おじろよんぱく、何者?

月芝

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042 うっかりの地雷原

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「なんだかずいぶんとひょろっちいです。簡単にポキリと折れちゃいそうです」

 奈良の興福寺といえば、国宝のイケメン阿修羅像が超有名。
 数多の乙女たちをときめかせ、仏女道へと誘ってきた仏像界のアイドル。
 しかしながらタヌキ娘のハートにはなんら刺さらなかったらしい。
 かわいそうに。女子高生からいきなり腕をへし折るみたいな発言をされて、おどろいてピロロンと尻尾が出ちゃってるじゃないか。

「って、あれ? これってもしかして、四伯おじさん……」
「もしかして、じゃねえよ。なにせ貴重な品だからな。まぁ、いろいろあんだよ」

 どれだけ気を配って厳重に管理をしていたって不測の事態は起こるもの。
 小坊主がふんふん鼻歌まじりで磨いていたらうっかりポッキリとか、パタパタはたきをかけていたらうっかりポッキリとか、掃除機をかけるときに邪魔なのでちょっと動かそうとしたらうっかりバタンとポッキリとか。
 長い歴史のなかにはうっかりがいっぱい。
 日常はうっかりの地雷原。
 ちょいと気を抜いたらすぐにポッキリだ。

「へー、でもいまどき複製とか簡単に作れちゃいそうですけど」
「甘いな、芽衣。たしかに3Dプリンターとかでサクサク作れる。だが仏作って魂入れずってな。ダメなんだよ。いくら寸分の狂いもなくそっくりに仕上げても、印象がガラリとかわっちまうんだ。それこそ素人目にもわかるほどにな」

 ちなみに優れた美術品やら国宝級の仏像に化けられるのは、相当な実力の持ち主にて、その道では第一人者。なにせプロの鑑定眼すらをも欺くのだから。

「よってすごい先達にはしっかり敬意を示すように」

 おれの言葉に、芽衣はいちおう黒髪おかっぱ頭を下げた。

「すみませんでしたー」

 ところでどうしておれたちがこんなところにいるのか。
 それを説明するには少々時間をさかのぼる必要がある。
 

  ◇

 おれこと尾白四伯探偵とその助手洲本芽衣は、ただいま高月の地を飛び出し奈良へと出張中。
 というか、カラス女に無理矢理つき合わされてのこと。「おれたち関係ねえじゃん!」と抵抗したがダメだった。
 シカ王国の伝統行事、嫁獲り競争にまつわるいざこざ。
 暗躍している葛王司(かつらおうし)なる卑劣漢から狙われているらしいシカ青年である一条卯之助くん。彼を無事に送り届けるのがお仕事。
 ぶっちゃけ狙われているといってもたいしたことないだろうと、おれたちはタカをくくっていた。
 が、奈良駅の改札口を出たとたんにいきなりガラの悪そうな五人組にからまれる。

「おい、おまえらちょっとツラ、ぐえっ」

 すかさず急所をズドンとひと蹴り。問答無用で相手を黙らせたカラス女。
 残り四人は芽衣にアゴを拳で打ち抜かれてそろってのびた。
 で、おれがすかさず五人の懐をガサゴソ。
 漁ると出てきたのが一枚の手配書。人に化けているときの一条の顔写真入りにて、捕まえて連絡をくれたら二十万円の賞金を進呈するとある。
 さっそく愛用のパカパカガラケーにてその番号にかけてみたら、「はい、こちら見田です」との声。
 おれは無言のまますぐに電話を切る。

「おい、卯之助。見田って名前を知ってるか」
「見田ですか? そいつなら葛の腰巾着ですけど」

 なるほど。どうやら当人は動かず、側近に汚れ仕事をまかせているらしい。
 いざともなれば不都合なことは一切合切押しつけて、知らぬ存ぜぬを決め込む腹なのだろう。いかにも小悪党が考えそうなことだ。
 とはいえ、おもいのほかにおおごとになっていやがる。

「野次馬がわらわら集まってきやがった。いったんここを離れるぞ」

 カラス女にうながされておれたちはすぐに駅前から移動する。
 だがしかし、行く先々にて追手があらわれる。
 そいつらを軒並みぶちのめしての逃避行。
 でもこれだと派手に足跡を残しているようなもの。おかげでちっとも撒けやしない。
 このままだと埒が明かないので、カラス女は「ここの動物案件の担当に会ってくる」といったん別行動をとることに。
 その間、おれたちが逃げ込んだ先が興福寺界隈。
 いかに賞金に目がくらんだ阿呆どもとて奈良の民。さすがに寺社仏閣内では狼藉を働かない。
 なぜなら奈良はシカ王国であるのと同時に、寺社大国でもあるからだ。
 この地ではシカとモメたら次の朝日が拝めないといわれているが、寺社勢力にちょっかいをだそうものならば当日の夕陽すらも拝めないといわれている。
 そんなわけでここはセーフティーゾーン。
 とはいえ欠点もある。それは拝観の終了時間がけっこう早いこと。
 だいたい夕方の十七時ぐらいが一般的。
 で、ただいま閉館三十分前。そろそろ係の人の目が「とっとと帰れ」と告げている。
 カラス女からの連絡はまだない。
 かくして冒頭へ至ると。
 うーん、しかしまいったねこりゃあ。おれはボサボサ頭をぼりぼり。
 まるで土地勘のないところで夜を迎える。そのリスクを考えたら、いったん撤退することも視野に入れた方がいいのかもしれん。


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