに開会の挨拶が終了した。
 いろいろレースがはじまる。

  ◇

 大型バイクに化けたおれにまたがる芽衣。その背にはリュックサックがある。中身についてはおいおい。
 周囲にはシカたちが化けたクルマがたくさん。いかにも走り屋どもが好みそうな車種がずらり。おかげでスタート地点はちょっとしたモーターショー状態。
 それらに混じって漆黒の車体があった。一条卯之助が化けている黒鉄の幽霊。その運転席にてハンドルを握る安倍野京香。
 おれと芽衣、京香と一条はあえて離れたところに位置取りをした。
 これはある作戦を実行するために必要なこと。
 なお葛王司や見田たちは最前列の一番いい場所を、さも当然とばかりにおさえている。
 後方をチラリと見れば、ロードキングの名を冠するハーレーにまたがる弧斗羅美の姿があった。
 どうやらトラ女は、追われるよりも追うほうがお好みのようだ。もしくは狩猟本能よろしく背後から襲いかかるつもりなのかも。

『テン、ナイン、エイト……』

 ついにスターターによるカウントダウンが始まった。
 そこかしこにて静かに、それでいてチカラ強く、唸りをあげるエンジン。
 たちまち排ガスのニオイが周辺を満たし、熱気がぐんぐん高まってゆく。

『セブン、シックス、ファイブ……』

 参加者たち全員が集中し、最高の飛び出しを決めるべくスタンバイ。
 張り詰める緊張感がじょじょに最高潮へと達しようとしている。

『フォー、スリー、ツー、ワン……』

 高鳴る鼓動がエンジンと同調し、一切の雑音が消えた。

『ゴー!』

 合図とともに真っ先に飛び出したのは、最前列に陣取っていた葛王司ことクズ王子。
 暗めのシルバーの車体は国産のクルマ好きならば誰もが一度は所持したいと憧れる、GがTしてR指定を喰らった三代目のアレだ。
 おれも知り合いのクルマ好きに一度だけ助手席に乗せてもらったことがあるが、乗り心地についての詳細はあえて言及すまい。ただ、いろいろキツくてちょっと酔った。
 これに遅れることほんのわずか、見田の野郎が化けたスポーツカーが続くわけなのだが、案の定、連中は早々に仕掛けてきやがった。
 おれと芽衣、一条とカラス女が猛然と駆け出そうするもそれを邪魔するクルマが数多。
 スタート直後の混雑を装って、幾重にも連なり壁となって道をふさぐ。
 どうやら今回のレース参加者らは買収済みであったようだ。
 つまり周囲は敵だらけにて、あらかたがグル。この分では運営側もアテにはなるまい。
 とんだインチキ出来レースもあったものである。

 最悪ともおもえる事態。
 これを前にして、おれと芽衣は「プークスクス」どころか「ヒーヒッヒッヒッ」「クスクスクス」と笑いが止まらない。

「やっぱりな。おおかたそんなこったろうと思ってたよ」
「ですよね、四伯おじさん。じゃあ、プランBということで」
「あぁ、向こうがその気ならこっちも遠慮はいらねえ。いくぜ、変化っ!」

 ドロンとおれがバイクから重ね化けしたのは、アメリカンな特大コンテナトラック。
 ちなみにコンテナのサイズは長さ十二メートルちょい、幅と高さは二メートル半、総重量はめちゃくちゃ重たい。
 そんな鉄の塊のようなモンスターが突如出現っ! 
 進路をふさぐ連中を「オラオラ」
 片っ端から蹴散らし突き進む。
 現場はたちまち大混乱となり、レースは序盤から波乱の展開を迎える。


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